廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

Atlantic のステレオプレス

2020年01月26日 | jazz LP (Atlantic)

Phineas Newborn Jr. / Here Is Phineas  ( 米 Atlantic SD 1235 )


いつ、どの店舗に行っても、在庫が転がっているこのレコードのモノラルオリジナル。買ったはいいが、音の貧弱さにがっかりして大半の人がすぐに
手放すせいだ。アトランティックは内容の優れたタイトルが揃っている優良レーベルであるにも関わらず、マニアから褒められることがない。
モノラル盤信仰が蔓延るコレクターの世界でこのレーベルのモノラル盤の音の鮮度の無さやこもったサウンドの評価は極めて悪く、それがそのまま
作品の評価にすり替わってしまっている。まあ、これは致し方ない部分はある。

そこで以前シモキタで拾ったステレオの安レコを聴いてみると、これがモノラル盤よりも音の鮮度が高いことがわかる。ダイナミックレンジは明らかに
拡がり、ピアノの残響感も時代相応ながらもしっかりと再生される。そのおかげでフィニアスのピアノの際立ったタッチがリアルにわかるようになり、
彼がここでやりたかったことがヴィヴィッドに伝わってくる。

このアルバムは、おそらく元がステレオ録音だったのだと思う。ステレオの音場として不自然なところはなく、明らかにモノラル盤のサウンドのほうが
不自然であることがすぐにわかる。ということで、このアルバムに関してはステレオプレスで聴くのがいいと思う。

ただし、冴えない音のアトランテック・モノラル盤のすべてがステレオの方がいい、という結論ではない。それはあまりに短絡的で、正しくない。
こればかりは1枚1枚聴き比べてみて判断するしかない話なのだ。そして、仮にこのアルバムのようにステレオ盤の方に軍配が上がったとしても、
決して「高音質」ということではないことに注意が必要である。あくまでそれはモノラルと比べた場合の相対的な意味合いなのであって、それ自身が
客観的に見て「高音質」という意味では決してない。だから、レコードを買う時にはそういう文言に踊らされて高いものを掴まされることのないよう
気を付ける必要があると思う。

フィニアスのピアノの腕前は鉄の剛腕という感じで素晴らしいが、同時にここが好き嫌いの評価の分かれ目になる。このアルバムも安定感抜群の見事な
弾きっぷりだが、もっとタメてフレーズを歌わせてもよかったんじゃないかと思う。これだけ上手ければ如何ようにも弾けたはずで、そこがちょっと
もったいなかったなと思う。バド・パウエルの "Celia" を入れているあたりにパウエルへの憧憬の強さが感じられるが、あと1歩踏み込んでもよかった
んじゃないかと思う。


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ブロッサム・ディアリーの残した種

2020年01月25日 | Jazz LP (Vocal)

Les Blue Stars / S/T  ( 仏 Barclay 80076 )


ブロッサム・ディアリーが1952年に渡仏して、アニー・ロスやミシェル・ルグランの姉であるクリスチャンヌ・ルグランらと結成した男女混成コーラスが
このブルー・スターズで、一般的には "バードランドの子守唄" が収録されたアルバムが知られている。オリジナルは仏バークレーの10インチで、米国の
エマーシーから12インチで切られた方がよく見かけるが、このアルバムはアメリカではリリースされていない。収録された曲にジャズのスタンダードが
入っていないからかもしれないが、詳細はよくわからない。

男女混成の場合は1人の女性を中核にして男性のコーラスが厚みを持たせるのが普通だが、このグループのように両者の比重が対等なバランスで、という
のは、それが成功しているかどうかは別にして、珍しい。立ち上げたばかりのグループということもあってコーラスとしての完成度はまだまだだが、
後にダブル・シックスへと発展するこのグループの最初の姿が捉えられているのは貴重だ。

このレコードを聴いていると、コーラスの本場はやはりアメリカだったんだなと思う。アメリカのグループの取り組み方は本腰が入っており、完成度が
まったく違う。このブルー・スターズは仲間内でちょっと集まってみて、一斉にワーッと歌ってみました、という感じで、よく言えば手作り感がある。
ただフランスでは初の本格的なグループということだったのか、こうしてきちんとレコードが残っているのはよかった。

ブロッサム・ディアリーは程なくしてアメリカへ帰国するので、このグループとしては長続きしなかった。ただし、その意志を継いで次のグループへと
発展していることから、残されたメンバーにも手応えがあったに違いない。こうしてアメリカのジャズは欧州にその種を残していったのだ。


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謎めいた雰囲気の解決

2020年01月19日 | Jazz LP (Impuise!)

