廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ウクライナの作曲家 レインゴリト・グリエール

2022年02月28日 | Classical

Bolishoi Theatre Quartet / Reinhold Moritzevich Gliere String Quartet No.1, 2  ( 露 Melodiya M10-39653 )


ウクライナはリトアニア、ベラルーシと共に地理的にはロシアと東欧の間にあり、元々立ち位置としては微妙なところにあるせいで、
昔から正反対の価値観の狭間で揺れ動く定めにあった。こういう所で生きていくのは本当に大変だろうと思う。先週からこの週末にかけて
ロシアのウクライナ侵攻のニュースを見聞きしているせいで、この地域とジャズという音楽が結びつかず、レコードを聴く気分になれない。

TVニュースに出てくる専門家やネットに記事をまき散らす識者らの解説にどれだけ触れてもことの真相はまったくわからないし、
プーチンの気持ちもまったく理解できない。核とか第3次大戦という言葉を不用意に使う無神経さが不快だし、長い歴史の時間の中での
いざこざの結果としての出来事である以上、昨日今日の付け焼き刃的知識でどうにかなるような話でもないことから自身の無力さを
身に染みて感じて、出かけても気分は一向に晴れない。

ただ、それでもウクライナという国のことを理解しようと思い、この国と音楽はどういう関係なのかと調べてみると、グリエールが
ウクライナの出身だということが遅まきながらわかった。グリエールなら持っているはず、とメロディアのレコード群を探してみると
1枚出てきたので、この週末はウクライナのことを考えながらこればかり聴いていた。

ボリショイ劇場弦楽四重奏団が演奏する弦楽四重奏曲の第1番と2番。グリエールは室内楽もたくさん手掛けたが、実際にそれらを聴ける
レコードは少なく、これは貴重な記録である。グリエールは他の作曲家たちとは違って国外へ逃げることを良しとせず、ロシア革命の時代を
生き抜いた人だからその音楽遍歴は一筋縄ではいかないけれど、残した弦楽四重奏曲はベートーヴェンやロマン派の影響を強く受けた内容で
聴き易い。ボリショイ劇場管弦楽団のメンバーで結成されたこのカルテットもレコードが多くなく、こうして聴けること自体が貴重だ。
そういう奇跡的邂逅としての記録が残っていること自体が驚きだし、国営レーベルであるメロディアがグリエールのレコードを作っていた
ことを考えると、現在のこの状況がより嘆かわしく感じられてくる。



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ギターを堪能したい時に

2022年02月20日 | Jazz LP

Mike Elliott / Atrio  ( 米 ASI 5003 )


シカゴ生まれのジャズ・ギタリストで、ミネアポリスのローカル・レーベルに数枚のリーダー作を残していることしかわからない、
無数の無名ミュージシャンの中の一人で、これは彼のファースト・リーダー作のようだ。

1974年リリースということで、古い4ビートに縛られることのない、この時代の空気に沿った音楽が展開されるが、ギター、ベース、ドラムス
という好ましいフォーマットで、しっかりとジャズの雰囲気が感じられる。70年代のジャズがそれまでのジャズと違う雰囲気になるのは
ひとえにドラムスの演奏の仕方が変わることに拠るところが大きい。ここでもいわゆる4ビートは登場しない。

エリオットのギターはびっくりするほど上手いというわけではないが技術的にはしっかりとしていて、聴き応えがある。
数曲のスタンダードで聴かせるヴォイシングも上手く、音楽的にも不満はない。

ガッツリとギターを堪能したい時にはうってつけのアルバムだ。高名なギタリストのアルバムにはこういう弾きまくっている演奏が
あまりないので、そういう時のカタルシスになる。ギターという楽器はボディーが小さいので元々音が小さいし、構造的にも音の表情付けが
難しいので、延々と弾いていると単調になりがち。だから巨匠たち抑制されたプレイで陰影感が出すが、若い演奏家のデビュー作らしく
そんなことはお構いなしでガンガン弾いている。このアルバムはそこが気持ち良くて、とてもいい。


