柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

尻尾

2008-06-30 08:43:26 | Weblog
農相がウナギ偽装事件について、これかなり手の込んだ巧妙な手口だったみたいですが、型通りに再発防止の為の監視体制の強化を謳った後に、もうちょっと消費者も賢くなれと言ったそうです。あらら、またまた農相舌禍シリーズの踏襲ですか。なんちゃら浄水器で自殺した熊本の農相、次の絆創膏農相、あの後の大臣ですよね、いかにも村夫子然とした田舎の自治会長が似合いそうな爺さんです。こんなに巧妙に会社ころがして、もっとも架空の産地表示がばれたという間抜けな顛末ではありましたが、介在する人間達にたっぷり金ばらまいてそれはそれで悪事としては定番定石を踏んできているのでしょう、いまさらにあれは今から思えば口止め料だったなんて手を汚した奴らが言っても遅いっていうわけです。あっさり罪を認めていたところ余程に覚悟の上の、というかゲーム感覚の偽装だったんでしょうね、飛騨牛のアホに隠れようとしている社長とは違うところです(偽装と思ってないもん、なんて言ってましたからねこの偽アホ社長)。いえ、犯人の話じゃないです、この農相のコメントです、消費者がアホやからどんならんのう・・というニュアンス、古い話で恐縮ですが江本が監督アホやから野球できひんと言って馘首になった事件のような。そりゃぁないでしょうに。中国産が恐いから国産品を求めているんです、表示を信じるしかないじゃないですか、これは国産品だから安心だろうという単純で確固たる信頼です。そこを裏切っているんです、消費者が云々言われる事じゃないです。これだけ中国産が危ないと言われているのに、それでも安いからと買って食べて中毒してという話なら、そら見たことか、だからあれだけ言ったでしょう?と誹ればいいですが、違うじゃないですか。中途半端な認識で口走っているんでしょうこの村夫子爺さん。叩かれますかね、マスコミじゃなくて民主党が叩きましょうか。
 下関の教育長の韓国併合に係る歴史認識発言問題に、今度は民主党県連がご丁寧に決議文つけて市長と教育長に抗議したんだそうです。歴史認識の錯誤甚だしいという廉です。問題をすり替えるなと誰か言って欲しいですね。この教育長ももっと言い方があったんでしょうが、彼が言いたかったのは学校補助金要求のためにこういう問題を持ち出すなということなんです。何か思うようにならないことがあると、昔はこうだったよねぇと強請るような手口。教育長の態度は間違ってないでしょう?民主党の連中、あんた達は日本人かい?それとも他国人かい?結果この手の古証文型ゆすり手口に加担していることわかってないのか、わかってやっているのか。そんなことよりやることがあるだろうにと思うこと、県知事選に党候補を立てられないわ、二井さんを応援すると公言する県議がいて、平岡さんが困っている様子、せっかく補欠選挙に勝ったのにそんなことでは次の総選挙に勝てないじゃないかってこれまた自分のことばっかり。正義の味方ぶるのはおやめなさい、尻尾が丸見えです。それとも民主党、特別の関係をお持ちなんでしょうか。
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命名

2008-06-29 16:54:42 | Weblog
飛騨肉の偽装事件、今朝の番組で社長と従業員やら責任なすりつけられた元工場長(もう退職している人です)やらが会社の玄関でやり合っているところをそのまんま放映してました。ただの喧嘩です。ああ言った、お前がやった、その繰り返し。発覚当初のTVのインタビューでは俺は知らない、元工場長がやったことだと言ってました、その元工場長が言うわけです、あんたがやれってい言ったじゃないか、そんなことは知らんと社長。こうなると従業員側が数多いだけ強いです、どんどん証言が出てきて。そしてあの謝罪会見です。右に弁護士、左に息子と思しき若い広報部長(でしたか)。何だか従業員達と喧嘩している時とは全然違う口振り。たどたどしく言葉を吐くばかり。狡いんじゃないの?何を演技してるの?弁護士の差し金?なんて思ってると、隣の若い部長言いましたよ、社長は単語をたくさん言われると答えられませんので・・って。聞いてて(見てて)あっけにとられました、何?何?急に馬鹿の振りをしようってわけですか。びっくりしましたね、ああいう手もあるんですね。弁護士ってのはあれやこれややるもんですわ。