John Coltrane / Coltrane  ( 米 Impulse! A-21 )


不動のメンバーが揃っての最初のスタジオ録音として知られるこのアルバムは、それまでのアトランティック時代の焦点の散漫さを脱して、ようやく
カルテットとしてのサウンドの確立と内容の方向性が決まった、ある意味ではコルトレーンの何度目かの「デビュー作」と言っていい内容だ。
ここにはコルトレーン・カルテットの音楽のエッセンスが非常に分かりやすい形で凝縮されている。この後どんどんハードドライヴしていく音楽も
突き詰めて考えれば、このアルバムの相似形による拡大だったんじゃないかと思えるくらい、このアルバムには何か象徴的なものが漂っている。

冒頭の "Out Of This World" の、如何にもこのバンドらしいハードな演奏に注目が集まるのが常だけれど、彼らがいくつかのアルバムの中で時折
見せるミドルテンポで淀んだ感情を吐き出すような瞬間を表現する "Tunji" が私には「らしい」音楽に思える。激しいだけがインパルス時代の
スタイルでは当然なく、よく見ていくと複数の多面的な側面を見せていた中の1つのムードを見事に表現している。

そして、インパルス時代のもう1つの重要な要素である硬質な抒情感の頂点として、"Soul Eyes" の決定打が入っている。コルトレーンの例の3部作は
そのわかりやすさから賛否両論あるけれど私は好きな作品群で、そういう抒情性が見事に凝縮しているのがここに収められた "Soul Eyes"だ。
こんなにも厳しく深刻に歌心を吐露したバラードが他にあるだろうか。これがコルトレーンのすべてのバラード演奏の中での最高峰だと思う。

このアルバムは昔から謎めいた存在だと思っていたが、この秋に突如リリースされた "Blue World" を聴いて、その意味がわかったような気がした。
"Blue World" はこのアルバムで吐き出し切れずに澱のように沈殿して残っていた抒情感が創り上げた演奏だったように思う。この2枚には我々の
眼には映らない深いところで通底する何かがあって、硬質さと柔軟さのバランスがここでようやく取れたんだ、と私は思った。どちらか一方だけでは
常に何かが欠落しているという居心地の悪さを感じ続けることになるが、半世紀を超えてようやくこの "Coltrane" は解決したんだと思えた。


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影の主役が創り上げる傑作

2020年01月18日 | Jazz LP (Vocal)

Nat "King" Cole / Love Is The Thing  ( 米 Capitol W-824 )


このレコードの影の主役はゴードン・ジェンキンス。マイルスの "ポーギーとベス" がギル・エヴァンスであるように、それは主役と表裏一体となり
不可分の存在である。ナット・キング・コールの代表作と言われるこのアルバムも、ネルソン・リドルだったらこうはならなかったと思う。

このオーケストラはチェロやコントラバスが効果的に使われていて、それが他の弦楽器群の高音域との効果的なコントラストを産み出し、
重厚でいてシルクのような柔らかさを実現している。ナット・コールの歌はもちろん見事だが、それ以上にオーケストレーションに耳を奪われる。

決定的名唱である "スターダスト" の、天上から降り注ぐ無数の星屑を全身に浴びるような恍惚感もこのオーケストラであればこそ、である。
毎回書いているような気もするけれど、ヴォーカル作品はバックの演奏が重要である。ヴォーカリストの歌唱だけでアルバムが傑作になることは
決してないと思う。これはどちらかと言えば総合芸術の分野だ。

ナット・キング・コールの歌唱は概ねどのアルバムでも安定した歌唱を披露していて、ハズレはない。歌手としての最盛期を迎えていたのだろう。
そういう意味では、キャピトルのアルバムはどれを聴いても満足できる。平均点の高さだけで言えば、シナトラを超えているかもしれない。
裏を返せばそれは金太郎飴ということかもしれないけれど、聴く側の期待を決して裏切らないこの人の歌手としての神髄はここにある。
唯一無二のビロードのような声質は、やはりいつ聴いても素晴らしい。


