柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

断末魔

2009-06-30 08:07:27 | Weblog
日教組批判して折角の大臣棒に振った、宮崎選出の中山成彬衆院議員(実はこの人辞めてないんですねぇ)、次の選挙にも出るって言ってるそうです。あの騒動の時は議員辞職するなんて言ってたと思うんですが、ほとぼりはすっかり冷めて、の態ですか。私の興味は二点、一つはやはりこの人の来し方です、日教組をあれだけ叩く人は他に多くないです、この人の価値は大きいです、議員でいて欲しいです。二つ目、自民党県連がどう出るか。ここにはもう一つ東国原っていう火種がありますから。そして政権交代かという剣が峰です、自民党にはなりふり構わず何としても勝たねばならぬという命題もあります。恩讐を越えて勝てる候補に付く(推す)という結果にはなるのでしょうが、さて。民主党が政権獲れば、参院の親分、日教組そのものの輿石さんがどこかの頭に就きます。週刊誌は副総裁なんて予想してましたが、いやいや直に文科相に就いた日には・・。という危惧は冗談でもなんでもなく大きい、そしてそうなった日には想像するもおぞましいです。民主党にやらせるのもいいかなという世論は理解しますが、とんでもない爆弾が隠されているということも知ってほしいと思うのです。だから中山さんの存在が大きいのです。そう思うのです。
 麻生さんほとんど拗ねてますね。当地の方言で「ハブテる」。前からそうであったにせよ、あちこちから公然と総裁辞めろコールが聞こえる、期日は迫る、何やっても(本当に世論をこっちに向けよう、何かやってやろうという気があったのかどうかも不明ですが)うまく行かない状態にあっては、たった一つ手に残った解散決定権だけが頼りです。こんな時期に右腕(だったであろう)鳩山さんを切るわ、都議選のテコ入れにご執心だわで、さすがにシンパ(のつもりでいましたが)の私も呆れてます。麻生降ろしに小泉さん加わったというのでTVカメラがあれだけ集まる。それでも地元の市長選は小泉さん(の応援した候補)負けたそうですからね、息子大丈夫かなという話、選挙民を甘く見たら痛い目に遭うんだと知らねばなりますまい。こういうのも麻生さんには癪の種でしょうし。総裁選の前倒し、舛添さん(しかないでしょうね)に看板代えてという作戦もどうですかね。まさに末期的現象ですか。断末魔。どうあがいても蟻地獄。死んでも死に切れぬとか集団自殺とか物騒な言葉が飛んでますが、連中にすればそれこそ死活問題ですからね。前回が前回だっただけに、このコントラストはさぞや辛かりましょうが。ううむどうする首相。
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軽さ

2009-06-29 08:13:28 | Weblog
昨夕東国原知事がTVに出て話しているのを見ました。ああ、やっぱり軽いわ。しかたないですね、そのまんま東という、タケシ軍団で熱湯掛けられて名前売ってた、そういう先入観と言うかイメージが抜けませんから。こちらに抜けないだけでなく、この人からも抜けてない。抜こうとしてないんでしょうけれど。一人で話している時は、地方分権と言って要求していることはこうこうだと説明するくだりはわかりやすくてよかったのですが、「辞め検」コメンテイターから明らかに悪意のある、見下したような質問浴びせられてムキになって、そうすると地金が出る、敵さんつまり弁護士だから口八丁です、一つ一つ反論されていけませんでした。古賀さんにあれだけ大風呂敷広げたのも、見ている方は自民党の体たらくに溜飲を下げる思いもないではないですが、やはり実態伴えばこそです。