 居酒屋タクシー。こういう座りのいいネーミング得て人口に膾炙するというわけです。実態を表していようがいまいがいいんです、キャッチーかどうかだけですから。注射器の使い回し、点滴の作り置き等々、これもブンヤのセンスだってね。でも、このタクシー券問題、飲み屋のねぇちゃん達にばらまいてた馬鹿がいるそうで、それはまさに横領でしょうが、上得意客に、お仕事ご苦労様ですとか何とか言ってビールやらおつまみやら出すのがいけないことですかね。これが悪いと言うのでしょう?見返りの賄賂とかなんとか。お世話になりますって商品券。ううむ、賄賂かぁ。一回に3万も4万も払ってくれる上客に相当のサービスがあってもおかしくはないんじゃないんですかね。一番の問題はひと乗りに4万円も出してタクシー使う、それを毎日毎日平気で使う、この感覚が咎められるべきということですよね。ビール貰うために4万円使ったんじゃないんですから(なんて高いビールなんだ?)。残業が多すぎるという話に変わっていきます、その理由は国会議員の要求が過大なのだとか命令が出るのが遅いから仕事が後送りになって深夜の帰宅になるとか。こうやってまたまた問題をすり替えてドロンという手口なんですが、深夜に亘るのがあんた達の仕事なんだろう?代休やら振り替えやらで十分に代償して貰えるんだろう?残業代とやらをわんさか手に入れて挙げ句に交通費まで湯水の如く使い放題、そういう感覚こそが浮世離れしている、借金だらけでなんとかしなければならないなんて誰が言ってる?その本人達が国思う心に大きく欠けるという誹りなんです。「居酒屋」が問題じゃないんですから。タクシー代使えば5つや6つベッド揃えた宿直室くらい造れるでしょうに。というのが下々の考え方。人の金を使いたい放題使える連中には馬耳東風もいいところというところなんでしょう。居酒屋タクシー。こういうキャッチフレーズついた時点で官僚どもの勝ちでしょうか。なんでしょうね。
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2008-06-28 08:43:19 | Weblog
昨夜朝日のニュース番組で古館が怒っていました、今度は厚生年金不備が発覚して、前の国民年金の名寄せ作業を事実上ギブアップするような会見を舛添大臣がした事に対してです。紙データ(伝票一枚一枚)とコンピュータに書き移されたデータ(こちらがとんでもなく杜撰に為されているから大問題になっているのですが)との照合には平成22年(でしたか)までにはとてもできないし、その人的物的経費は3300億円だという試算が出たからだそうです。自分たち(社会保険庁)の職務怠慢で生じた大穴です、自分たちで何とかして埋めねばならぬと考えるが普通でしょうに、こいつらはどこまでも人ごとです、おまけにこんなに金がかかるけどいいのか?なんて開き直ってる。そこに昨夜の古館は大声出してました、自分たちの失態だのに修復にはこれだけ金がかかるって脅迫する、一体どういう了見だ?安倍さんは最後の一人まで一円たりとも漏らさずにお返しするとあの時(発覚したとき)約束した筈だ、その金とてまた税金から持ってきて当然と言う厚顔。3300億掛けてしっかりやれ、その資金は社会保険庁の役人達で賄えって言ってました。うむ、正論。昨日の古館は舞い上がらず膨れ過ぎず適当な適切な意見でした。しかしどうなってるんでしょうねこの役所は。仕事をしない役所、それをステイタスにしていた役所、左翼の巣窟、象徴。さてさて呼び名はどうあれ、被害者は間違いなく納入者の国民です。相変わらず首相目線そらして官僚答弁です。ダメかな、この国。
 下関教育長の朝鮮植民地認識問題、今日は各紙に載ってます。もともとこの教育長、日本は朝鮮を植民地にしたのではなく日朝併合したのだ(普通は日韓併合って書きますが)という認識らしいです。そしてもう一つ、歴史認識を補助金要望の場で持ち出すのはルール違反だという考えだったそうです。私が昨日書いたのは後者でした、いつまでも60年以上前の事を、両国の間では解決のついていることを古証文ちらつかせるように持ち出すのはいかがなものかと書きました、ここはこの教育長と同じ意見のようです。が、毎日新聞は「在日社会に波紋」と見出しを打ちます、大韓民国民団県地方本部も対応すると言っていると書きます。文相も慌てて否定しています、アジアの国々に対して植民地支配したことは歴史上の事実だ、その認識を否定するものならば遺憾と。明らかに二つ別の事々を一緒くたにしていますね、これは誰が見ても聞いてもわかることです。でも、こういう話の進め方が延々と続き、それが前例となって積み重なり、当然の如く学校側は要求するわけでしょう、こちらも(行政側、ひいては日本側)非が大きいのではあります。教育長の更迭でちょんですかね。それとも謝罪翻意しましょうか。肚据えたらどうですかねこの国は。
