柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

旧倍

2009-12-31 09:38:55 | Weblog
あっという間に一年が過ぎました。皆様にはこの一年よろしくお付き合いいただきましてまことに有難うございました。書き散らかす、という表現が一番似つかわしいと思っているのですが、これ以上ない独善と勝手な好き嫌いと思想的偏りでお目障りなことも多々ございましたでしょうが、長にお付き合いいただいています方々には少々なりとも私のような天邪鬼へそ曲がりの気味がおありなのでしょうと、それこそ勝手にいいように解釈いたしております。嫌いな方はお読みにならないでしょうから。明年も倦まず怠けずに続けて参る所存、旧倍のご愛顧ご鞭撻(どんどんご意見を頂戴したく思っております)のほど、よろしくお願いいたします。
 政権が代わっておそらく今から大きく変化していくのだろうと我々国民は期待もし危惧もしているのですが、社会主義そのままに悪平等を指向されるとそれはまさにマルクスの中心思想であるところの資本家対労働者、金持ち対貧乏人、特権階級対無産階級(これは現代では既得権益を有している層と仕事にあぶれている人々という対比になりましょうか)間の階級闘争の姿を変えた形に他ならぬことになり、勢い暴力を肯定する方向に進みましょう。暴力とは具体的な暴動や実力行使ばかりではありません、有無を言わせぬ「政治主導」による法の改変です。地方自治体の首長や議員にまで民主党勢力がはびこれば条例の類まで改変されます。神奈川県の禁煙条例がいい例ですね。平等公平を騙る排除の論理(これを悪平等と呼びます)がはびこります。これは危険なことなのだろうと思うのです。例えば鳩山さんの物言い、普天間問題についても、長く辛抱いただいた沖縄県民のお気持ちを考えさせていただき、なんて平等公平観を前面に持って来すぎて、日米同盟をどうするんだという本点が等閑にされている印象です。沖縄からどこにもっていく?持っていく所からの大反対は目に見えているのに。何でも小沢さんは沖縄本島から程近い離れ島は候補地としてどうか、なんて提案したそうですが、そんな案なら昔から誰かが考えていそうなものですがね。さも新しい案のように言うのは、アメリカが即に却下していたからでしょうか、想像ですが。あくまでこの内閣は自分達はあれこれ考えているふりをして、少数意見に十分耳を傾けているふりをしておいて、最後は小沢さんの提案(という形の最終決定)を呑む、政策とするシステムなのですね。国民みんなが承知しているとはいえ、ミエミエの茶番を堂々と演ずる。だから気味が悪いのですね。あのギラギラした、いまや自民党の誰よりも自民党らしい権力至上主義者が似非(たとえそうであっても)社会主義を振りかざす気味の悪さです。どうなっていくんでしょうね。どうか日本を潰さないでもらいたいことです。二千有余年に亘る日本文化を壊さないでもらいたいと願うことです。
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決心

2009-12-30 07:42:11 | Weblog
今週になってTVも新聞もどれもこれも一気に年末モードに入って、ちっとも面白くありません。ニュース大好きオヤジにはがっかりの時期です。TV見ればお笑いばっかり。面白くもない奴らをダラダラ見るには時間がもったいない!なんて言いながら見てるんですが、しかしよくもこれだけ同じような番組を恥ずかしげもなく並べるもんですね。TV曲の怠慢ですか。プロデューサー連中の質の落ち。安直。NHKも右に倣えです。回顧回想番組はもういいです。こんな年でした、ももう結構。新聞も恒例だからとばかりに紙面を大きく割きます。どこもかしこも、特に公的機関、役所はぴっちり閉まってますから、献金問題だとか普天間問題だとか(当地山口県にとっては米軍基地を沖縄から移すとなれば有力候補地です岩国は、だから他人事ではないのですが、当の岩国は国の要請で拓いて作った広い造成地が宙ぶらりん、どうにかしてくれとそちらの交渉で大変です)ぴたりと止まりました。