この人が自民党総裁で、総理大臣でなんてことはやはり想像しにくいし、そこまでは望まないことでしょう(まだ田中康夫の方が・・と思いますね、この人が進歩的文化人でなく、おねぇ言葉を使わなければ)。やはり一分を弁えなければなりますまい。今の地位でさえきっと爪先立ちだと推量します。いえ、私の認識は、首長に要求される才能はあれこれ数多いと思いますが、国会議員を含めて議員というのはさしたる能力は要らぬ(選挙に勝つ能力は要りましょうが)というものです、ですから首長こそが面白いポジションと思ってます。国政にこの年齢でこのキャリアで行こうとするは、コメンテイターも言ってましたが、人気に驕ってるととられても仕方ないでしょう。そして軽い、なにより印象が軽い。庶民的であることと軽いこととは違うのですから。
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天下国家

2009-06-28 07:38:56 | Weblog
もうすぐ7月、衆院の任期が9月まで、「よくぞここまで引っ張ったな麻生さん」の観ですが、いよいよ断末魔の叫びの様相ですか。どうすれば選挙に好影響か、その一点です。三役入れ替えるってのはどうなんですかね。これ、常套手段ですか?今までこんなことあったですかね、私が覚えてないだけでしょうか。直近二例が、そんな暇もなく総裁がさっさと辞めたという「非常」でしたから、印象が薄くなっているだけでしょうか。とまれ、目先を変えるという瀰縫策には違いないのです、誰が不都合?と言われても三役が誰々か口に出ないですよね、細川さんと誰?笹川某って誰?そんなことです。古賀さんは選挙係です、民主党の小沢さんと同じ。代えるって誰に?石原ジュニアとか小池女史とか舛添大臣とか週刊誌には喧しいですが、二ヶ月にも満たぬような任期を引き受けましょうかね。自分の選挙に役立つと踏めば受けるんでしょうが、他の二人はいざ知らず、舛添さんはこれだけ露出してそれなりの業績挙げてきましたから、正式に次の総裁戦にも出られますわね、こんなところでお茶を濁さずともいいでしょう。でもしかし、自民党が本格的に下野するかどうかの瀬戸際です、自民党内での権力争いだけではすみません。先に細川に負け(つまり小沢に負け)さらには社会党と組むなんて野合もいいところのゲテモノに身をやつした経験がありますからね、野党に落ちても、という覚悟があるかどうか。だからこそチャンスだという考え方もあるのでしょうが。悪あがき、ですね。東国原騒動もそうです。本人がどこまでマジなのか窺い知れぬことですが、知事が喋れば喋るほど軽くなって行きます。これも本人の意図するところとは違うかもしれませんが事実はこうです。国民が面白がっている分には効果大ですが、いかにも軽い。軽いから皆が見るんです、それも真理ですが、軽い。そこに政治自体が乗っかっている。今までも、どうしてこんなのが?なんてタレントを引っ張ってくるは選挙の常套でした、だからこの事象は珍しいことではないのですが、さすがにあれこれやってきている知事ですから、マスコミも中央集権対地方分権なんて構図を嵌めようとする。そうじゃない、結局選挙の為以外にはないのですがね。一タレントではない、というだけでしょう。社会保障費(医療福祉費)の年間2200億円抑制策も、これだけ医療状況が壊れて、介護保険関連事業もひとえに給料が少なすぎるから人が集まらないという現実が閑却されて、これでは選挙を戦えないからなんてバカな(天下国家なんかどうでもいい陣笠達にとればこっちこそが死活問題ではありますが)理由で自民党の総務会が緩めちゃった。これじゃぁ離れます。日本医師会は貞淑ですからここまで無茶されて振り回されてもまだ自民党を支持するなんて言ってます。当の自民党はとうの昔に医師会なんて見限ってます、献金も少ないし(何億円も入れてるんですよ、でもそれより額多く献して票を多く集める団体が多いわけです、歯科医師会とか製薬会社とか看護婦団体とか)票も集められないし。