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丁寧に歌った傑作

2020年01月13日 | Jazz LP (Vocal)

David Allen / A Sure Thing  ( 米 World Pacific WPM-408 )


David Allen、その後 David Allyn という綴りになるデヴィッド・アレンは意外に長いキャリアを誇る人で、1940年にジャック・ティーガーデンの
楽団で歌手として活動を始めている。それはちょうどフランク・シナトラがトミー・ドーシー楽団で歌い出した頃で、そう考えると驚いてしまうが、
本人はシナトラを意識するよりは、ビング・クロスビーから大きな影響を受けたと言っている。

第二次大戦時に北アフリカで従軍後、ボイド・レイバーン楽団で歌った後にソロで活動するが50年代中頃にはドラッグで2年服役するなど、
そのキャリアはなかなかうまくはいかなかったようだ。その後、ワールド・パシフィックから出た初リーダ作がこのアルバムになる。

ジョニー・マンデルがアレンジと指揮をしたこのアルバムは素晴らしい出来で、50年代に出された男性ヴォーカルアルバムの中でも出色の内容だ。
それまでの誰にも似ていない堂々たる歌いっぷりで、ジェローム・カーンの名曲群を珠玉の作品としてまとめ上げた。

"A Sure Thing"、"The Folks Who Live On The Hill"、"In Love In Vain"などが特に素晴らしく、これらの楽曲でこれ以上の名唱は他に
例がないだろうと思う。ビング・クロスビーよりもダンディーで、シナトラよりも男の色気があり、ナット・キング・コールよりも優れた解釈だと思う。
丁寧に歌っているところが何よりいい。

ただ残念なので、この後が続かなかったことだ。同レーベルから翌年に第2弾が出るが、これがまるで別人が歌っているかのような弛緩した内容で、
非常にガッカリさせられる。その後も数年間隔でポツリポツリとアルバムは出るが、結局、第1作を超えるものは作れなかった。なぜだかはわからない。

そういう事情も手伝って、このアルバムは余計に重みを感じることになる。1枚しかないと思うと、ことさら大事に聴くことになるからだ。
このアルバムも30年聴いているけれど、飽きない。


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クルーナーの草分け

2020年01月11日 | Jazz LP (Vocal)

Earl Coleman / A Song For You  ( 米 Xanadu 147 )


男性クルーナーの元祖はビリー・エクスタタインと言われることが多いけれど、クルーナーというのは本来は静かに歌うイメージで、ああいうド派手な
エンターテイナーに冠するのは少し違和感がある。そういう意味では、クルーナーの草分けはこのアール・コールマンの方だろうと思う。
40年代にアール・ハインズ楽団付き歌手としてSP録音したのを皮切りに、ダイヤル・レーベルなど、活動は地味ながらも徐々に拡がっていった。

ただ、男性ヴォーカルはショー・ビジネスの世界に身を置かない限りは地味な活動にならざるを得ず、それは彼も例外ではなかった。忘れた頃になって
ポツンと録音が残っている程度で、余程好きな人を除いて誰からもまともに認知されることはなくそのキャリアを終えている。

私はこの人がとても好きなのでその音源はSPも含めて主要なものは手許に置いているけど、その中で最も優れているのがこのアルバムだろうと思う。
アル・コーンのワンホーン、ハンク・ジョーンズのトリオをバックにした素晴らしいアルバムで、ジョニー・ハートマンがコルトレーンとやったアルバムを
彷彿とさせる。私が知る限りではアル・コーンの最高の演奏はこのアルバムでの演奏だし、ハンク・ジョーンズのピアノも最高の出来で、バックの4人の
演奏だけを聴いても凄いことになっている。

クルーナーの中では最も低い声で歌う歌手で帯域が広くないので向かない曲での歌唱には難があるけれど、うまくハマると他の歌手には出せない良さを
見せる。このアルバムでもタイトルになったレオン・ラッセルの名曲での歌唱は素晴らしい。ラッセル本人の歌よりもこちらのほうがずっといい。
そして間奏で見せるアル・コーンの演奏の深み。

