廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

最初の5秒

2022年09月19日 | Jazz LP (Prestige)

Morris Nanton / Preface  ( 米 Prestige PRST 7345 )


試聴の最初の5秒で自分好みのピアノであることを確信したアルバム。「最初の一音を聴いただけで」という言い方は修辞句としての意味は
わかるけど、そんなことは現実的にはあり得なくて実際はもう少し聴くことになるけど、それでもすぐに「これは!」とわかることがある。
エサ箱にステレオとモノラルの両方が安レコとして転がっていたので、迷うことなく両方拾って来た。

ニュージャージのクラブが活動の舞台という典型的なローカル・ピアニストだが、見る人は見ていたのだろう、プレスティッジやワーナーに
アルバムを残している。ジャケットに写る容姿からソウルフルと言われることが多いようだが、実際の演奏はレイ・ブライアントのような、
どちらかと言えば端正でスジのいいピアノを弾いている。クラブの喧騒の中で音楽を聴かせようと普段から強い打鍵で音数多く弾くことで
自身のスタイルが出来上がったのだろう、ここでもそういう弾き方が随所に見られるのでソウルフルという印象が残るのかもしれない。

ただ、そのピアノの音自体は深みとまろやかさのようなものがあって、私はそこに強く惹かれた。音もクリアで真っ直ぐに飛んでくる。
ピアノの音色の良さで聴かせるところが素晴らしいと思った。私はピアノの演奏にリズム感やノリの良さなどは求めない。そういうのは
ベースやドラムに任せておけばよい。ピアノにはこの楽器にしか出せない独特の音色があり、それが聴きたいからピアノの音楽を聴くのだ。
このモーリス・ナントンはそういうピアノ音楽好きを満足させるタイプのピアニストだろうと思う。

ヴァン・ゲルダーの録音とカッティングなのでピアノ・トリオの場合は心配になるが、あまり音を触っておらず、問題ない。
モノラルとステレオも音場感にはさほど大きな違いはないが、時期的には当然ステレオ録音だからステレオ盤のほうが音が自然。
この時期のアルバムは迷わずステレオ盤で聴けばいいのだろう。



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滲み出る風格と重み(2)

2022年09月15日 | Jazz LP (Milestone)

James Moody / The Blues And Other Colors  ( 米 Milestone MSP 9023 )


前作の "The Brass Figures" と同じコンセプト、ラージ・アンサンブルでトム・マッキントッシュのアレンジで臨んだ続編とも言うべき内容で、
ここではムーディーはソプラノとフルートを吹いている。2つのセッションが収められているがメンバーは豪華で、ジョニー・コールズ、
ジョー・ファレル、セシル・ペイン、ケニー・バロン、ロン・カーターと名うての顔ぶれが揃っている。

前作の2年後の録音で、雰囲気は少し変わっている。スタンダードが多かった前作に比べて、今回はムーディーのオリジナル楽曲がメインで
音楽はより独創的でユニーク。都会的なブルース調を軸に、よりカラフルな展開を見せる。69年のセッションはホルン、ヴィオラ、チェロ、
スキャットヴォイスも交えた凝った構成で、新しい試みを披露している。

"サウンドスケープ" 、つまり音楽はメロディーやアドリブを主眼とするのではなく、音による風景描写を目指すことがそのコンセプトとなるように
大きく変化していて、より視覚的というか、人に心象風景の映像を喚起させるような方向に舵を切っている。クラシックやジャズのような
インストを基調とする音楽は時間の経過の中で様式が発展して成熟していくとこういう風に抽象化していく。この変化は60年代後半になるとあちら
こちらで見られるようになって、例えばリーヴァーサイド後期にミルト・ジャクソンやブルー・ミッチェルもこういうアルバムを作っている。
音楽の動向や大きな流れに敏感だった演奏家は、そういう兆候のようなものをいち早く察知できたのだろう。

このアルバムはオリン・キープニューズがプロデュースに一役かっているが、彼もそういうところに敏感だったし、元々の音楽嗜好がシブいので
彼が絡んだ作品はどれもシックな仕上がりだったが、同じくその兆候を敏感にキャッチしてより大衆的にアピールしたのが先日亡くなった
クリード・テイラーだった。彼の場合はキープニューズとは対照的なアプローチと仕上げ方だったので、その俗っぽさが批判される傾向もあるが、
いずれにしても60年代のジャズの中にそういう音楽が現れてきたというのは興味深いことだったと思う。