何十年も前の武見会長時代をいまだに思い出してはため息ついてる状況です、医療崩壊なんて何言ってんの?そういう目的で抑制削減したのよって鼻であしらわれてます。医師会の体たらくはさて措いて、国の根幹とは何か、国民生活に入用な最低限のインフラストラクチャーとは何かが図らずもわかったわけですから、速やかに手直しする国家観がどうしてないですかね。もちろんマスコミの誘導や恣意は明らかにあります。ですから、そのままに鵜呑みしてはならぬとは思いますが、何度も言いますが国民に対する言葉が余りになさ過ぎます。方針なり心意気なりをちゃんと大きな声で示せばいいのにとつくづく思います。やると言えば記者会見の場はすぐにあつらえてくれるんでしょう?本当に選挙に勝ちたいならそうするべきです。いや、天下国家の話です。そうです。
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気宇

2009-06-27 08:10:09 | Weblog
東国原知事が(おそらく)支持者の前で状況説明している映像が流れました。慣れた仕草、ここは長いタレント稼業が役に立つでしょうね、前説でツカミをやる(業界用語でしょう、客を入れての番組の前に「場を暖める」役、段取り説明しながら笑いをとりながら客をリラックスさせる役)ことはお手のものでしょう、ここはさぞや上手なんでしょうが、内容です。やはり国政に行きたいようです。任期は全うしろ、せめて一期くらいはちゃんとやれと言うが、今これほどの政界再編の機会が今後あるとも限らないのだと言います。その通り。宮崎のことを一番に考えているんだと宮崎弁で伝えておくことも忘れてませんでしたが。彼は思ってるんでしょう、風が吹いてきていると。知事になって、ここまで来て、次は総裁総理だって。行けるかもしれないって。ここは大チャンスだって。その気宇壮大感、わかる気がします。俺はこんな田舎で終わるタマじゃないんだとか、どんどん膨らんでいって。んんん、わかる気がします。さて知事さんどう出るか。いや出るんでしょう国政に。そして宮崎は昔の後進県に再び沈む。大っぴらにTVやらに露出できますから、そっちに引っ張りだこになって、時の人になって・・とそこまではおそらく思惑通りに進むでしょうが。思い違いでなければいいんですがね。担がれたみこし、掛けてもらった梯子は、自分ではなく人が降ろし外すんですから。
 マイケルジャクソン、アメリカでは大報道だそうです。ビッグだったんですね。ポップスのキングだそうです。ああ、プレスリーはロックンロールのキングだったですかね。新聞の追悼記事が結構面白いのですが、今回もそうでした。彼はプレスリー亡き後の最大のアメリカ生まれのポップスターだ。プレスリーはビートルズの前の世代の人です、50年代。60年代がビートルズの時代。70年代が空いて、彼が80年代のスーパースター。プレスリーの凄さを知らない人には難しい比較です。あのダンスの斬新さを指して、新時代のフレッド・アステアなんて評価も。プレスリーよりもっと前の映画スター、ミュージカルスターですが、知らない人のほうが多いでしょうにね。つまり、そこまで遡らなければ対象が見つからないほどの画期というわけです。イチローのようなものですか。面白いです。評論家の文章はこういう知識的にも面白いのです。
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運命

2009-06-26 08:03:04 | Weblog