政治家達が休むんですから仕方ないですが。適当な冷却期間だという評価もあるのでしょうが、正月返上でガリガリやったらどうだい?という気にもなりますね。結果内容はともあれ、こうやって国民の皆様のために(鳩山さんの常套句、国民目線で、国民の皆様のご意見に沿って、の実践になりましょうに)やっていますというポーズにはなりますわね。献金疑惑もこのまま消えるのを(マスコミが、国民が飽きる忘れるのを)待つ気なのでしょう。ニュース番組までをどうして休止せねばならぬのでしょうね。ったく、一億総白痴(大宅さんが何十年も前に喝破した言葉ですが)状態が延々続いています。誰も止めようとしない。安易に流れる。ううむ。偏屈へそ曲がりオヤジはますます頑固さを増そうと決心するのでした。
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神妙

2009-12-29 08:04:27 | Weblog
朝早くに起きているのですが、この時期、冬至の頃に思うことは、日本語の豊かさです。状況を表現する言葉の豊富さです。いえ、英語や仏語独語(独り言ではなくドイツ語)と十分に比較できるほどに知識がありませんから全くのひとりよがりの感想です、そう前置きします、そう読んでください。暁、曙、夜明け、朝ぼらけ、薄明。辞書繰ると、暁は夜が明ける前のまだ暗いうち。曙は夜が明け始めるころ、朝ぼらけに先立つ時間、朝ぼらけは空が仄かに明けはじめる頃、だそうです。夜明けとはこの一連全体の総称と置けば、夜明けの空の色のグラデーションの変化それぞれに名前をつけて愛でてきた日本人の美的感覚です。冬のこの時期が一番その変化が綺麗に思います。夏は夏でそれなりなのですが、明ける時間が早いし、強い日差しですぐに暑くなるしで、賞でるにはちょっとねという感じです。星空から朝に変わっていく、モーニングムーンてのは結構くっきりときれいに見えるもんだなんて気づきながら、空の色の変化は、時々刻々という言葉を実感できていいものです。当地では6時にはまだ空は暗いです、まだ夜です。6時半頃から明けてきます。暁、曙、朝ぼらけ、を実感できます。彼は誰、かわたれ時というのも実感できます。黄昏、誰そ彼(たそかれ)時は夕暮れ時の薄暮、かわたれ時は朝まだ明けやらぬときの薄明、陽の光では顔が見えない誰だかわからない時期をこう区別して表現したのも日本人の美観でしょう。冬はつとめて、なのです。清少納言さんの言う通り。冬こそが自然の美しさをより強く鑑賞できる、感じることのできる季節と思います。ふるさとの山に向かいて言うことなし。ずっと見続けてきたふるさとの山から陽が昇る、見慣れた海に夕日が沈んでいく。ずっと昔から続いてきたことなんですが、ふと感じるわけです。深く認識するわけです。こういう感じもいいですよ。もっともこれは歳をとらねば湧いてこない感情なのかもしれません。そういう歳になったという幸せなのでしょう。今日は不思議に神妙な気持ちのままに書きました。
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雁首

2009-12-28 08:20:32 | Weblog
昨日の田原さんの番組(サンデープロジェクト)で、亀井さんが口滑らしてました。天皇陛下にお会いした時に言ったのだ、東京から京都に(あるいは広島に、とも言ったそうですが)転居、天皇様の場合は遷宮と呼ぶのでしょう、なさったらどうかと。すると天皇陛下は笑っておられたと。調子に乗って、この人はいつもそうですが、口を滑らせた態、顔を上気させて俺は隣(に福島瑞穂がいて、相変わらず堅いことばかり、原理主義者然とした決まり文句ばかりを言ってました)とは違うんだと言わんばかりに、田原さんと丁々発止できるのは俺だけだと言わんばかりに、得々と二度三度喋ってました。これ聞いていて、おいおいと思いました。何か背筋にぞっと走るような感覚でした。こいつも(小沢さんと同じ様に)何様と思っている?という嫌悪感と同時に、天皇陛下に意見するだ?しかも遷宮せよと?