ムーディーもおそらくはそういうサウンドスケープを表現するためにテナーではなくソプラノとフルートを吹き、アンサンブルの楽器構成を
考えたのだろう。地味で誰からも相手にされないこういうアルバムにも熟考の上設計された意図があるのだから、それをきちんと汲み取って
聴いてこそ、である。


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JUDGMENT! RECORDS 訪問

2022年09月12日 | 廃盤レコード店



ディスクユニオンのジャズ部門統括責任者だった塙さんと新宿ジャズ館の店長だった中野さんが独立して、東中野に新しい店を出した、
ということで、さっそくお邪魔してきた。その名も、"JUDGMENT! RECORDS"。 ( https://judgment-records.com/ )

オープンは10日(土)だったが、私が伺ったのは11日(日)の14時ごろだった。店内の様子やイベントはインスタで見て大体どんな感じかは
わかっていたし、人がごった返す中でレコードを見るのはそもそも嫌いなので、わざと日時をずらして行った。
西口改札を出てすぐのところにあり、アクセスがいい。こじんまりとした感じだが新装開店らしく店内はきれいで、清潔感溢れる印象だ。
奥にはステレオセットとテーブルと椅子があり、試聴は座って聴くことができるし、レジの前にも椅子が置いてあって、座ってじっくりと
検盤することができる。

驚いたのはジャズ専門店ではなく、ロックやJポップも扱っているということ。ジャズは全体の1/3くらいで、まるで新宿ジャズ館の1Fと3Fの
コンパクト版という感じだったのが意外だった。ゴリゴリのジャズ廃盤店なのかと思ったが、想定外にポップでライトな感じなのには面喰った。
まあ、経営を安定させるにはこうじゃなきゃいけないんだろうなと思う。何と言っても、株式会社なんだから。

ジャズの棚を見ると在庫は多くなく、スロースタートなのかなと思い「昨日はどうだった?」と訊くと、いつもの常連たちが押し寄せて来て
「ワーッ!」と言う感じでレコードが売れていった、とのこと。つまりこれは落穂拾いということだけど、まあ、売れたのなら良かった。
この日はサンプル・テスト盤特集が組まれていて、ブルーノートの "Somethin' Else" のテスト盤が25万だったそうだけど、それもしっかりと
売れたそうだ。オープン最初の週末の出だしとしては上々だったのかもしれない。

東中野と言えば隣は大久保で、懐かしいヴィンテージマインがあった地域。30年近く前によく通っていた懐かしい風景とここは重なる。
だから初めて訪れたのに、どこか懐かしさを感じるはきっと私だけではないだろう。個人経営の専門店というのは、そうやってマニアの
記憶に残り続けるものだ。そこにはいい想い出もあれば悪い想い出もあるけれど、それでもそうやってマニアたちの心のより近いところに
存在するのがこういうお店なのである。そういう親密な想い出のようなものは10年、20年というそれなりに長い時間をかけてゆっくりと
醸成されていくものだから、これからも末永く頑張って欲しい、と心から思う。

2人ともその道のプロだからきっとうまくやっていくのだろう。塙さんはやり手の経営者タイプだし、中野さんはこだわりの職人タイプで、これは
面白い組み合わせなんじゃないだろうか。過去の廃盤店の相似形などではなく、きっともっと新しい感覚でいろいろと幅を拡げていくんだろう。
いくら世の中がデジタル化したところで、リアル店舗の存在意義は何も揺るがない。音楽はリアルなものだから。

というわけで、私の初訪問の成果はこんな感じだった。





デイヴ・ベイリーのステレオ盤はモノラル盤と聴き比べするべく購入。コーティングのないジャケットなので年季は入っているが、盤質は上々。
Ex表記だったが、実際はNM-くらいで、こういうところはコンディション査定に厳しい中野さんらしい。「聴いてみましょう」ということで
奥のオーディオでかけてくれたが、その前にちゃんと盤を洗ってくれた。
ディック・ジョンソンは昔は毒にも薬にもならぬ3流アルトだと思って相手にしていなかったけど、こちらが黄昏てくるとこれはこれでアリなんじゃ
ないか、と感じられるようになってきて、ちょうど買い直そうと思っていたところだった。何ともいい加減なリスナーなのだ。



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滲み出る風格と重み

2022年09月11日 | Jazz LP (Milestone)

James Moody / Moody and the Brass Figures  ( 米 Milestone MLP 1005 )