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とほほ

2008-06-27 08:42:51 | Weblog
ブッシュさん、北朝鮮のテロ支援国家指定を外すんだそうです。そんなぁ~・・ていう顔してます首相も官房長官も外相も。全く情けないこと。拉致問題と核問題とが同レベルのことであるはずがないじゃないですかアメリカにとって。そんなこと国民の誰もがこの六カ国協議なんて代物が仰々しく始まったときから感じていたことです。アメリカ人が攫われたんじゃないんですからね。自国民が攫われも何にもできない、何もしない国なんですよ日本は。そこの所とうの昔に金正日に読み切られて振り回され続けている。それも国民みんなが知っている。思い出したようにTVは横田さんやら「懐かしい顔」を引っぱり出して文句を言わせる。すっかり飽きて知らん顔していたのにマスコミというのは厚顔無恥ですから。常に常に報道続けて国民の世論、意識を高めようなんて気持ちはさらさらないんです。拉致誘拐は非道なテロ行為なのだとどうして言い続けないですかね。いつもいつも思い出したように騒ぐだけです。まぁ、政府幹部が飽きてるんですから仕方ないですか。まさかそんな事しないだろうなんてね。司馬遼太郎に斬ってもらうまでもなく、何たるリアリズムの欠如か。こういうのをトホホと言うんでしょう。どいつもこいつも雁首並べやがって能無しどもが!!
 医師不足への対応が医学部定員増員ですって。次の国会に法案提出するんだそうです。これまたトホホ。何年先のこと言ってる?医学部卒業するまで6年です。6年先の事じゃないんです、今日ただ今の手当てが要るのです。実は極めて簡単なんです、卒業後は全員卒業学校の医局で5年間研修せよと決めればいいんです。今までそうだったんですから。もちろん卒業後他の大学へ行ったり、いきなり大病院で研修したりする者もいましたが、卒業校に残る者と出る者の比が8:2以上だったんじゃないんですか、それが今はきっと逆転しているんでしょう。だから地方の病院の医者がいなくなる。昔だって(私が若い頃でも)誰も好きこのんで田舎の病院へ行きたくないですよ、でも医局の命令であればそれが新人の研修医の仕事とあらば行きます、そういう仕組みで地域医療が保たれてきたんです、それでよかったんでしょう?関連病院(医局から医者を派遣して貰っている病院はこう呼ばれます、医局と関連のある病院の意です)が医局やら教授やらに付け届けする、直接的に大金の授受が行われている、何たることだ、若い医者は教授の金儲けの駒かなんて憤りが医局制度自体の廃絶運動になって(まるで昔の大学紛争の端緒となったインターン制度問題のような様相で)、時まさに改革熱にうなされていた狂人小泉の独壇場、バッサリ規制緩和とやらの大鉈振るわれて現況です。現在吹き荒れている医療危機を治めるには取り敢えず前の状態に戻してみる。どうしてそういう選択ができないですかね。そうすればどちらが正しいのかの比較がちゃんとできます。医者が足りないからこうなったんじゃないのです。論点をすり替えるなと言いたいですし、どうして誰も言わないのでしょうか。元に戻せばすぐに復しますよ。少ないというなら増やせばいい。違います。どうしてこんなにセンスがないんでしょうか。トホホ。