話聞いてると、徳川幕府の権力の象徴だった江戸城にいつまでもおられるのはよくない、なんて説明したそうです。あらら。谷垣さん(この人は京都選出です)に面白がって田原さんが振ると、これまた「京都の人間は帰ってきてもらいたいと思っている。(明治天皇が)ちょっと行ってくると行かれたままだから」となんともジョークになっているようななっていないような答え方してました。可笑しうてやがて悲し。吹きましたが、おいおいそういう問題じゃないだろうに、と。その場は天皇陛下の政治利用についての論議でしたから、本筋から離れたこの話はそれだけのことでしたが、亀井のオヤジの傲慢さが見えて。小沢さんと全く同質ですわ、見た目からわかりますがね。天皇陛下とはどういう存在なのだ、必要なのか、なんて田原が左翼の正体露わにこれ以上ない不敬な物言い平気でしてました、それに対しては亀井さんは国民の崇拝を集める心の中心におられる方だとかなんとか相当な(結構な)返答はしてました。朝刊で各紙はこの話題を取り上げてます、毎日は保坂某のコメントを載せ、天皇の発言を閣僚が漏らすとは何事か、天皇陛下には反論する権利がないのだから、と批判してます。こういう事例で以前に更迭された者がいるそうです。さて、どうなりますか。もうひとつ、この座談の中で、普天間基地の移転を滔々と主張する福島瑞穂さんに向かって質問が飛びました、日米同盟のプラスの点はなんですかと。マイナスばかりですか?と。びっくりしました、彼女黙り込みましたから。プラスはないとも言えないのですね。こういうことです。反対するだけ。現状を評価しないだけ。有名人が雁首並べた、見た目は派手な論戦でしたが、相変わらず誰も彼もが言いたいこと言うだけでした。だめだわ、これじゃ。
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露呈

2009-12-27 08:23:37 | Weblog
国の経済の鬼っ子は昔軍事費(日本には形式上現在は軍隊はないです。もっとも国防費は十分に獲られてます)今福祉費と言われます。スエーデンが象徴的な社会福祉が非常に発達した国を引き合いに出しての、高福祉高負担か低負担低福祉かの選択を迫るような解説が多いのですが、麻生さんは中負担中福祉なんて与太言ってたことを思い出しますが、もちろん人は(国民は)自分の負担は小さく、もらえる福祉は手厚くを望みます、あれだけ税金持っていくんだからこっちに返せよ!なんて勝手言うのですが、今明らかになっているように税収自体がどんどん減っていく中で無い袖は振れないわけです。だから亡国の原因となると表現されるわけです、福祉で国が破綻するという逆説のような皮肉のような。で、小泉さんが大実験をしたわけです、ここを削れ!と。介護保険制度を新設したものの、年々収入を削っていくもんだから需要がどんどん増えていく一方で受け入れ側は爪先立って汲々としている。医療費をガンガン削減するものだから地域医療がものの見事に崩壊した。これには医者を普通の労働者と同一視するという愚行(労働時間を規制する、就職の自由を保障する、どれも当然のことのように思われましょうが、医者はこの意味で普通の労働者とは違うのです。特別視せよ、特別扱いせよ、ではありません、時間なく働いてこそ医者、出身大学の医局が担う地域医療に若い時は携わってこそ医者だということです)も同程度に原因ですが。そして地方交付税を一般財源化することによってこまごまと手当てされていた地域医療が衰退しました。補助金がバッサリ斬られたのです。救急医療に対する補助金、休日診療に対する補助金、小児科診療に対する補助金等々です。やらんでもいいんだな?!と市役所によく掛け合ったこと思い出しますが、市役所も他に使いたいわけです一般財源ですから、そういうずるい手を使っての改革ではありましたが。こうやって「出ずるを制」してやったわけですが、ここを削ってはならなかったわけでした。今後の糧にすればこそ実験の失敗も意義深いわけですが、いつまで経っても直せない、正せない。地域医療は壊れたままです。ここには裁判所の「医者も労働者である」なんて判決が大きく影響してもいます。