マイケルジャクソンが死んだそうです。あれこれお騒がせの人でしたが、TVが流す自宅映像見るにお城ですわ、あれだけ成功した人ですから当然ではあるのでしょうが。白人になりたいなんて、おそらくは黒人にしか共有できないかもしれない特異な願望や言動、そして本当にやってしまう精神構造と財力、どれをとっても凡人には、黒人でない者たちには届かない「別のところ」に生きていた人でしたが、才能もとびきり別次元の人でした、これも確かな事実でした。ジャクソンファイブ時代のことはもちろん有名です、エドサリバンショーの映像に残る若かりし頃(少年時代)の彼にはびっくりします。真似てフィンガーファイブなんてグループが日本にもいましたが、もちろんその当時からおいおいって落差ではありましたが、マイケルジャクソンの才能は少年時代からキラキラしています。スリラー、ビートイットなどなど歌も優れて時代の先端でしたが、やはりあのダンスでしょう。あの切れ。妹も同じようにくるくる踊ってる。黒人の人種的に優れる部分を見せつけられる想いでしたね(つまり俺にはできなくて当然だという言い訳なんですが)。あのステップ、できるできぬはこっちに置いて、一度や二度は真似てやってみたことあるでしょう?それだけ世界の先頭にいた人です、巨万の富と名声とを手に入れて。でも、きっと偏執狂のきらいがあったのでしょう、体のことに特に入れ込んで。薬やサプリメントやメンタル何とかとか凝りに凝って。考えられるでしょう?、プレスリーと同じように周りにはイエスマンしかいなかったでしょうし。とまれ、一世を風靡したスターがまた一人身罷りました。運命は容赦のないことです。
 鹿児島で77歳の婆様が腰が痛い背中が痛いに対して注射したら死んじゃったという記事が三面の片隅に載ってます。痛み止めの注射(局所麻酔薬を注射するんです、そこここでやっている処置です)を本人の痛がるところを聞きながらしていったんでしょう。でも、解剖したら肺に沢山穴が開いていたって。肺に穴が開いて空気が漏れて呼吸困難になるのを気胸(ききょう)と呼びます、それで亡くなったのならお婆さんお気の毒にさぞやしんどい思いをしたでしょうね。気胸は速やかに処置すれば死ぬことはないのですが、運ばれた時には時既に遅しだったのでしょう。注射した医者が深く刺しすぎたのかもしれないなんて与太言ってます、おいおい、それでいいのかい?びっくりしますけど、それが真実ならそうですか。なんて間抜けな、と思います。気の毒なのはこのお婆さんですわ。まさか殺されるとは思いませんわね、病院へ治療しに行ったんですよ。77年も生きてきて、最後がこれかい?何が起こるか、わかりませんよ皆様。今日、この後の話です。運命は容赦ないのです。
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2009-06-25 08:14:42 | Weblog
古賀さん、なりふり構わぬ態ですか。請われた側も請われた側、その条件として総裁にしろって、それは断るってことでしょう普通考えれば。でも東知事国政に行きたいんですねあれ。何百分の一にならぬ自信があるんでしょうが、さてそちらはお手並み拝見ですし大言壮語は今のうちなんですが、それにしても強面古賀さんがいよいよマスコミ対策ですか。選挙総元締めですからね、表立ってこの人に少なくとも今逆らえる人はいないのでしょう、何より大事な飯の種の選挙が目の前ですから陣笠達。2/3なんてとても無理ですから、なんとか半分をという目標です自民党。どの選挙でも何人かタレントを引っ張ってきて、浮動票とやらをかっさらう手法を使ってきて、最近は野党も同じようにやるから結局どちらが有名かとかの話になっちゃってますが、その大目玉ですわね。この人か大阪の橋下かのレベルです。いわば最高のレベル、そういう候補中これほどの人はいません。でも、すんなり受ける、有難がって受けるほどにうぶじゃないと言うか、知事には世論はこちらにありなんて読みがありましょうから強気ですわね。なんでも比例の上位に置くそうです、選挙せずに勝てる位置です。