 下関の教育長が朝鮮学校からの補助金増額要求に対してNOと答えたそうです。そのいきさつが記事になってます、朝鮮学校側は他の外国人学校と同じに考えて貰っては困る、植民地時代に仕方なく日本に渡ってきた者の子女がたくさんいるのだからという理屈だったそうです、それに対して教育長、植民地支配という認識は間違っている、とやったんだそうです。左翼識者がコメント寄せています、植民地支配を否定する事自体歴史を曲げることである、なんて大上段から袈裟懸けです。植民地支配の定義がいるのですが、日本語の強制やら日本語名への変更を強いることなど政策の一つ一つを取り上げればそういう事実はそれこそ曲げられぬことなのでしょうが、しかし欧米が東南アジアや中国に対して行ってきた搾取のみ目的とした支配とは違うのだろう、多くの政治家が口にして失脚してきた「日本は朝鮮に悪いことばかりしてきたわけではない」という意味は相当に評価するべきだと思っています。でも、この問題は日韓条約で解決していることなんでしょうし、いつまでもそういう理由で優遇を要求する事自体に問題はないのかと思うことです。確かにこの教育長も言葉が足りません。いきなりに過ぎる感じがします、さすがの「とんがり」の私もそう思います。が、こういう要求ももういい加減にしないといけないのではないかと思うことです。いかがですか。
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危ない奴

2008-06-26 20:34:42 | Weblog
午後7時を回って書いてます、こういうのも久しぶりです、朝このブログ管理者のメンテナンスにひっかかり、昼は用事で時間がとれず、この時間という顛末です。こういう比較をするとよくわかりますが、やはり朝一番というのは頭が回りますね、つまりこの時間疲れてますわ頭、そう思います。それとも単なる馴れの問題でしょうか。
 77歳の爺さんが息子夫婦と4歳の孫をでかいハンマーで(女房もでしたか)撲殺した事件。面相がわからないほどぐしゃぐしゃに叩きつぶされていたそうです頭。こういう狂人ばかりはどうにもなりません。息子や妻はわかってたでしょうにね。いえ仮に肉親にはわからなくても(知らんふりしていても)嫁にはきっとわかっていたでしょう、この爺さんおかしいって。孫ん子が4歳ってのも可哀想なこと、息子夫婦が45歳前後だったでしょう、遅くにできた子でさぞや可愛かっただろうにと思いやることですが、一緒に死んでよかったねとせめて思いましょうか。秋葉原の男にしても、大阪で斬りつけた女にしても、こういう奴らこそを何とかせねばならぬわけですが、いつも書きますが監視管理社会、密告社会化との選択です、息苦しくなるか安全をとるか。どっちもいやですがね。戦前戦中の特高憲兵の専横の例は、そいつらの質を保てなくなると社会が潰される、そういう実証でした。誰が監視管理するのか、誰がその危険度を判断をするのか。ここの質をちゃんと担保できなければやはり一般社会への網掛けは避けるべきでしょう、ましてやこういうことを法律化してはなりません。質は必ず劣化するからです。必ず知らぬ間にとんでもない奴が権力を握るからです。共産革命のようになります、文化大革命のような事態になりましょう。だから有為の意識高いトップが一身専属的に個別に組織的に監視管理するしかないのではなかろうかと思うことです。世の中の安全を守るとはどういうことなのか。一つ屋根の下に暮らしている者同士の殺人事件と、秋葉原のような事件とは質が違います。どちらが危ないかと言われればもちろん後者だと皆さん思われましょう、それは前者に「余所んちの内輪もめ」を感じるからです、犬も食わない夫婦喧嘩と同等視してしまうからでしょう。そういう歴然とした線引きがどなたの心にもあるわけです、それは警察にも司法にも行政にも。虐待児の保護についても同じことが言えますね。家族親族内の出来事には他人は手を出さない、手を出してはいけないという共通の認識が誰の心にも生来存在するのでしょう。人間性善説性悪説に倣っていえば、人間生来排他主義説。人間の性癖は血族親族中心の社会形成であるわけです。この枠の中には入ってくるな。枠の中には干渉するな。そういう人間が多く集まって生きていくためにはルールがいるわけです、罰則がいるわけです、それを皆が守らねばならぬわけです。社会の安全は法律で守られているのか、個々人の意識の高さに負っているのか。構成員(住民)の雑多性を思えばそのいずれも保障されることではありません、となると突発する破壊行為から社会を守るには直接的な抑制(危険因子の抹消)しかないのではないですか。そろそろどこかの首長がそういう対応をしてみてくれないものでしょうか。我が町の安全を確保する!と宣言でもして。石原慎太郎あたりが言いそうなことですが、やってくれないですかね。無法な外人と危ない邦人取り締まり(監視)。前にも言いましたが危険なのは「おかしな一般人」です、プロの暴力団じゃありません。何とかならぬものでしょうか。