医者が労働組合作って権利ばかり要求し始めたら、それこそ大崩壊です。あなたもそう思われましょう?福祉の話でした。年寄りになった後の生活を保障することは国としての大事な側面です、誰もが安楽な老後を望むのです、でも金がない。何とも身も蓋もない論議になってます。だから出るを抑えて、単純な一年間の収支を合わせましょうという、こう書くと至極真っ当な感がしますが、竹中さんのプライマリーバランス論でしたが、絞ってはならぬところを絞って、ダダ漏れの部分をそのままにしておいたバランスの悪さが、財源確保どころか日本を潰したのです。じゃぁどうすればいい?そうは言っても「出ずるを制して入るを図る」しかないのです、この黄金律が現代にも通用することは間違いありません。だからこそ民主党の事業仕分けなのですし、大甘ではありますが「天下り先潰し」なのですが、デフレが続く限り「入るを図る」には程遠いこと。物の値段をどう支えるか。命がけの安売り合戦にどう歯止めをかけるか。ユニクロが盛んに一人勝ち企業として持ち上げられてますが、前にも書いたことですが、こことて安い原料、安い労働力を常に求めていかねばならぬ、その意味では決して安定していない、爪先立った自転車操業だと思うのですが、先頭切ってきた安売り合戦に勝ち続けねばならぬのです。やがて破綻すると思います。安い労働力あればこその大儲けですから。つまり消費に繋がらない見せ掛けのバランスに思うのです。価格をどこで支えるか。私は今こそ、右肩上がりで経済発展してきた自らの足跡を見直すべきだと思うのです。一億総中流と言われたあの安定はどうしてもたらされたのか。あの安定がどうして破綻したのか。恒産なくして恒心なし、と言います。安定した収入なくして安定した暮らしはない、ひいては規範の保たれた安全な社会生活などない。衣食足りて礼節を知る、とも言います。衣食住が不十分なところに、礼節の行き届いた高度な安全な社会は形成されない。日本人の気質の優れていること(勤勉、温柔、忍耐強さ、非攻撃性など)はよく言われることですが、それもこれも環境によることではあると思うのです。戦後の復興は世界中が驚きましたが、日本中が底打っていたからです。右も左も皆同じ様な境遇にあったからです。もう一つ、戦前戦中の教育が十分に浸透していたことも大きかったでしょう、国を立て直そうという共通意識を持ちやすかったのではないでしょうか。そう思います。でも今は違います、昔と違って国民は自由と裕福を経験した後です、要求ばかり多い権利意識の塊になっています。政治家の腕の見せ所なのでしょう。鳩山さんの言う理念はこの方向に沿っているのでしょうが、しかし選挙前にあれだけ叫んでいたマニフェストなるものが如何に夢物語、空想事だったかということを露呈しています。間違いを正してちゃんと方向転換してよりよい目を出してくれれば、我々は約束違反でも何でもいいんです。そんなことより何とかしてくれ。今は低負担しかない場面だから低福祉をどうか我慢してくれ、理解してくれ、と言えばいいんです。会見好きなのはわかりましたから、どうか首相にはこういう語り掛けをしてもらいたいと思うのです。ビジョンが見えない。多くの評論家達が口を尖らしている不平ですが、私もそう思いますね。どうして政治家達は自分の言葉で国民に訴えかけないのでしょうね。不思議なことと思うのです。
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策略

2009-12-26 08:17:55 | Weblog
