廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ビ・バップの後継者としての正当性

2023年11月19日 | Jazz LP (Prestige)

George Wallington Quintet with Phil Woods, Donald Byrd / Jazz For The Carriage Trade  ( 米 Prestige Records PRLP 7032 )


当時の新進気鋭だった若い管楽器奏者を迎えて自己名義のグループとして録音したこの演奏は、メンバーが白人優勢だったこともあり、
とてもすっきりとした清潔感のあるハードバップに仕上がっている。非常に素直で気持ちのいい演奏で、若者の純粋さを強く感じる。
この時のバンドのレギュラードラマーは白人のジュニア・ブラッドレイだったが、レコーディング時は不在だったため代わりにアート・
テイラーが参加したが、この代打起用は功を奏していて、ドラムの演奏が非常にしっかりとしているおかげで演奏全体が堅牢だ。

ウォーリントンのピアノが真水のようにクセがないおかげで、ウッズのアルトとバードのトランペットが前面に大きく出ていて、
管楽器ジャズの愉楽をたっぷりと味わうことができる。ドナルド・バードは既に自分のスタイルを確立しており、如何にも彼らしい
なめらかなフレーズで全体を覆うし、フィル・ウッズは "Woodlore" を思わせる快演を聴かせる。"What's New" での深い情感には
身震いさせられる。

ウォーリントンは良くも悪くもバップ・ピアニストの域を超えることはできなかったが、逆に言うとバップという音楽のメインストリームを
貫いていて、この演奏を聴くとハード・バップはビ・バップの発展形だったことが素直にうなずけるだろう。おそらく彼はパーカー&ガレスピーの
バンドのウォーリントン版を作りたかったのだろうと思う。フィル・ウッズのアルトがパーカーの面影を濃厚に映し出しているせいもあって、
このバンドの演奏にはパーカーのバンドの有り様が透けて見える。このアルバムはそこがいい。


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騎士の音楽とは何か

2023年11月12日 | jazz LP (Atlantic)

George Wallington / Knight Music  ( 米 Atrantic Records SD 1275 )


マーク・マーフィーが歌った " Godchild " って、ジョージ・ウォーリントンが作った曲だったんだなあ、と改めて感じ入りながら聴く。
この人のピアノは音楽的表現力が乏しく、この演奏を聴いて歌いたくなるような感じはないけど、それを歌ってしまうところに
彼の才能があったのだろう。

ウォーリントンのピアノはまんまバド・パウエルだ。昔はクロード・ウィリアムソンが白いパウエルとよく言われて、私はいつも「どこが?」
と思っていたが、このウォーリントンは指がまったく回らなくなったバド・パウエルそのもの。縦揺れして、ぶっきらぼう。フレーズの処理も
バップ・ピアノの典型で、時代の変化についていけず早々と引退を余儀なくされたのはしかたがない。

自身のオリジナル曲とスタンダードが配置されているが、あまり違いを感じない。メロディーよりも演奏形式が前面に出てくるのがビ・バップの
特徴で、だからこそジャズは新しい音楽として一世を風靡することになったのだけど、その残滓が滴り落ちてくる演奏だ。ピアニストが自身の
ピアニズムをあられもなく露出して情感を吐露し始める前の、形式の美しさで勝負していた時代の音楽である。そこには完成された形式への
揺るぎない信頼とその杯を受け継ぐ者だけに許される気高い自信が溢れているように思える。このジャケットの絵と「騎士の音楽」という
タイトルが冠せられたのは単なる偶然ではないのだろう。

このアルバムはステレオプレスの音が極めてよく、トリオの音楽の深みがよくわかる。私はこのステレオプレスを聴いてモノラル盤は聴く気に
ならなくなり、さっさと処分した。そのくらい音質には雲泥の差がある。



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後にも先にも例を見ない作品

2023年11月05日 | Jazz LP (Verve)

Ella Fitzgerald / Sings The George And Ira Gershwin Song Books  ( 米 Verve Recods MG V-4029-5 )


昔、車のCMで使われたエラの歌う "Someone To Watch Over Me" が画面の優雅な映像とマッチしていて素晴らしく、聴き惚れた。
しっとりと濡れて情感がこもった歌が本当に素晴らしくて、短い時間の歌声だったにもかかわらず釘付けになった。
その歌声がここに収録されている。

5枚組の豪華なボックス仕様で、EPが1枚、ハードカヴァーの解説書、ベルナール・ブュフェの絵画シートが5枚入った、狂気すら感じる装丁。
ピカソのコレクターとしても知られるノーマン・グランツの究極の仕事である。そして、その激しい情熱を彼から引き出したのがエラの歌唱。
1人の歌手のアルバムで5枚組というのは後にも先にも例がない。それはこの2人だからこそできたことだし、5枚を途中で飽きることなく
聴き続けることができることは奇跡に近いことである。

この録音は正に彼女の最高峰。エラはこれ以上ない繊細さで全てを抑制していて、一分の隙も見せない。声には透明感と艶があり、真っ直ぐに
伸びて何キロも先へと届きそう。それでいてコロラトゥーラのようでもあり、子守歌のようでもあり、ガーシュインの世界観を超えた彼女の
世界が拡がっていく様は圧巻以外のなにものでもない。単なるジャズ・ヴォーカルというような言葉では到底語れない作品なのである。

全部を聴いてもいいし、この中から自分のお気に入りの曲、例えば "Oh, Lady Be Good" なんかをセレクトとして街中に連れ出せば、世の中の
景色は違って見える。作品としての凄さを享受しながらも、もっと身近な存在として彼女の歌声は聴き手を慰撫してくれる。










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