アルバムの数が少ないのが残念だ。ヴォーカルの世界はいい歌手なのにアルバムが少ないという人が多い、なかなか難しい世界なのだと思う。





パーカーと共演した2曲は33回転で聴けるが、こちらのファッツ・ナヴァロらとの共演はこれでしか聴けないので、しかたなくSPで聴いている。
SPはとにかく面倒臭いので嫌いなんだけど。


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最近のプレスの優秀さ

2020年01月05日 | Jazz LP (復刻盤)

Bill Evans / Green Dolphin Street  ( EU WAXTIME 950675 )


昨年4月に180gカラーワックスとしてリリースされた最新のステレオプレスということで、どんな感じなのか興味があったのでAmazonで入手してみた。
結果から言うと、大変良好だと感じた。

A面のトリオは59年の録音で、ラ・ファロやモチアンと組む前の古い音源だが、音質がビクター盤と比べるとすっきりとしている。B面のズートが入った
62年録音もビクター盤よりも音質がクリアになっていて、音場感の空間の拡がりもより自然になっている。フィリー・ジョーのドラムの音でそれが
顕著にわかる。私は録音当時は未発表だったこのクインテットの演奏がとても好きなので、これは嬉しい驚きだった。

これを聴きながら、改めて最近のプレスは非常に優秀だと思った。音質が非常にナチュラルなのだ。そして何より演奏者の音が何のバイアスもなく、
まっすぐにこちらに飛んでくる。エヴァンスの音は紛れもなくあのピアノの音で、本当にエヴァンスらしい音で鳴っている。これは音楽を聴く上では
非常に大事なことだと思う。リヴァーサイドのオリジナル盤で聴くエヴァンスの音色がそのまま鳴っている。

プレスの品質も良く、とにかくノイズがまったく出ない。従前のレコードは溝を擦る物理的な音が多かれ少なかれあったけれど、イマドキのレコードは
溝と針先がまるでぴったりとフィットしているかのように、何のノイズも出ないのだ。無音部分は本当に無音で、ノイズがイヤならCDを聴け、とよく
言っていた話も今は遠い昔話に思える。

ステレオ感が特に際立っているということはないけれど、これも極めて自然な感じで、人為的な匂いはない。サウンド面で引っ掛かるところがないので、
音楽のみに集中できる。これがなによりだと思う。

オリジナル盤にのめり込むきっかけは音質の問題が第一だったわけだけれど、こういうプレスを聴いているとだんだんオリジナル、オリジナルと騒ぐ
感覚が後退していくのを感じる。目に見えない、目立たないところで少しずつ物事が変わってきていることを感じるのは私だけなんだろうか。


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廃盤専門店の想い出 ~ Last Chance Record 編

2020年01月04日 | 廃盤レコード店

The Modernaires / Juke Box Saturday Night  ( 米 Harmony HL 7023 )


Harmonyレーベルはコロンビアの傍系廉価レーベルで、基本的にはコロンビアの古い音源を大衆向けに再編集して安い値段でレコードを提供していた。
その際にリマスターしていたようで、オリジナル音源よりも遥かに高音質で聴けて、尚且つ安く買える。これも300円だった。昔よく聴いたレコードで、
懐かしいなあ、と思いながら聴いている時に当時の記憶がぼんやりと蘇ってきた。


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私が20代後半だった頃(つまり、30年くらい前)、井の頭線の池ノ上駅近くに Last Chance Record という廃盤専門店があった。改札を出て線路を
渡って、商店街を3分ほど歩いた先にその店はあった。外観はレコード屋という感じではなく、普通の雑居ビルの1Fをちょっと間借りしてます、
という風情だった。

中に入ると、店内の右半分はクラシックの中古、左半分はジャズやソウルの中古が置かれていた。一応、レコード棚は並んでいたけど、店の内装自体は
コンクリートが打ちっぱなしのままで、かりそめに店をやってます、という感じだった。当時、クラシックとジャズの組み合わせの店は珍しく、
初めて訪れた時は驚いたものだ。レジ・カウンターの背面にはバリリQtのウェストミンスター盤が飾ってあったりした。