宮崎県民は今のところ反対するのが多いそうですが、いや、立つと決めたら推すでしょう、選挙してもきっと大勝でしょう。東さんの今後のことなんて古賀さん考えていません、とにかく目前の選挙ですから、なんとか自民党に向けて風を吹かせたい、それ一点です。東が国政に来たらゆっくり潰してやるなんてね。今はこの男のビッグマウスを利用しようという魂胆。知事への関心も、今この地位(地方の知事)で大言するからこそであって、国会議員になっちゃったら田中康夫やら渡辺ジュニアとかの例はいくらでもあります。さて、この男がどれだけの器なのかわかりませんが、私はここでやめとくべきと思いますが、一分を知るはやはり困難でしょうか。風が光がマイクが歓声が自分に向いてきたときに、冷静な判断なんては期待する方がおかしいですか。無理なんでしょうね。天下の古賀さんが膝を折って自分の前にやって来た。これだけで舞い上がりますね普通は。さてさて。それが向こうの狙い目なんですがね。
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本質

2009-06-24 08:09:47 | Weblog
日本の若い衆入江の背泳ぎの世界記録、水着違反で公認されませんでしたが、新聞は彼一人だけじゃない、他にもフランスやらロシアの選手も非公認通知がなされたと伝えています。あの時の彼の記録は日本記録としてそのままにするんだそうです、その意気や良し、ずっと突っぱねろと前に書きました。当の本人は新聞によるとショックはないそうで、殊勝にもというか潔いというか実は気が弱いというべきか、でも第一人者という自信があるんでしょうね、次の試合で記録出せばいいって。それはそうだけど・・と当人がそう言うなら頑張ってねと返すばかりなのですが、朝日新聞に関係者のコメントが載ってます、こちらには腹が立ちます。元日本水連広報委員のクレジットでこう言ってます、日本記録も元に戻せ、国際水連の決定に合わせて、4月の日本選手権で出た今回違反と判定された水着で出した記録も公認すべきではないと。その理由は「日本の記録に対する国際的な信頼が揺らぐ可能性がある」からだそうです。米豪は国際水連認可の水着での記録しか認めないと決めているし、世界と異なる公認基準を作ってはならないと憤る調子です。日本人らしいというか、この気質が入江選手本人の弁にも繋がると思うし、決して悪くはないとも思いますが、いい加減にその「世界」至上主義から脱却すべきでしょう。この人の言う世界とは、国際水連とは何か、誰が牛耳っているのか、米豪ではないのですか?誰が水着の基準を決めているのですか?「世界」が決めたことは無謬で金科玉条だと決め付けて、いつもこちらを合わせていこうとするその負け犬根性を何とかしなさいよということです。いい例が柔道です。国際化とかグローバル化とか耳障りのいい言葉に騙されて、いつの間にか外人達の都合のいいようにルールを変えられて現況です。気が付いたら柔道でなくて judo になっていてそれは殆どレスリングになっている、そして「世界」基準を決める会合から日本人が外されている。日本はどうしているか、この関係者と同じこと言ってます、早く世界基準に順応することだって。嘉納杯という冠が外されるそうですね、伝統の国際大会から。講道館柔道はどこへ行ったんです?日本の柔道、この国際大会を他に創るくらいの意気込みはないんですかね。国際連合も同じことなんですが、これはさて措いて、水泳の「世界」って何なんです?水着を公認するのは誰なんです?レーザーレーサーがよくてデサントがいけない理由は?後講釈ではなく本当の理由は?お人よしにも程がありましょう。私はそう思います。関係者の、水連幹部なんてえばっている連中の責任です。極めて政治的交渉であるのに本筋をすり替える。そうでしょう?そう思われませんか?