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間抜け

2008-06-25 08:42:07 | Weblog
昨日「正しく生きる」云々書きました。文藝春秋の今月号(7月号)に司馬遼太郎特集があって、半藤一利さんやら関川夏央さんやら名うての司馬ファン達が作品を通じて明治の偉人達を論じています、司馬遼太郎の言葉が本から引かれています。私もこういう一言一言に心が奮い立ってきた一人なんですが、例えば天には意志があるとか、どうなるとは漢の思案ではない、おとことは、どうするということ以外に思案はないぞ、とか、人間はどう行動すれば美しいかであり、どうすれば成功するかではないんだ、とか。ああ、そうですねぇと感じ入るわけです。こういう言葉が司馬遼太郎の魅力なんですね、改めて思うことです。この特集面白いですよ、特に乃木大将論のくだり、この人によって乃木希典は愚将であると烙印押されましたから。最近古川薫が彼は愚将ではなかったという反論本を出りたそうです、これも読んでみたいと思っています。
 自衛艦が中国の港に横付けして四川地震への救援物資を届けたそうです。飛行機はダメで船ならいいというのはまたどういう理屈なのかわかりませんが、とにかく日本の軍隊(自衛隊)が中国の港に入ったという画期であるわけです。日中友好で括るなら事の進展には違いないことでしょうが、当然のこと反対もまた激しいそうです。日の丸を中国の空に飛ばすな!なんて反対した連中ですからね。何とか先の自衛隊機派遣のドタバタ汚名を回復したいんでしょうし、このチャンスを逃したくないのでもありましょう、日程調整の末のやっとこの時期なのでしょうが、しかし何ともタイミングのよろしくないこと。岩手地震が激甚災害指定にならぬ(ほど程度が軽い)となって、地元以外の救援隊が一斉に撤退する、まだ行方不明者が何人もいるのに、という時に、自国ほったらかして他国の援助かい?!という絵です。このコントラストはきついですね、被災地の人達はさぞや腹が立つことでしょう。まだ全部終わってないのに引き上げる、あとはちゃんと支援しますからって。ああいうときに大事なのは姿を見せること声を掛けること実際に動くことですよね、遠くから金振りまく事じゃないでしょう。いえ、すぐに駆けつけて、やるだけやったじゃないか、規則に従って撤退するだけのことだと言うのでしょう、それはその通りでしょう、命令に従って動いている人達への文句ではなくてそういう指示を出す上官、ひいては政府の見識の薄さ、官僚体質にゾッとするわけです。被災地の人達の感情に沿ったやり方があるはずですよね。まだ生きているやら死んでいるやらそれすらわからない人が、四川よりも規模はうんと小さいとは言え何人かおられる以上、ここは国の毅然とした態度を示す好機でもあったのにと思うわけです。日本は違うぞ、最後の一人が見つかるまで手を抜かない、あきらめないぞ、という意思表示です。そういう態度を見せられると皆安心するのです、待てるのです。それを災害の規模に関するなんちゃらの規則に従って判断して余剰人員を引き上げると来る。そんなに時間外給料が惜しいのか?!公務員達ですわ、ただで働くわけがないですよね?むろん気概気骨のある連中もいるんでしょうが、遠くから派遣されていやいややってる奴らもいましょう、国に大災害ですわ、こっちを最優先にすべきでしょうにね。何とも間の悪い日中友好ではありました。
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奈辺に

2008-06-24 08:44:08 | Weblog
今度は飛騨牛の偽装です。びっくりしなくなりましたし、新聞やマスコミの扱いも小さいものです。社長の専横、内部告発とこれまたお定まりです。何年も続けてきた「不正」は今さら直せません。「ズル」して何とか回してきた(あるいはやっと利を得てきた)経営状況なれば尚更のこと、お前達の給料はここから出ているのだぞ!って脅迫。これまた陳腐な表現ですがチリも積もれば山となるのです、人の口に戸は立てられないのです。毎日の生活と良心の呵責との鬩ぎ。従うしかない労使の上下関係と積もるばかりの鬱屈との均衡。何時かは破れる、なんて解説もつまんないことです、殆どの職場では皆黙って我慢して知らん顔しているんですから。その嘘も自分の給料の糧です、うしろめたさは同じことですから。