店員は若い感じで、ロックの店みたいな感じだった。並んでいるレコードも他店のように丁寧にパッケージされているわけでもなく、傷んだビニールに
無造作に入れられていた。如何にも海外のレコードフェアで箱ごと買付けて来ました、という感じで、そういう何もかもが海外の中古レコード屋の
雰囲気を醸し出していた。

そういう日本の感覚からは大きく逸脱した雰囲気が私は大好きだった。値段も概ねリーズナブルだったと記憶している。当時の正統派の廃盤店、つまり
ヴィンテージ・マインやコレクターズ、トニーのような老舗店へのアンチ・テーゼとして、店が始められたような感じだった。そこには暗黙の反骨精神が
感じられた。そういうところも私は好きだった。

まだ自由に使える小遣いも少なかった若輩者としては、ここはありがたい店だった。ブルーノートの4000番台のレコード、ジョー・ヘンやハバードや
ハッチャーソンなんかのレコードは大体5~6千円で転がっていたし、定番の名盤からちょっと珍しい稀少盤なんかもたまに出たりして、行くたびに
おっ!といううれしい驚きを感じることができた。壁に掛かっている高額盤もあったが、大体ほどほどの値段だったように思う。

ヴォーカル物も充実していて、上記のモダネアーズもここで拾った。確か、1,500円くらいだったと思う。高額盤ばかりを執拗に売ろうとする感じは
なく、できるだけ幅広く在庫を仕入れていたようで、とにかく掘ることが楽しい店だった。給料日には定時退社し、よく立ち寄ったものだ。

ただ、さほど長くは営業しなかったように思う。数年後のある雨の日、久し振りに店に行くとシャッターが閉まったままになっていて、それ以来、
シャッターが上がることはなかった。それは寂しい風景だった。

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下北沢周辺は今も昔も若者が独自の感覚で店をやる雰囲気が続いていて、私は好きな街だ。飲食店にしてもファッションの店にしても、ふらりと
入ると色々面白い。新しい店舗が開店し、一方でひっそりと閉店するものもある。その回転率は結構早いみたいだけど、そういうことも含めて
ブラブラと散歩するのは楽しい。それは中古レコード屋も同じで、かなりコアでマニアックな店が現れては消え、を繰り返している。

この街の移り変わる季節の中で、Last Chance Record に通うことができたのは幸せなことだったと思う。もし、自分が中古レコード屋をやるなら、
この店のような感じにしたいなあ、と思うのだ。そういう中古レコード屋だった。


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マイルス・デイヴィス 私的ベスト3

2020年01月03日 | Jazz LP (Prestige)

Miles Davis / Miles  ( 米 Prestige PRLP 7014 )



3番目に好きなマイルスのレコードは、この "小川のマイルス"。プレスティッジにはもう1枚好きな "And The Modern Jazz Giants" があって、
こちらは同率3位。このあたりまでは明確に順位付けできるが、これら以外はみなどんぐりの背比べで、順位付けは難しくなる。

コルトレーン、ガーランド、フィリー・ジョー、チェンバースというおそらくは歴史上初めてと言っていいかもしれない固定メンバーによるジャズバンド
が作ったアルバム。まあ、実際はこの1ヵ月前に内密にコロンビアのスタジオで "'Round About Midnight" の一部を収録しているので、レコーディング自体
これが初めてというわけではない。1955年11月16日に録音されている。

レギュラー・クインテットとして始動まもない時期ということもあり、演奏は手堅く纏まったものとなっていて、全員背筋がピンと伸びた感じだ。
自由なプレイよりも音楽的な纏まりや体裁の良さが重視されている。そこがいい。プレスティッジのこれまでの演奏はラフで、出来不出来の波が
目立っていたが、ここではグループとしてのスタイルやコンセプトが急速なスピードで出来つつあり、その様子が手に取るようにわかる。

ジャズらしいダイナミクスやざらっとした感じはなく、こじんまりと纏まっているところからあまり評価されていないようだけど、この清潔感というか
バランス感が私には好ましい。中でも、"Stablemates" の折り目正しいダンディズムに溢れた演奏が好きだ。抑制されたテーマ部の処理がカッコいい。
この頃のマイルスの影のブレーンはギル・エヴァンスだったから、これも彼のアレンジなのかもしれない。