昨日もタイミングよく(午後6時頃は夕食してるのでNHKタイム)鳩山首相の会見を見ました。何の会見か知らなかったので、昨日の今日ですからね、おいおいあんたも辞任会見かい?と訝りましたが、予算案が閣議決定された、その発表でした。ふうむ、このタイミングかい、と唸りました。考えたもんですね、こうやって打ち消す、ごまかすという思惑です。一昨日は平身低頭、歯切れ悪くぶつぶつ言い訳して、あれだけ昨日の新聞で叩かれた献金偽装事件を向こうに押しやる作戦です。新聞はこっちを当然採り上げますし、、話題はこちらに集中しましょう。その意図がミエミエの昨夜の会見口調でしたね、「コンクリートから人へ」の理念は保てたとやら、マニフェスト通りにできなかったことはお詫びするが今必要なところには配分できたという趣旨の会見でした。マスコミはこぞってこちらの検証に入ります。目玉の子ども手当てやら農家への保障、社会保障費の回復などについての財源の裏づけや如何に。これが確実でなければ、先の定額給付金となんら変わらない、単純な今回だけのばらまきであるわけですから。なんてことワーワー批判しているうちに、首相の献金偽装なんかは忘れられていくわけです。公共事業があれだけカットされれば全国への影響は甚大です、こちらが最優先事項に違いありません。医者の診療報酬が10年ぶりにアップする!なんて大きく報道されてますが、0.19%ですよ、なんて少ない・・。でもTVはこう付け加えます、国民の負担増って。馬鹿野郎!削りに削ってきたからこれだけ荒れたんです地方医療が。マスコミももっと大局観、国家観を持つべきだと本当に憤りますが、ことほど左様に、人の気持ちはこちらに大きく傾くのです。鳩山さんはあれだけ会見もし、謝りもし、贈与税も払うと明言したし、ここで終わるつもりなんです。いかがですか。要は自民党の出方ですが、うまくやるもんですねぇ。
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陥穽

2009-12-25 08:14:25 | Weblog
核持ち込みに関する日米の密約問題、結局ちゃんとあったということで、政府は(当時の佐藤首相は、そしてその後の歴代の自民党政府は)それを隠してきたということがわかりました。晒された、という観ですか。産経抄と天声人語があな珍しや同じ論調です、嘘と秘密は違う、隠しておかねばならぬことはあるのだ、時を経て出るべくして出てきた資料、これから歴史の裁判を受けるのだという肯定的な説です。朝日と産経が同じこと言ってます、普通はそれこそ鳩山さん調に(岡田さん調でもいいのですが)原理主義者の正義の糾弾がなされるところですがね天下の朝日とすれば。こんな物わかりがいいのは実は鳩山さんの一件とのコントラストであるに違いないのです。昨日の会見、丁度見ることができてずっと聞いてました。相変わらずのさせていただく調なのでしたが、知らなかったの一点張り。自分は金持ちの家に生まれたので感覚が違うのかもしれない、貧乏人(なんては言いませんが、そういう意味です)がどう思うかは知らないが本当に知らないことだった、ばかり。総額は12億で、贈与税は6億になるらしい、それは必ず納税する、なんてもシレっと言ってました。あるんだ6億円右から左に。これにも改めて驚いたりして。新聞はどれも「別世界」と評してこの感覚には呆れてますが、でもこれは仕方のないこと、世の中には桁違いの金持ちがいるわけです、金のない者が妬いても詮無きことです。でも事の顛末は、母親から、つまり鳩山家からの資金提供(これ自体は何の問題もないことです、実際母親が意見申し述べているそうです、自分のおなかを傷めて産んだ子に資金援助して何の咎めを受けることがあろうやって。全くその通りなんですが)だったのに、それを個人献金にすり替えて税金を免れていたというずるさです。しかも間抜けなことに献金者に記載している人がとうの昔に死んでしまっている人だったという悪事のバレ方だったわけです。12億円も政治資金として(月に一千万円ですか)使っていることを知らないというもの妙な話。政治家ってのはそういう金の使い方しているんでしょうね。どこかに配る、自分の地歩を固める為にあちこちの配る、一方でどこかから入らねばならぬわけでそこは秘書に任せていると逃げるわけです。同じ金の問題で、野党時代に血相変えて糾弾して多くの政治家を葬ってきた御仁です、そのまま自分に降りかかってきて、自分は辞めないとはあまりに虫が良すぎますかね。でも、辞めたら小沢さんですよ。これも勘弁してもらいたいところです。いくら芝居だとわかっていても、名実伴に全権が小沢さんに集中するより、誰かと分担してもらいたいと思うことです。結局金で躓く。嗤ってばかりいてはなりますまい。私達にもありがちな陥穽です。もちろん別世界にいる人はそんなに多くはないにせよです。そうですよね。