解雇失業を覚悟しての告発です。ここまで行くにはもう社長に対する憎しみしかないんでしょうね。全部発表してゼロからもう一度やり直しましょうなんてことをチクった従業員は言ったんでしょうか、社長にそれだけの意気地も決意も社会正義感もなくて、馬鹿野郎!どこでもやってることだ、こうでもしなけりゃお前達の給料が出ないんだ!とかなんとかのすれ違いになって。今さら他のどこの例を挙げるほどのこともなく、初めの一言、初めのひと嘘が全てをぶちこわしてしまうんです、後からバレる、その後謝るという順がどれだけ傷を拡げるか、いい加減に学習せねばならぬですが、ここの社長、わかってないようです。元従業員達の証言の嵐に晒されます。もう心の呵責がなくなりましたから、証言する側は正義の味方です。あれもこれもあんなことまで。潰れる運命の会社に未練などないわけです。あんな所で働かされていた私達の身にもなって下さい!の哀願調です。今は世論はこっちについてますから言いたい放題ではありますが、抗えなかったという状況にあったにせよ、安物肉をさも高級肉らしく販売していたことに加担していたことには違いないことです。でもやはり従業員に責任はないのです、ひとえに社長の責任です。世の中はズルで回っています。清濁併せ呑むことが人間として上等のような言い方がありますが、いいえ、一番上等な人は濁りを寄せ付けぬ人です。信用を第一に据えて真っ当に生きている人達です。嘘ついたら世間様に、お天道様に申し訳がたたぬと考えている人達です。正しく生きるということはやはりいかに襟を正していられるかの我慢比べのようです。正直者が馬鹿を見るという謂の真意は奈辺にありや。
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人権

2008-06-23 08:39:28 | Weblog
死亡記事にグレート草津の名がありました、まだ66歳だそうです。些か旧聞にわたり、またマニアックな話題で申し訳ありません。昔プロレスが華やかかりし頃、まだ猪木が新日本プロレスを立ち上げる前だったんじゃないかと思うのですが(記憶が定かでありません、調べる資料もありません、すみません)馬場・猪木の全日本プロレスから離れて豊登の国際プロレスという団体があって、それぞれにTV局がついて放映してました。私が中学高校時分のことです。国際プロレスが人気高かった頃があったんです、丸太のような両腕を体の前で交差させて腋をカポカポ鳴らすパフォーマンスの豊登、ただ飛び上がって仰向けの相手の胸や腹に尻から落ちるだけの雷電ドロップなんて得意技だけだったサンダー杉山、気合いだ~で有名になっているアニマル浜口(この人プロレスラーだったんですよ、浜口京子のアホ親のキャラで売ってますけれど)、馬場との口論パフォーマンスで人気の出たラッシャー木村、地味なところで寺西勇などなどが顔を揃えてました、結構面白かったです、そのうちの一人がグレート草津。これといった得意技や決め技はなかったんですが背の高いシュアーなレスラーでした、親日プロの坂口征二に似たキャラクターでしたか。でも、国際プロレスといえば何と言ってもビル・ロビンソン。この人がいたから国際プロレスも興行的に成り立ったと言えるほど人気のレスラーでした。私もこの人見るためにチャンネル合わせてました。クリーンファイトで強いんです。人間風車、ワンハンドバックブーカーとか決め技もキラキラしていましたが何と言っても動作が速い。ものすごく速い。どんな相手でも馬場に見えるほどでした。カールゴッチとの対戦が放映されたこともあったですね、これも凄い試合でした。ストロングスタイルという意味がこれでわかる、お手本のような試合でしたね。あとはAWAの帝王バーンガニアもこっちで来日してましたね。ううむ、思い出すもんです。それだけしっかり見ていたってわけで、またこんな田舎でも放映されているほどに人気があったっていうことです。合掌。