ヴァン・ゲルダーの録音も良好で、マイルスのミュートの音が濡れている。どの楽器の音もしっかりと立っており、見事な音場感で再生される。
冒頭の "Just Squeeze Me" のマイルスのミュート音の生々しさはプレスティッジ随一かもしれない。

パーカーのバンドで騒々しくけたたましい音楽の渦中にいたマイルスが自己のバンドで描いたのがこういう静謐で澄みきった世界だったというのは
意外だ。でも、このアルバムは本当はナイーヴだったマイルス・デイヴィスの内的世界が端的に表現された貴重なアルバムだと思う。

取り敢えず順位付けでマイルスのアルバムを見てきたが、本当は順位なんてものには意味はない。それは何かを語る際のただの便宜的なツールであり、
自分の中での愛着の度合いというか敬意の度合いの高いものを並べたものでしかない。そうでもしない限り、この多彩な世界を語るのは難しいのだ。


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マイルス・デイヴィス 私的ベスト2

2020年01月02日 | Jazz LP (Columbia)

Miles Davis / Sorcerer  ( 米 Columbia CL 2732 )


2番目に好きなマイルス・デイヴィスのアルバムは、この "Sorcerer"。 第二期黄金クインテットの中ではこれが最高だと思うし、アコースティック・
マイルスの最後の傑作だと思う。"Miles Smiles" も "Nefertiti" もいいんだけれど、このアルバムにはある種の風格が漂っていて、そこに殺られる。

冒頭の "Price Of Darkness" でいきなり頂点の演奏を見せる。このグループの演奏の中核はトニー・ウィリアムスだけど、彼の煽情的なドラムが
炸裂する。当時のマイルス・クインテットのライヴ映像を見ると、トニーのドラム・セットのシンプルさに衝撃を受ける。あんなに少ない構成でこんな
プレイをしていたというのが未だに信じられない。彼ならスネアとハイハットだけで人を戦場へと送り出すことができるんじゃないか、という気がする。

ガーランドやコルトレーンを手放し、この新しいグループを作るまで、マイルスは妥協することなく非常に時間をかけた。自分の目指す音楽を実現できる
メンバーが揃うまで、本当に辛抱強く待った。ハービーなんてマイルスのバンドに入る前は全然目立たない存在だったのに、一体どうやって彼の資質を
見抜いたんだろう、というのが不思議でならない。それでもこのメンツが揃い、こういう音楽が残ったのだから、凄いとしか言いようがない。

マイルスは個人にできることは限界がある、ということをよく知っていたのだと思う。メンバーを信じて作曲や演奏の多くを任せ、グループとして
音楽を作っていったからこそ、こういう作品群が残ったわけだ。メンバーに恵まれたということはあるにしても、人選をしたのは本人なんだから、
そこから既に彼の音楽作りは始まっていたということになる。

コードによる安定感や一定のリズムキープという枠を捨てて演奏されるこのバンドの心地よさは筆舌に尽くし難い。それが決して無軌道でもなく、
粗野にもならず、洗練の極致として聴けるのだから、音楽のバランスや秩序は元々もっと違う所にあったのだとしか思えない。メロディー、リズム、
ハーモニーという音楽を構成する3要素という定説は間違っているのではないか、ということを唯一このバンドだけが証明していたような気がする。
音楽の正体を解明しようとしてきたシェーンベルグ以降のクラシックの近代楽派や欧州のフリ-ジャズ演奏家たち、欧米のプログレなどを聴いても
どこか腑に落ちない不納得感からは逃れられないのに、マイルスのこのアルバムはいともたやすく何かを提示しているような気がしてならない。

アコースティック・ジャズとしてできることはもうこれ以上は無い、ということで次の段階へ行ったのは当然だったと思う。マイルスにそう思わせた
4人の若者たちには何の罪もないけれど、もっとこのジャズを聴きたかったという恨み節をいつまでたっても捨てることができないのも事実である。
どの時期の演奏も良くて優劣の差なんてないけれど、やはりこの時期の演奏は格別なものがある。