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世の中

2009-06-23 08:07:58 | Weblog
西川社長留任だそうです、条件が給料3割減を三ヶ月だそうで。いくら貰ってるのかは知りませんが、なんとも役人慣例でいいことですな、教育委員会の不祥事始末に酷似です。民間、でしたか、公務員に準じて?勝手にしやがれ!自民党の菅さんは言います、先の郵政選挙で示された民意を西川社長はしっかりやってきているんだから当然だって。いやいや、かんぽの宿叩き売り問題がおかしいと言ってるんですよ世論は。結局オリックスの宮内社長一度も出てきませんでしたね、マスコミも叩かないのはおかしいでしょう?自民党が(おそらくたんまりオリックスから献金受けてるんでしょう、宮内さんは小泉改革シンパでこの人を斬るわけにはいかなかったという絵でしょう)抑えてるんでしょうね、鳩山の所為にしておけって。で、この男も詰めが甘いから、信条の正義のって空々の抽象論感情論に霧散させちゃって。こうなってしまえば論点すり替えて行けばいいわけです、すっとぼけて。郵政改革は止められないってね。宮内さんだけが大儲け、利鞘がっぽりです、自分で決めて自分で買うんですからズルいわねぇ。
 国際水連が先の日本の若い衆の世界記録を認定しません。水着違反だそうです。デサントが慌てて改良策を提示したらすぐにこっちならいいって。馬鹿馬鹿しい。つまりデサントの手続き間違いだったんでしょう?順序間違えただけの。先に菓子折りにたっぷり金包んで、この水着をよろしくってやっておけば問題のない世界記録だったということです。デサントが負けてるんでしょう、レーザーレーサー(でしたか)社に。もう一つは人種差別。黄色い奴らをいい気にさせるなって。この若い衆もこういうところに気づいていくわけです。実は水着の問題じゃない、極めて政治的な問題だって。
 骨太の方針09なるものの検討会があって、与謝野大臣が医療福祉関係費の年間2200億円抑制を外すと言ったことを受けて、それならそれでちゃんと文言に入れろと要求したところそこはできないなんて話になったそうです。新聞によれば、歳出改革重視派に配慮しながら厚労族議員に歩み寄る玉虫色の決着だそうです。口では今年は減額しないといいながら、文言には謳わないというちぐはぐ。尾辻さんが、こんな案は了承できないと蹴ったそうです。尾辻さんはいわゆる厚労族です、厚生大臣の経験がある人です。が、新聞もいつまでもこう言う構図で国民を誑かすのを止めねばならぬでしょう、本流主流対どこどこ族議員との対決構図。もう国民生活がこれだけ壊れているんです。医療はここまで壊れてしまっているんです。研修医制度と医療福祉費の削減こそがその元凶なのです、明らかなのです、なのに修正しない、先の誤った政策にしがみつく。それが議会政治だなんて原理原則をこういう時になると鼻膨らませて振り回す。どの大臣も力のないこと甚だしい。となれば首相がガツンとやってしまうしかないけれど、この人にももうそんな力がないかな・・だめかな・・トホホ。
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不可知

2009-06-22 08:05:51 | Weblog
鹿児島の知的障害者に対して公的補助が打ち切られたという報道です、毎日新聞は「障害者を守れないほどこの国は貧しいのでしょうか」と見出しを打ちます。大きく構えれば国家観に関わることです、福祉国家とは何かとか日本はどう向かおうとしているのか、経済用語を使えば志向するのは大きい政府なのか小さい政府なのか。麻生さんは高負担高福祉は選択しないなんて旨を発言していたように覚えてます。働かざるもの食うべからずという新自由主義を採るのか、相互扶助の護送船団形態に舵を切りなおすか(先日北欧三国の福祉政策の特集やってました、そこで驚いたのはここの住民達が働かざるもの食うべからずという観念を共有していることです。ちゃんと働いてちゃんと税金支払って初めて福祉を享受する権利を得るという意識。国によっかかる意識だけで運営される体制じゃないということです。ここは瞠目させられることでした)。より具体的に言えば、こっちを削るまえに削る無駄遣いがあるだろうに、の優先順の問題。