 鳩山法相がさっさと死刑執行を進めていることに対して人権弁護士達が反対します。死刑反対の声を挙げています。この人達の根拠は冤罪がなくならないことです。現在でも再審請求の為されている例は執行できない仕組みのようです。つまり再審請求することが事実上の執行阻止手立てになっているのです。新聞に載った論によると、今まで再審請求されて再審無罪判決に至ったのが四例あり、こういう誤判を生ずる制度上運用上の問題点について何ら抜本的な改善が図られていないのであるから誤判の危険性は依然不可避なのだ、だから死刑は非なのだというものです。鹿児島の選挙違反事件など検察警察の無茶な捜査拘束強制はよく知られることでこういう事に対する対応が何も為されてないことは確かにそうなんでしょうが、死刑になるような本物の極悪犯をものうのうと税金で食わせ続けていく理不尽に目をつぶるわけにもいきますまい。弁護士岩井某の手になるこの文章がうまくないので伝わらぬことなのですが、相変わらず世間一般の感情からわざと離れようと思っているかというような論の展開です。さてさて、厳罰化の傾向は私は好ましいことと思っていますが、諸姉諸兄いかがお考えでしょうか。
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たばこ

2008-06-22 11:37:26 | Weblog
嫌煙権のことカサブランカのボギーを持ち出して中国新聞コラムで書いています。確かに昔の映画見てるととにかく男達は煙草、煙草、煙草。飲み屋や屋外ではもちろんのこと、電車の中でも家の中でも食事の場でも。ああ、それだけ今は喫煙者が外に弾き出されているということ、これだけ映画の場面に違和感を覚えるのはこれだけ日常生活の場から煙草が排除されているということです。そう思えば確かにこの社会の変化は早い進行でした。嫌煙権といういやな言い回しであっと言う間でした。健康被害、副煙流なんて言葉捻り出して危険を言い立てる手口。そして、一旦煙草を悪者に仕立てると一気に集団暴力です、迷惑と健康被害の二本立て。御用学者達がつまらぬ集計を採って後押しする、例えば喫煙と肺癌、喉頭癌やらの癌発病との関係に始まって、副煙流(本人は吸わないけれど隣で吸うものの煙を吸い込むこと、フィルターつけている本人より直接に吸い込んでいるこちらの方が被害が大きいなんて与太言う学者もいました、煙草吸う奴こそ副煙流も直に多く吸い込んでいるじゃありませんか)と癌、挙げ句は鬱病とか検査値とかの関係まで言い立てる。これ簡単なんです、ある集団例えば鬱病になった人を集める、その人達と煙草吸う人と吸わぬ人に分ける、単純に言えば6:4以上の差がつけば、実際には色々統計学的有意さを出す式があってそれに当てはめていくんですが、結果が出れば発表するんです、いくらでもできるでしょう?喫煙者とそうでない人に分けるというとても簡単な分類です、いまに煙草と性格の関係とか、煙草とDVの関係とかやり出しますよ馬鹿馬鹿しいこと。そういう先駆け争いにばかり血眼になっている学者の出してくるこの手のつまらぬ結果を後ろ盾にして社会から煙草をなくそうとする勢力は嫌煙権なんて権利創り出してブンブン振り回します。煙草嫌う人はもちろん少なくとも喫煙者と同じだけいたわけで、彼らは歓迎しますね、特に子供の健康とか、くわえ煙草とか歩きながらの煙草がいかに危険かなんて今さらのように言う、抗えない正論を次々に積み上げて反論を封じ込める。果たしてホタル族なんて言葉でもって嫌煙主義は世論にすり替えられます。ああ、いやなこと。禁煙ファッショなんて表現してる人もいますが、私も賛成です、たかが嗜好品をここまで悪者にするはおかしいですわね。禁酒法が悪法だったと評価されるのはなぜですか、人の社会を見損なったからでしょう、社会の雑多性に枠を架けられないからです。ボギーは格好いいですよね、あのセリフもそうですが煙草吸う仕草所作の格好良さ、何人が真似したでしょうね、私もアランドロンの吸い方真似できますよ。健康被害を言い過ぎます、禁煙によって医療費をいくら削減できるなんてまさに画に描いた餅を錦の御旗にして(厚労省の計算好きの役人が掛け算掛け算で弾き出した大嘘の数字です、個人差を全く無視した馬鹿馬鹿しい大嘘です)、問題すり替えていく。私はこういう仕事してますから、必要な人には禁煙を勧めますが、そうでない人には酒も煙草もどうぞお好きにと言ってます。これが正しい指示だからです。全く個人の嗜好に関わることだからです。こういう態度で処するべき事項なのです。人が迷惑に思うことは避ける、それが社会生活の原則その一です。でも迷惑だと言い立てればいいというものでもない、飲み屋に行ってたばこの煙が気に入らないなんて与太は通らないわけです、いやなら行くなですから。公共の場(これまた左翼的な響きですが)から迷惑を排除するのは社会の利益だという正論でもって、公共の場がどんどん拡がっていくわけですね、列車内、駅構内、学校敷地内。