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マイルス・デイヴィス 私的ベスト1

2020年01月01日 | Jazz LP (Columbia)

Miles Davis / Porgy And Bess  ( 米 Columbia CL 1274 )


新年の縁起物は毎年マイルス・デイヴィスということになっているので、今年もやる。

私が最も好きなマイルスのアルバムは、この "Porgy And Bess"。好きなものベスト〇〇というのは大抵の場合はその時の気分で変動するものだけど、
これに限っては不動の1位である。

このアルバム全体を貫いて流れる暗く不気味なモードの雰囲気がたまらない。原曲のスコアがあるので完全なコードレスというわけにはいかないが、
それでもギル・エヴァンスはこの作品のカラーを完全に塗り替えることに成功しており、まったく新しい音楽を提示した。中でも最も秀逸な事例は
"Summertime" で、これは凄いアレンジである。マイルスが取るリードの背景で重奏の似て非なる旋律が併走しながら絡み合って溶け合っていく様が
恐ろしい。

オーケストレーションというにはあまりに旋律的で、第2のリードパートのような背景が深みを持ってじわじわと拡がっていく。マイルスのラッパが
全編に渡ってとてもよく歌っており、彼が誰よりも歌を聴かせることができるトランペッターだということを証明している。テナーサックスが1人も
いない重奏の音色がとても新鮮で、ありふれたジャズのサウンドとは根本的に違っているのがいい。

元々は土着的で蒸し暑い夏の夜を想起させる内容だが、ここではグッと都会的に洗練されながらも抽象的なテクスチュアーがうっすらと施された
後にも先にも聴いたことがないような音楽へと変容していて、単なるジャズの1アルバムというレベルでは片付かない話になっている。
それでいて1度聴くと、その手触りや質感は忘れようがないほどクッキリと心に残る。学生時代に初めてこのアルバムを聴いた時、事前にイメージ
していた雰囲気とはまったくかけ離れた内容に非常に戸惑ったけれど、その時に残った印象は好き嫌いを超えてあまりに強烈だった。
私にとって、このアルバムがもたらすインパクトは "Kind Of Blue" のようなわかりやすい異質性などとは比較にならないほど大きかった。

以来、このアルバムが最も好きで、現在に至っている。高級ブランドの広告写真のようなジャケットのアートワークも素晴らしい。
すべてのジャズアルバムの中でこのジャケットが1番好きだ。







うちにはこのアルバムが2枚ある。好きなアルバムだからということもあるが、もう1枚は Side B が手書きマトリクスだからだ。
コロンビアのような量産プレスのレコードに手書きマトリクスがあるなんて知らなかったので、これを見た時は非常に驚いた。

気になる音質だが、通常の機械打ちよりも残響に深みがあるような気がする。最初の写真のものはコレクターが喜ぶプロモ盤だが、それよりも
音場感にグッと深みがあるように聴こえる。レコードの音の良し悪しはスタンパーの問題もあるが、それ以前に塩化ビニールの素材に原型を
何秒間押し当てたかというプレス時間に依存する。ラジオ局や販促用・評論家向けに配布されたいわゆるプロモ盤が音がいいと言われるのは、
それらのレコードが通常のレギュラー盤よりもプレス時間が長めに製造されているからだ。レコード会社はレコードをたくさん売るために
できるだけいい音で聴いてもらえるよう、意図的にそういう特殊なプレスをして関係先に配布した。これは実際に製造工場でレコードを作って
いた人から間接的に人を通して聴いた話なので、どうやら本当のことらしい。ただ、私の経験上、プロモ盤だからどれもがレギュラー盤よりも
音がいい、という話は嘘だと思う。聴き比べても、何も違いがないタイトルはたくさんあった。

上記の2枚については気のせいかもしれないけれど、感覚的にはそう思えるのだから、手書きマトリクス盤が手許に残っている。
ちなみにこれを買ったのはDU 新宿ジャズ館で、値段は2,160円。値札には特段何もコメントはなかった。

やっかいなことがもう1つ。 "Kind Of Blue" のモノラルプレスにも Side A に手書きマトリクスが入った盤がある、ということだ。
私は実際に見たことがないが、どういう音がするのかちょっと興味がある。


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