福祉やら医療やらを削るだけ削る。あなたの病気はあなたの責任でしょうって。その通りだけれど、働けない人もいるわけです、そこを削ってくる。この問題は当地当県でもありまして、障害者や母子父子家庭への県からの医療援助を切ると決めて、あわててそれぞれの自治体が予算措置してカバーしました。削るところ他にあるだろう?あるんです当県は、国体予算。何年か先の40何年かぶりの開催に向けての予算。これで十分に賄えるんじゃないんでしょうか。なんてことです。鹿児島に限った話じゃありません。インフラストラクチャーに対する為政者の度量の問題です。一億総中流なんて時代がありましたね、そんな横並びを強要する社会は不公平だとか、護送船団方式は平等さを欠くなんて謂いで、市場競争至上主義、新自由主義が台頭してきた歴史ですが、でも中国四千年前の春秋時代にすでに鼓腹撃壌なんて大理想が掲げられているのです。ギスギスするは得策ではないですね。為政者にこそ意識改革が要るのでしょう。
 昨夜女房が借りてきた映画見ていたら、信仰とはありえないと思うことでも起こるかも知れぬと信じることだと神父が諭す場面があって、ハッと思うことでした。信仰、さらには宗教などと改めて構えられると数歩引いてしまう私なのですが、つまり胡乱さ胡散臭さをずっと感じているのですが、こう定義されるとすっと飲み込めます。キリストさんを信じるというのではなくお浄土がどうのこうのではなく、この世の中の不可知な部分を不可知なものとして認識する、存在を認めること、something great 日本語で言えば大なる力、大なる者の意思ですか、その存在を認めること、それが信仰だと。自然界の不思議は造形の妙なんて表現しますね、これです。ああ、そうなんだとと何だか合点がいきました。私は運命論者です、つまり抗えない何かを信じています、それを信仰を呼ぶのだとの定義です。宗教と表現するとかなり世俗のバイアスがかかりますからこの言葉は好みませんが、ああこういう考え方で繋がるのかと、妙に腑に落ちた思いがしました。キリストさんが、八百万の神々が不可知な者ではないのです、世の中の不思議を廻しているものがあるのだろうという考え、それを信じていることなのです。唯物論の対極なんでしょう。いかがです?そう考えると面白いことと思います。
 
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動機

2009-06-21 08:23:36 | Weblog
臓器移植法改定について何度か書きました。しつこいですがもう少し書きます。TVや新聞が指摘するように、要点は脳死者を一律死者と認めるとする「大」改定です。現行法は、移植を前提とする脳死者、つまり本人の前もっての臓器摘出の意思があり家族も認めた例、だけを特例として死体と認める、移植しない脳死者は死体ではないと明確に分けています。「明確」ではありますが、不自然なものです、まず移植ありきの苦し紛れです。まずは大人から、と子供を対象から外したのはやはり世論を意識したのでしょう。札幌医大の和田医師が殺人罪で起訴されて以来ぷつりと途絶えた歴史を転換する大英断でした。それだけ気を遣って法律整備したのですが、施行十有余年を経て未だ百例に遠く及ばない実績です。そういう実情もものかわ、子供の移植を許可せよ、法制化せよという流れ。何度も言いましたが、移植は医療の進歩なんかじゃありません、移植しか治療の方法がありませんなんて医者が嘯くからそちらへの需要を煽っているだけです。供給が全くの不十分なのはひとえに国柄、国民性、文化の違いの所為です。大人の供給でさえこの現況です、子供の臓器を差し上げましょうなんてことになりますか?いえ、結果を見越して反対するわけではないのですが、子供の場合は「本人の意思」の確認が容易ではありません、だから親の意思だけで十分と思うのですがしかしそこは人権屋が構えています、子供の権利宣言なんて代物もあるくらいです、たとえ親でも子供を自由にできない、子供の意思に反してはならないなんて馬鹿馬鹿しい考えを押しつけます、易きに流れるは世の常です世論がすっかり誘導されます、そういう現況に鑑み、親の承諾だけで子の臓器を採るなんてのは乱暴野蛮(親がいいといえばそれで終わりですがね、でもこれだけ虐待例が多く問題になると親に任せきるのもどうかなと、確かに子を守るという意味合いの留保は要るのでしょう)、でも幼児乳児の意思をどう掬い取るかなんてこれまた馬鹿馬鹿しい大問題が立ちふさがる、ええい面倒だ(と思ったかどうか知りませんが)、移植できなくて子を亡くした親達の訴えを受けて正義の味方になりたがった医者中山太郎があれこれの細かい条件を吹っ飛ばして一律死体とするなんてそれこそ十把ひとからげの乱暴な括りを持ち出した。