駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『十二人の怒れる男』

2020年10月03日 | 観劇記/タイトルさ行
 シアターコクーン、2020年10月2日18時半。

 ニューヨーク地方裁判所。蒸し暑い夏の午後、ある少年が父親殺しの罪で裁判にかけられる。3日間の審理を終え、最終的な評決は無作為に選ばれた十二人の陪審員たちに委ねられた。陪審員たちで話し合い、合理的な疑いがあれば「無罪」を、合理的な疑いがなければ「有罪」の評決を下さなければならない。ただし、いかなる評決であれ必ず全員の意見が一致することが条件だ。有罪の判決が下された場合には、被告人である少年の死刑が自動的に確定する。法廷に提出された証拠や証言は、少年に圧倒的に不利なものであり、陪審員の大半は少年の有罪を確信していた。話し合いの前に予備投票を行うと、有罪11票、無罪1票。ただひとり無罪票を投じた陪審員8番(堤真一)が口を開いた。「もし冤罪だったら? ただ話し合いたいんです」陪審員室の空気は一変し…
 作/レジナルド・ローズ、翻訳/徐賀世子、演出/リンゼイ・ポズナー、美術・衣裳/ピーター・マッキントッシュ。1954年のテレビドラマで、翌年舞台化、その翌年に映画化された法廷劇の傑作。全1幕。

 前回観たときの感想はこちら。8番(前回は八号)としては中井貴一の方がイメージかもしれません。堤真一だとヒーロー然として見えすぎちゃったかもしれない。ものすごく上手く、普通のただまっとうな人感を出していたとは思いますけれどね。
 山崎一はいつでもなんでも上手くて今回もどの役でもやれそうだけれど、今回は3番で、それがまたとても上手くて、いい感じでした。そして私の席はどちらかというと裏手だったと思うのだけれど(今回も前回同様、舞台を四方から客席が囲む形でした)、そこから主に背中を見ていた10番(吉見一豊)はもっとずっとイヤなおっさんに見えて、プログラムを見たらダンディなお顔でびっくりしました。お芝居ってすごい。この人はかつて8番を演じたことがあり、今回のオファーでは9番役だと当初勘違いしていた、というのもおもしろかったです。さらに『All My Sons』、私来週観に行きますよ…
 声が大きくて威圧的なおっさん、という点で同じに見える3番と10番も徐々に違いが見えてくるし、フラフラヘラヘラしてそうな若者という点で同じに見える7番(永山絢斗。二度目の舞台だそうですが、上手い! 遜色なかった!!)と12番(溝端淳平)にも違いが見えてくる。そしてご老人の9番(青山達三)と移民の紳士11番(三上市朗)の存在感…! 被告人の少年と同じスラム育ちだという5番(少路勇助)の存在も響くし、押し出しが弱くてバランスを取るだけに見える2番(堀文明)や6番(梶原善)も話が進むと効いてくる。クレバーそうで実は嫌みな4番(石丸幹二)、意外にキレちゃう1番(ベンガル)、そして警備員(阿岐之将一)もいい…素晴らしい戯曲です。
 普遍的なパワーを持つ作品というものは、いつ観ても常に、「今こそ観られるべき作品だ」と思わせるのものなのですね。そのことに胸打たれました。国も違う、時代も違う、裁判方式も違う、事件も違う。でも私たちの前には常に判断を下されるべき問題が置かれていて、私たちは常に正義を求めて正しく怒ることが求められているのです。冷笑してスカしたり、見えない振りをしたり、薄笑いでごまかしたり、大声で攪乱しようとしたり、恫喝してまとめようとしたりしてはいけないのです。正しく怒り、静かに考え、誠意を持って話し合う。人の話を聞き、学ぶべきなのです。なんて遠い道のりで、できていないことでしょう…
 終盤の「人様の子です」にボロ泣きしてしまいました。息子と確執があるらしき3番は自分の問題と今回の事件を重ね、混同し、冷静な判断が下せなくなっている。そこへの「あなたの息子じゃない、人様の子です」。容疑者でも、たとえ加害者であっても、みんな誰かの愛しい子供であり親である、というごく単純な真実と同時に、公私混同はしないこと、自分のことと相手のこととをきちんと分けて考えられること、そして他人のことを我がことのように思いやれることの大事さをつきつけられる台詞です。できていない自分に刺さり、でもそれを目指さなければ、と奮い立たされる台詞でした。
 愛と正義を信じ貫くことの尊さを存分に語ってくれる戯曲です。もちろん事件の真相はわからない。でも「疑わしきは罰せず」、「推定無罪」は民主主義の原則のひとつでしょう。大事にしていかなければなりません。
 好評だというロシア映画版も見てみたいなあ。そしてまた細かいところを忘れたころに、違うキャストでこの舞台をまた観たいです。そういう醍醐味が優れた作品とその再演にはありますよね。

 ところでシアターコクーンのこのシリーズ、ひとつ前は『アンナ・カレーニナ』のはずだったんだなあ…大空さんのドリー、絶対によかったはず…いつかなんとか観られることを祈っています。


コメント
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