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彼女はおそらく誤解されている

2022年02月13日 | Jazz LP

Joanne Brackeen / New True Illusion  ( 蘭 Timeless SJP 103 )


ジョアン・ブラッキーンと言えば、スタン・ゲッツのバンドで無骨にガンガン鳴らしていた人、というイメージが一般的ではないかと思う。
私もかつてはそう思っていたし、「アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズに参加した唯一の女性ピアニスト」という現代では
間違いなく問題になるであろう紹介のされ方をするのがお決まりで、とにかく男勝りというイメージだろうが、これは明らかに誤解である。
ろくに聴きもしない上に、更に前時代的な冠を付けるもんだから、一向にそのイメージは回復しない。

1938年生まれだからチック・コリアの3歳年上だが、そういう世代の人で、プロとして活動を始めたのがハード・バップがピークを越えた頃だから、
そういうものが身体に染み付いていない次世代のピアニストだ。そのピアノは一聴すればわかる通り、チック・コリアの影響が濃厚だ。
打鍵がしっかりしていてピアノがよく鳴っていて、基礎がしっかりとしていることがよくわかる。ただ、やみくもに弾くようなことはなく、
優雅にレガートするところはするし、可憐な音でわかりやすい旋律を歌わせることもできる。

このアルバムはベースとのデュオということもあり、彼女のそういう本来的な姿がヴィヴィッドに捉えられている。マッコイの "Search For Pease"
なんて、まるでECMの耽美派ピアニストたちの演奏を大きく先取りしたような感じで驚かされるし、"My Romance" で聴かれる彼女のピアノは
ビル・エヴァンスのよう。ベースのクリント・ヒューストンもそうだが、この演奏ではエヴァンス・トリオの演奏の物真似をしようという魂胆が
あったんじゃないだろうか。そう思わせる演奏になっている。

しかし、何と言っても冒頭の "Steps - What Was" が本作の白眉で、チック顔負けの演奏を聴かせるのが圧巻。彼への敬愛の念がほとばしる
見事な演奏で、以降、全編彼女の美しいピアノの音色にガツンとやられる傑作となっている。チックの "Now He Sings~" が好きな人には、
このアルバムは非常な好意をもって迎えられるだろう。


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キュビズム採用の意味を探ると

2022年02月11日 | Jazz LP

Jimmy Rowles Trio / Rare - But Well Done  ( 米 Liberty LRP 3003 )


ビリー・ホリデイやペギー・リー、サラ、エラ、カーメンらの歌伴としての活動やゲッツ、ズートらのバックの演奏で名を上げた人だが、
並行して自己名義のアルバムもそこそこ残している。その割にはジャズ・ピアニストとしての名声はさほど高くなく、"シブい人" の代表格
として扱われるのがお決まりになっているが、それはなぜだろうか。

ワレがオレが、という姿勢がなく、終始穏やかな作風だったし、3大レーベルやメジャー・レーベルにも作品が残っていないことなどが
主たる原因なんだろうけど、ただそれだけのせいということでもなさそうである。結構捻りの効いた作品が多い中、50年代に残した
このアルバムがピアノ・トリオとして最もストレートな作風だけど、これを聴くとなぜ彼が "シブい人" なのかが垣間見えるような気がする。

歌伴のスペシャリストらしく、知られざる佳曲で固めたハイブラウなリスト内容を非常にデリケートなタッチで仕上げている。
レッド・ミッチェルとアート・マーディガンの手堅いバックアップも見事で、トリオとしての纏まりは完璧だと思える。
そんな中、彼の弾く旋律を追い駆けていくと、ある特徴に気が付く。楽曲のオリジナル旋律は一くさりだけサラっと弾いて、
あとはアドリブというか、まったく別の旋律が洪水のごとく流れ出すのである。それはさながら別の曲を弾き始めたかのようで、
例えばこれはガーシュウィンの "Lady, Be Good" のはずなのに、まったくそうは聴こえない。ここにギャップ感というか、
まったく別の処へと連れて行かれて途方に暮れてしまうような気持ちにさせられるのである。話をしているんだけど、本当に語りたいことは
全然別のところにあるんだよと言わんばかりで、聴いている方はどこか煙に巻かれたように戸惑うことになる。