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自虐

2009-12-24 08:11:47 | Weblog
沖縄では受験を控えた浪人生にも新型インフルエンザワクチンの接種を決めたそうです。でも記事によるとトップ(こういう場合誰に決定権があるのでしょうか、保健所のトップ健康福祉部長でしょうか、それともその上の知事でしょうか)の英断ではなく、配布予定本数と厚生省が定めた優先接種候補者数とを比べたら余裕ができたから、だそうです。つまり余ったから射ってやるです。まぁ浪人生にすれば何はともあれ、ではありましょうが、どうにも政治の力の弱いことですね。こういうところに確たる決断決定を下せてこその首長、行政マンでしょうに。地方分権をそれだけ叫ぶのなら、国の決まりはこうだがうちではこうすると啖呵切ればいいのに。もちろん無い袖は振れないのです、現物がないのに大口叩くわけにもいきません、余ったから回しますでいいのですが、こういう時だけ、話がややこしい時だけお上の言いなりになって知らん顔しているのはどうにもいただけません。我が県ではこういう優先順とすると言えないんですかねぇ。役人としては言えないんでしょうね、上の命令を聞いてこその組織ですからね。まぁ外野の身勝手ではあります、私には何の責任もないのですからどうにでも言えますから。
 朝日に南京大虐殺の記事(文字)が久しぶりに踊ってます。こんな記事は朝日が真っ先ですから。そういえばTVでも放映されていましたが、有識者による日中歴史共同研究とかが開かれていて、報告書が公表されたんだそうです。そこで1937年の南京大虐殺は大規模な虐殺行為との認識で一致して、犠牲者数で食い違っている、そうです。ああ、朝日の言い続けてきた「日本は悪いことをしてきた」論、これを自虐史観、反日思想と呼ぶのですが、に沿ったいい結論であるわけです。被害者数は中国は30万人を譲らず、日本側は数千から数万という見解です、これについては多くの本も出ていますし、この事件についての専門家も多くいて、正論や、今はなくなりましたが諸君!やらの保守系月刊誌等では常に(といってもいいくらい)話題になっている出来事です。だから私もよく知ってます、大きくバイアスがかかっています、30万人説に無理があるという意見です。もっとも話はこの事件だけのことではなくて、この事挙げはアメリカが原爆投下(これほどの無差別虐殺は史上なかったことですから)への非難を薄める為に数を必要以上に大きくして喧伝したという裏もあるのです。中国はその通り!日本が全て悪い!と言えばいいのです。大体、当時南京に住んでいた人全部合わせても30万人もいなかったなんて話しもあります。中国三千丈の世界です、何でもかんでも大仰オーバーに表現してはったりかます文化です。アメリカの誘いにしっかり乗っての「外交」であるという側面もあるのです。「有識者」の顔が写ってましたが、名だたる左翼学者がいました、あんな面々では虐殺はあったなんて認識を簡単に示すんでしょうね。情けないことです。いい加減に謝罪外交をやめたらどうだい?といっても、あの小沢さんですからね、できるはずもないですか。とほほ。
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胡乱

2009-12-23 09:14:30 | Weblog