理屈とトリモチはどこにでも付くし、理屈は後から貨車に乗ってやってくるのです、後講釈はどうにでもつけられます、もっともらしい理由は話半分に聞いたらいいのですが、この一気の端折りこそが問題。死生観なんて抽象論にすり替えて、思慮の足らぬ(知識も大きく足らぬ)国会議員達がごまかす、TV新聞のマスコミもごまかす、国民に本質が伝わらない。さらにマスコミが恣意に誘導しているのか、マジに間違えているのかわかりませんが、長年意識障害で自宅に伏せている例を大写しにして、看護している妻なり母親なりのコメントを流します、この子(人)は死んではいませんと。脳死症例と植物状態(遷延性意識障害)、さらには神経疾患で体の自由の利かない人を(きっとわざと)混同して垂れ流してます。この法案は脳死症例が対象です(当然です)。そして自宅療養できる脳死例などありえません。まさか自宅で療養している人から臓器を取り上げるなんてことではないですし、その人に死亡宣告するなんてバカではないのです。もうお前は死んでいるって、北斗の拳ではないんですから。脳死状態とはどういうものなのか、一番元の部分が明らかに理解されぬまま(議決している議員たちにもきっと周知されてないでしょう。あるいは中山太郎も実際の脳死症例を見たことないんじゃないんでしょうか)噂やら間違った勝手なイメージ(TV画像がまさにそうです)だけが一人歩きする。脳死状態とは極めて人工的に創出されている状態です、呼吸器を外せば必ず死亡します、死体に極めて近い状態、手を放すと(呼吸器等による濃厚な治療を止めると)必ず死亡する状態です。ですから脳死は人の死か?と問われれば私は肯ぜます。脳死状態の症例を多く経験してきた(医者のうちでも脳神経外科や救急医、麻酔医等限られた専門の者しか見たことすらないでしょう)者として頷きます。早晩死亡することは確かなことですから。でも、今回の中山案(A案)に拠れば、現場では脳死判定されれば治療が中止されるという事態になります。心臓が動いている、体は十分に温かい、なのに治療が中止されるとなりましょう(より現実的な話とすれば、脳死判定自体が手続きが煩雑ですので、臓器移植の意思のない例にわざわざ脳死宣告しないでしょうが)。ですから現行法はうまく抜け道を残していたのです、移植を前提とした場合とそうでない場合とを分けたのです。そしてもう一つ、移植を日本でできずに子を亡くした親達のあの熱意はどこからくるのかという訝りです。さぞや医者が煽ったのだろうと思い遣ることですが、摘出される側がいるということにはあまり重きを置いていない印象が強いです。医者の煽りとは、移植しか治療法がないです、心臓を入れ替えれば元気になれます、成人できますなんて大言壮語することを指します。残念ながらお子さんは長く生きられませんと言わないのです。日本で治療方法がないとわかっていながら言う。この罪は大きいです。若い夫婦なんですから、この子は懇ろに葬ってやってまた子を為せばいいじゃないですか。どうしてそう説明しないですかね、そう話しませんかね医者として。法案できたからいいだろうとはおそらくなりません、大人からの臓器摘出が十何年の間に百例ないのです、わが子可愛さは臓器欲しがる方も採られる方も同じでしょう。死んだ子の歳を数えるという戒めがあります。法案可決されたときに涙している姿を見ましたが、どういう動機に突き動かされているのだろうかと思うことでした。もちろんこれは私の感想です。私は子を亡くした経験はありません。が、この子の命を永らえる為にもう死んでいくしかないあなたの子の心臓を下さいという図に賛同しかねるのです。医者の責任が大きいのでしょうね。子を思う親の気持ちは誰も同じだろうと思うからです。子を亡くす悲しみの大きさは誰も同じでしょうから。
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