ロリンズやコルトレーンが出てきたことで駆逐されたテナー奏者は多いが、ジェームス・ムーディーもそんな中の1人だろう。50年代初期は
リーダー・セッションがたくさん用意されてレーベルの看板テナーだった時期もあったが、栄光の時期は長くは続かなかった。何と言っても、
それは厳しい世界なのだろう。

そうなってくると多くの奏者は活路を見出すべく、独自の路線を模索する。マルチ・リード奏者へと変貌したり、アレンジの勉強をして
ラージ・アンサンブルを手掛けてみたり。第2線級になると、そういう過程のものがアルバムとして結構残されるようになる。
そういうものに接すると、我々は困惑する。この人は何がやりたかったんだろう、と。スコープがぼやけているように見えて、どこに焦点を
あてて聴けばいいのかよくわからなくなる。

ムーディーにもそれが当てはまる。アーゴにたくさんリーダー作を残すことができたのはよかったけれど、これが取り留めのない内容で、
散漫な印象が残ることは否めない。フルートを多用したのもこの時期だが、この楽器はジャズには向かないので、どのアルバムも評価されない。
本人は新機軸としてまじめに取り組んだのだが、聴く側というのは勝手なもので、そういうミュージシャンの気持ちなどはお構いなしだ。

そういう流れがあるので、マイルストーン時期のこのアルバムも見向きもされないわけだが、これが実にいい内容なのだ。
アレンジはトム・マッキントッシュに任せて、自身はテナーの演奏に集中している。それが良かったのだろう、その音色は深みがあって、
演奏もゆったりと泰然とした雰囲気が濃厚で、素晴らしい。

バックのアンサンブルも控えめでうるさくなく、飽くまでもムーディーの演奏をそっと支えるという風情で、これが功を奏した。
ラージ・アンサンブルがバックに付く場合はこの演奏の良し悪しが作品の出来そのものを直接左右するが、ここでの演奏は成功している。
きっちりと纏まりがあって、テンポも適切で、アンサンブルのサウンドカラーもヴィヴィッドで好ましい。

変な小細工もなく、ユニークさへの志向もなく、とてもナチュラルで気持ちのいいジャズになっている。ベテランの風格というか余裕というか、
そういうものがいい形で滲み出ていて、そこに音楽としての豊かさを感じるのだ。本人にどこまで自覚があったのかはわからないけれど、
見かけ上の技巧に走る必要などなく、自身の中に蓄積されたものを糧として音楽を続けていけばこういういい作品はおのずと出来たんじゃ
ないだろうか。このアルバムを聴いていると、そんな風に思えるのだ。



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ヴィブラフォンが産み落とした独自のピアニズム

2022年09月03日 | Jazz LP

Jack Wilson / Innovations  ( 米 Discovery Records DS-777 )


ジャック・ウィルソンはその独特なピアニズムと他の誰にも発想できない美しいアドリブのフレーズを両立させる稀有なピアニスト。
大抵はどちらか一方で勝負するものだが、この人の場合はその2つが両立しているところがとにかく凄い。こういうピアニストはあまりいない。

50~60年代に活躍した人たちは70年代になると失速する人が大半だが、この人は失速するどころか、ますます磨きがかかった、というのも凄い。
ロイ・エアーズとレギュラー・コンボを組んでいたので、彼の演奏に焦点があたったアルバムが少ないのが難点だが、そんな中でこのアルバムの
存在は貴重だ。彼の滾々と尽きることなく湧いて出てくる美メロが存分に堪能できる傑作である。

このアルバムを聴いていると、彼のピアノはエアーズのヴィブラフォンの煌びやかなフレーズに強く影響されて出来上がったんだなということが
よくわかる。ピアノの音やフレーズの輝き方がヴィブラフォンのそれに通じるからだ。だから彼のピアノはメロウだとして人気があるのだろう。
演奏の発想が普通のジャズ・ピアニストとは根本的に違うのはあまりに明白だ。

作曲力も高く、自作が半分以上を占めるため、音楽自体が非常に新鮮なのだ。聴き飽きたスタンダードなどなく、初めて聴くことになる美しい
曲群にメロメロになる。"Waltz For Ahmad" なんてケニー・バロンが弾きそうな珠玉の名バラードで、夏が終わり、秋へと変わろうとしている
この時期にはピッタリの名曲だ。曲によってはエレピとコンガが疾走するレア・グルーヴなパートも取り込み、どこを切り取っても美味しさは満点。
センスの良い自由な発想が、聴き手の心を大きく開放するのだ。これを聴くと、自分の中で澱んでいた感情が一掃されて、新鮮な空気に入れ替わる
のがわかるだろう。



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