廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

リー・コニッツ最高傑作の1つ

2020年06月14日 | Jazz LP (OWL)

Lee Konitz, Michel Petrucciani / Toot Sweet  ( 仏 OWL 028 )


コニッツは当然フランスでもレコードを作っている。当時の欧州で最高のピアニストの1人だったペトルチアーニとデュオを残すことができたのは
我々愛好家にとって僥倖の極みだった。そして、それがOWLレーベルだったことも。

フランスのOWLレーベルはECMとはまた違ったテイストの高音質を誇るレーベルだ。ECMは透明度を追求し、音の粒度の細かさと精緻さを上げる
ことを至上命題とするような音質だが、OWLはややふっくらとした深い残響をもたらして楽器の音楽性を極限まで押し上げるような音響だ。
だから、OWLのレコードで聴く音楽はそのアーティストの他の作品のものとは感動の質が違う。欧州の人々は大きな劇場やホールで音楽を聴く
文化の中で生きているから、いい音質を目指すとなった場合の考え方が他の地域の国々とは根本的に発想が違う。

そういう深い残響の森の中で、コニッツとペトルチアーニが静かに音を重ね合う、究極のバラードアルバムが出来上がっている。ペトルチアーニの
ピアノは本当に美しく、ジャズというよりはクラシックの響きへと傾倒している。この人の凄さは、バラードの中に甘ったるい情感がなく、
キレの良さとビターな後味の大人の感情でしっかりと弾き切るところだ。一部の隙もない、この意識の高さと集中力の維持が圧倒的に素晴らしい。

そして、コニッツは何十年も積み上げてきたバラード演奏の総決算的な仕上がりをみせる。長尺な楽曲にあっても、滾々と湧き上がり、尽きること
のない泉の清水のようにフレーズが出てきて、この演奏はこのまま永久に終わることがないんじゃないか、と思ってしまうくらいだ。
スタンダードの原メロディーが出てこないいつものアプローチながら、コード感を大事にした演奏なので、何の曲を吹いているかが常に聴き手に
わかる。すべてがインプロヴィゼーションだが、フレーズは柔らかく、とてもやさしい表情をしている。そして、アルトの響きが深く、美しい。

ゲッツとバロンの "People Time" を自然に思い出すのは、私だけではないだろう。そして、こちらはもっと静かな音楽だ。40年代から活動して、
現代まで生き残ることができた巨匠たちは、みんなこういう境地に達するんだな、と思う。音楽が音楽としてのバランスを保ちながら、演奏家の
情感がすべて映されている、コニッツの最高傑作の1つ。聴けばわかる。


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聴き続けることの意味

2018年10月28日 | Jazz LP (OWL)

Michel Petrucciani / Cold Blues  ( 仏 OWL Records OWL 042 )


この美しい音で彩られた音楽の素晴らしさを一体どう説明すればいいのかがわからず、既に1ヵ月以上が過ぎようとしている。 ただ音が美しい
というだけではないし、何よりその美音が最終的に音楽としての素晴らしさに結実していることを語れなければ意味を為さないではないか。
 
美しい音というのは既にそれだけで完結してしまっているかのように思いがちだが、この音楽を聴いているとそれは少し違っていて、その美しさは
なぜ美しいのか、というよりなぜそうまで美しくあらねばならないのか、という風に意味論から存在論へと疑問が質的転換を起こし始める。 
美しい音が鳴らせるから素晴らしい音楽が出来上がったのではなく、この音楽を成立させるためにその音は美しくなっていった、若しくは
かくも美しくならざるを得なかった、というように。 音と音楽の関係性を根本から問い直す必要に迫られている。

ペトルチアーニの最高傑作は "赤ペト" だと思っていたが、その認識も今では揺らぎ始めている。 冒頭の "Beautidul, But Why?" が流れ始めると、
"赤ペト" の記憶はこちらに取って代わって上書きされる。 どんなに素晴らしいと思っていたものにも、更に上をいく感動があり、自身の音楽体験
というものは常に更新され続けていくのだと思う。 私たちが何千、何万ものレコードやCDを聴いていても、それでもなお未知なる音盤を聴こうと
するのは、そういう記憶の更新、新たな感動の途切れることのない継続を求めているからに他ならない。 
一体どれだけレコードを買えば気が済むの? とあきれ顔で問われても、臆することは何もないのだ。 
このレコードを聴いて、改めてそう思った。

仏OWLの録音は素晴らしい。 ペトルチアーニとこのレーベルの組み合わせは、キースとECMの組み合わせにも負けていない。 

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寒いパリの空気の中で

2016年10月15日 | Jazz LP (OWL)

Gil Evans, Steve Lacy / Paris Blues  ( 仏 OWL 049 )


当時フランスに住んでいたスティーヴ・レイシーがギル・エヴァンスを招いて録音が実現した素晴らしい作品で、ギルの最後のスタジオ録音となった。
ジャズという音楽は時代や年代に翻弄されて目まぐるしく変容していったけれど、ここにいる2人の巨匠はそういう時の移ろいに自己を流されること
はなかった。彼らは寒い季節のある2日間をフランスのスタジオで過ごし、ミンガスやエリントンの古い曲を静かに静かに演奏した。 

ミンガスの曲が多いのはギルの意向を受けてのものだったが、冒頭の " Reincarnation of a Lovebird " から漂う寂寥感が初冬の冷たい空気の中で
人々の口から洩れる白い息のように儚い。 深い群青色に沈むエリントンの "Paris Blues" は、レイシーがパリの街で過ごす日々の中で自分の中に
降り積もっていく澱のようなものを表現するために選ばれた曲だ。 単なるブルースには終わらない、心地好い浮遊感の中に揺れている。

そうやって、彼らは自分たちの内に感じる様々な想いを取り出すために曲を吟味し、どう演奏に取り組むかを語り合い、ギルがアレンジを譜面に
起こす。彼のピアノ演奏がこんなにも生々しくたくさん愉しめる作品はおそらくこれだけではではないだろうか。 レイシーのソプラノも静かに
抑制されて、音もキラキラと輝いている。 

静かに物悲しく、穏やかに透き通った至高の音楽になっている。 誰にも邪魔されない時間に、1人静かに聴き入りたい。


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ようやく邂逅できた。 1年くらい探しただろうか。 これはCDの音が悪くて、何とかしてレコードで聴きたかった。 80年代後半の成熟した
アナログ技術が堪能できる素晴らしい録音で、これはどうしてもレコードで聴かなければならない。 安いレコードなのに、この時期のアナログ
原盤は難しい。でも、これは待った甲斐があった。 東京にももうすぐやって来るであろう冬が待ち遠しい、そんな気分になる。


コメント (4)
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