新型インフルエンザワクチンの優先順がくるくる変わって、当初から予想されていたことですが、一番有効な時期に一番必要な人達を対象に、から一番遠い、不要な人(年寄りの病気持ち)から始めて、感染の主な対象になっている子供が後回しになるという愚策を繰り返してますが、今度は高校生と浪人生との間に線を引きました。高校生に優先順が回ってきたのですが、浪人生達からクレームです。同じ受験生なのに、たった一歳の違いでこの差別は、同じ予備校で同じ教室で隣り合わせの席に座っているのにいかがなものか。なるほど、言いそうなことです。入試その日のために一年(複数年)過ごしてきた者にとればその気持ち理解できますし、教室という易感染環境にいる者達に手当てして周辺への感染の蔓延を食い止める為という公衆衛生的な目的よりも高三生の保護策に見えてしまうのもわかります。そういう観点から行けば、それこそ政治的特例をつくって、ただし浪人生も含む、とすればいいじゃないか。きっと大向こう(国民)も相応に納得するでしょう。年齢で切るのではなくて環境で線引きする。感染の機会がより多いであろう高校生と、受験に考慮して明年受験予定者を優先する、と。となると、三浪生四浪生らも含まれることになりますが。でも、何事にも対論反対論があるわけです。歳若い者を中心に感染が広がっているという現状に鑑み、同年代の有職者、大学生を排除するに理由が薄くなります。高校生と大学生とでは登校の自由さが全く違いますから、後者の場合は自分で逃げられます、そういう違いははっきりありますが、仕事している者で感染の機会の多い者ももちろんいる筈ですわね。そういう仕事していれば逃げられませんからね、高校生と同じことです。どうして高校生だけ?というクレームは当然に出ましょう。そういう矛先は浪人生に向けての方がより強いでしょうしね、お前らが勝手に浪人しているんだろうがって。優先せよ?甘ったれるな。悩ましいですな。こういう線引きしようとすること自体が間違いなんじゃないんですかね。特に優先順なんてほかの価値観やら優越感差別感を付加させる表現は。元気で遊びまわってる「糖尿病」患者さんがいの一番に接種されているのが現実です。皆さんに公平に平等に、なんてのがどだい無理なんですよね、これでもかと多種雑駁な社会構成の中で。ワクチンの数が少ないから、というのがそもそもの間違いの始まりでした。御用学者(厚労省、製薬会社御用達)たちの煽りをマスコミが(ここも御用達ですから)何百倍に増幅して国民の不安を煽る。小児科の前に長蛇の列ができる(当地のような田舎でも何百メートルの列ができたんですよ)馬鹿馬鹿しさ。一つ嘘をつくと次々に嘘が重なっていくと皆知っているのに、人は同じ馬鹿を繰り返すわけです。役人の頭は誰がなっても変わらないというわけです。あの舛添さんにしてもこういうことしかできなかった、それはつまりこの人に医療がわからなかったからに他ならぬのですが(だから御用学者の言に沿うしかなかった)。長妻さんはもっと無知だそうですから(詳しいのは年金だけだそうです)いいことにはなりませんね。この線引き、良い悪いじゃなくて、どこで引いても大文句という実情であれば、ここに引いてもいいという皮肉ですね。
 核持ち込みに関する日米密約があったのかどうかという問題、なんだか馬鹿馬鹿しい結末になりそうです。歴代の自民党政権が隠し続けてきたこと、否定し続けてきたことではありましたが、近々では麻生さんが傍目にも嘘言ってるのがわかるような顔してすっとぼけてたことよく覚えてますが、佐藤信二(佐藤栄作の息子、我が山口二区の元代議士、この人が岸信介、佐藤栄作を輩出した日本に冠たる自民王国山口県の牙城を民主党に無策にもむざむざと明け渡した張本人です)が持ってたなんて・・佐藤信二は知っていたわけですね、つまり自民党が隠していた。ご丁寧に全文が読売新聞に載ってます。佐藤栄作とニクソンのサインがあって。自民党どうごまかしますか。これは正式なものではない、とか、公式に取り交わしたものではないとか。でも、トップ二人のサインがあれば公式文書ですわね。なんとまぁ簡単なことで。どういう取引が裏で為されたのかは知りませんが、これも馬鹿馬鹿しいことです。こんなこと今更糾弾したところでどうなるもんじゃなし、当時の東西冷戦状態が解けている今となっては歴史的解釈すれば済むことじゃないんですかね。国民を欺いていた!なんて青っちょろい、学級会レベルの非難には与しません。国民の知らぬところで国民の利益になることをちゃんとやるのが政治家ですわね。何でもかんでも公表すればいいというものではないと私は思います。