禁煙にしている飲み屋もあるんでしょう、煙草吸いが行かなくなるだけのことですが。私は社会の利益安寧は個人の権利に優先するべきと考える方で、迷惑かける者を排除せよと考える方なのですが、禁煙運動には反対です、単なる嗜好を制限する無茶だからです。もっと浅いところで(ちょっと気をつけるだけで)解決できることだからです。健康被害なんて大嘘でもって大上段に構えるほどのことではないからです。私は人に禁煙を勧めねばならぬ立場にいますから煙草は吸いません、16、7年前に止めました。が、医者を辞める時が来ればまた吸い始めようと思っています。何故か?格好いいと思うからです、服や靴と同類のファッションと思うからです。ボギーやアランドロンのようにちょっと顔をしかめて煙を吐き出す。いいでしょう?そんなことを他人に禁じられたくないですよね。所詮は勝手事なんですから。そうですよね。
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騒擾

2008-06-21 08:42:14 | Weblog
環境保護団体グリーンピースの幹部が窃盗罪で捕まってます。こいつ全く悪びれないところ処置無しです。ご存知でしょうが、調査捕鯨船の乗組員が鯨肉を勝手に持ち帰っているということを「つきとめた」彼の団体、横領罪で訴えようとそれを証明するために宅配便会社に忍び込んで勝手にその証拠品を持ち帰って、果たしてそうでした!って記者会見してましたね。捕鯨に(調査捕鯨にも)反対している市民団体(という名の左翼暴力団体ですが)ですから、何かでケチつけたい、尻尾を掴みたいわけです。で、こっちの弁護士は三百代言そのままに無茶な理屈振り回します、窃盗とは盗品を金品に換えるとか自分の所有物にするとかそういう意志があって初めて成立する罪であって、今回のように罪状を暴くために為される行為は窃盗には当たらないとかなんとか(この弁護士が福島社民党党首の旦那だそうです、おお、そんな奴なら言いそうなこと)。これぞ強弁の典型ですが、もちろんそんな屁理屈通るはずもなくしょっ引かれていきました。鯨肉捨てるくらいなら自分で食えばいいです。それを横流しして金儲けしようとするならそれは道義上咎められましょう、調査捕鯨と銘打っていることですから。鯨を殺すな、魚を捕るな、動物を食うな。世の中ベジタリアンだけで成り立ってないですのに。そういう連中、植物は生き物じゃないと開き直るのでしょうかね。ガーデニング命の人達に言わせると、草花と会話ができるそうですが。環境保護して、人間以外の動物を保護して、子孫に美しい地球を残そうなんてきれい事なんでしょうが、仮にそうなればいくつの仕事がなくなり、何人の失業者が出るか、そういうマイナスに適うだけの価値のあることなのか、そこに冷静な判断が欠けていましょう。尤も、現況現状は人間の欲望のままに科学文明の進歩のほしいがままに「発達発展」してきた結果です、そこに百年の計なんぞありません、理屈は全てあと付けのものです。無計画な無謀な競争開発の末に現在の「傷んだ環境」があるんだという論に立てば、まずは獲るな壊すな殺すなとなるのもわからぬことではありません。そしてきっとこれが大正論ですから、誰も正面切っては反論できにくい。厚顔にも恥ずかしげもなく小学生が道徳の時間や学活の時間に言いそうな空々の正論を言い続けている、そのうち圧力団体になっていく(いいえ、そういう思想団体が、もともと目的のある圧力団体がこういう正論の衣をまとって活動しているのが実状なんでしょうが)そこのけそこのけって。こういう間抜けやってくれるとこっちも溜飲を下げることができるというわけですが、光が強ければ強いほど影も濃いのだなんてよく使われる比喩で納得しながら現在享受している文明の利便にばかりに目を向ける大衆に、そうじゃないだろうとアピールする意味はありましょうけれど、しかしまともに話のできない連中然と構え恬として恥じぬ態度でいる限りこっちには伝わりませんね。為政者達もそこを読み切っているというか、高を括っているというか。言わせとけ、やらせとけって。所詮はうるさい奴らで終わっています。それでいいのか、ですが、いいんでしょうね。騒ぐために騒ぎを起こすだけ。そんなことなんでしょう。
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