意図的にそうしているのか元々の気質なのかはわからないけど、これが音楽にある種の抽象性を帯びさせている。
多かれ少なかれ、ジャズというのはそういうタイプの音楽であることは承知してはいるけれど、観劇の最中、いつの間にか違うストーリーが
あくまでも自然に展開されてしまっていて、あれ、自分は何を観せられているんだろう?と軽い混乱に陥らされる。
この不思議さが彼の音楽の印象を決定付けている。平易な内容にもかかわらず、そこには緩やかな抽象性の世界が拡がっている。

そう考えると、このアルバム・ジャケットに描かれたキュビズムの絵画の意味も理解できるのである。ポピュラーな音楽なのに、
なぜこんな奇妙な図柄が採用されたのか初めはよくわからなかったが、レコードから流れてくる音楽をよくよく聴いていくと、
当時の人も同様の感想を持ったからだったのではないだろうか、と思わざるを得ない。これはベーシストのハリー・ババシンが
プロデュースしたアルバムだが、どこか謎かけが施されたかのような印象が残り、ポピュラリティーを獲得するには至らなかった。

90年代にスペインのフレッシュ・サウンズが "Jazz In Hollywood Series" と題して、ルー・レヴィなんかと一緒に別ジャケットに仕立てて
再発した。この時のジャケットも悪くはないけれど、元々あった不可思議さはどこかへ消えてしまい、別の印象を与える別レコードとなった。


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Walk On By

2022年02月06日 | Jazz LP (Vocal)

Diana Krall / Quiet Nights  (E.U Verve 0602517981256 )


ダイアナ・クラールのアルバムはどれも素晴らしいが、昔から好きな "Walk On By" が入っているこのアルバムは特に偏愛している。

バカラックが書いたこの曲は世界中の人から長年愛される名曲で、ディオンヌ・ワーウィックが歌ってヒットした。バカラック・メロディーの
特徴が凝縮されていて、サビのメロディーに入るところの飛翔の仕方とか劇的な転調の使い方が如何にもバカラック的だ。
モーツァルトやポール・マッカートニー、ブライアン・ウィルソンなど、ごく限られた人だけに与えられたこのメロディーを創れる才能の中でも
バカラックのものが一番顕著でわかりやすい。

艶のあるデリケートで控えめなオーケストレーションを背景に、ゆったりとしたボサノヴァとして歌われるこの歌唱は素晴らしく、
多くの歌手が歌ってきたものの中でも筆頭の出来。抑制することで感情の爆発を表現するという二律背反を見事にやってのけている。

エルヴィス・コステロとの結婚を契機に彼の影響を大きく受けて音楽的にも一皮剥けたところがあり、その成果がここにもはっきりと出ている。
いい音楽を取り入れることに迷いがなくなり、それがやがては "Wallflower" へと繋がっていくことになる。

このアルバムのライヴ編として、2008年にリオ・デ・ジャネイロで行われたライヴ映像がDVD/Blu-rayで出ているが、こちらも圧巻の出来。
中でも、"Walk On By" の歌唱はスタジオ盤よりも更に深みがあり素晴らしい。

https://www.youtube.com/watch?v=yCwc-5YTBb0


偏愛する曲なのでいろんなヴァージョンを聴くけど、ストラングラーズの演奏も異色ながらも素晴らしい。名曲にジャンルは関係ないのである。

https://www.youtube.com/watch?v=jqfqVDHNW6c


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