 今朝の産経抄(産経新聞の一面コラム)がいいです。朝日読売毎日(いわゆる三大紙)には書いてないことが産経にはあります。違う見方があります。是非一度読んで見られればいいと思います。もっとも、思想的にバイアスがかかっています、反左翼、反民主党、反小沢。だから面白いのですが、これが鼻につく方ももちろんいらっしゃいましょうが、別の切り口には違いありません。小沢さんの天皇発言、副主席をむりやり天皇陛下に会わせた事件を指して、天皇陛下も嫌とはおっしゃるまいと開き直った発言、本人は別の会見の場でも同じことを繰り返し言ったそうです。天皇陛下のお気持ちを忖度すること自体が政治利用だとこの人は思ってないのでしょうね。この流れが天皇陛下を担ぎ、大御心を騙った軍部の独裁を許したという歴史を重要視していない。というか、もう一度この手法で我が手に全権を握ろうという魂胆なのか。小沢さんの一連の行動や言動に胡散臭さや違和感を持っておられる方には産経新聞をお勧めします。バッサリ、ですから。
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整合

2009-12-22 08:13:14 | Weblog
先に川崎の「安楽死」事件で殺人罪で女医者が有罪判決確定しましたが、同じ様な(実は質が全く違うのですが)富山での脳死状態の人から呼吸器を外した事件、今度は検察が嫌疑不十分で不起訴だそうです。この落差やいかに。どちらもまだ生きている人を殺したことには違いないのです。週刊新潮だか文春だかに川崎の女医擁護論が載っていましたが、外から見ている分には(つまりこの手の問題は要は本人の意思がどうこうより取り巻く家族親戚同族連中の言動に大きく左右されるのです、この事件の実相がわかりませんから、あくまで報道されている範囲内で)川崎事件は無茶です。脳死なんかじゃ決してない、死には程遠い状態の人から、呼吸器を外した(気管に挿入した管を抜いた)んですから。ひどい喘息発作で呼吸困難になっていて、そのために呼吸器を装着していたという状況です。もちろん、長年にわたる治療歴があり、本人と家族とこの医者との長い関わりがあって、度重なる発作、その都度の家族の負担、何より本人の苦しみ等々で、この医者の提案自体には何の不自然もありません。それに対して家族も相当の応えたのでしょう、承諾がなければああいう行為はできませんから。でも、報道によればその後がいけません、管を抜いたところ本人が苦しみだしてそれを「解決する」為に筋弛緩剤投与したというわけです。薬で呼吸を止めようとしたのです。きっと医者も慌てたんでしょう。これはまずいです。まだ死は遠いとわかったわけですから。もう一度管を装着すべきでした。我が身が・・と想像するだけで冷や汗が出ます。きっとこういう場に居合わせたことのある医者なら同じ思いだと思います。一方の富山の事件も脳死の厳格な判定がなされていたかどうかはわかりませんが(脳死を人の死とするという法律上の定義は、移植を前提にすればこそであって、移植が前提にない場合は仮に脳死状態と判定されてもその人は未だ死んではいません。当時の法律はそうでした)、法律に照らせば未だ死んでいない人から呼吸器を外して心臓止めたのですから殺人罪ですね。でも、こちらが不起訴処分になったのは殺人の意図がなかったからという理由が記事に大きく採り上げられています。ううむ、これもなんだか釈然としません。そんな事言い出したら川崎の女医さんも殺意などなかったでしょうにね。いままで何度も苦しい思いをしてきたんですから楽にしてあげましょう、という言動に殺意は認められぬと思います。でも有罪判決が出た(殺人罪で起訴されたのでしょうから)ということは殺意があったと認められたわけですね。ここですね。こんな線引きでいいのですかね。家族が後で文句言えば全てがひっくり返るということでもあります。そうです、だからこそ最高裁が明確な基準を示すべきだったのです。富山の検察の不起訴は先の判例と余りに整合性がない様に思いました。いかがですか。
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