駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

こまつ座『父と暮せば』

2018年06月15日 | 観劇記/タイトルた行
 俳優座劇場、2018年6月13日19時。

 ときは昭和二十三年七月、ところは広島市比治山の東側、福吉美津江(伊勢佳世)の家。愛する者を一瞬の閃光に奪われた底なしの喪失感と絶望の中を生きる美津江のもとに、父の竹造(山崎一)が現れる…
 作/井上ひさし、演出/鵜山仁、音楽/宇野誠一郎、美術/石井強司、照明/服部基。1994年初演、6組目の親子による上演。全一幕。

 こまつ座作品はおもしろいと思えるものもあるし自分には合わないかな古いかなと思えるものもある気がするので、案内をいただいても行ったり行かなかったりしているのですが、教養としてやはり押さえておかないといけないのだろうなとは感じています。この作品はタイトルはもちろん知っていましたが、ヒロシマの話だとも知っていたので、なんとなくもっと暗くて重くてしんどい話かと思っていて、これまでちょっと遠巻きにしていたのですが、意を決して行ってきました。山崎一が上手いのは知っていますしね!
 で、なんというか、なんか可愛らしくて、いじらしくて、あったかくて、フツーの話で、拍子抜けするくらいだったし、それがまたせつなくて悲しくて怖くて悔しかったです。
 広島弁がものすごく味わい深くて、また方言だろうとなんだろうと敬語が綺麗で、感動しました。昔の人は本当に身内にも他人にも綺麗な敬語を使いますよね、というかきちんとした敬意を払いますよね。そういうふうに人に当たれる美津江が美しいし、彼女を男手ひとつでそういう女性に育て上げた竹造が素晴らしいし、だけど彼らは本当にごく普通の、あたりまえに暮らしていた市井の男女にすぎず、そんなところに原爆は落とされたんだ、彼らの人生を根こそぎねじ曲げてしまったんだと思うと、本当に恐ろしくて悲しくて怒りに震えます。
 私だったら、私はずうずうしいから、なんで自分だけが生き残っちゃったんだろうとか、自分には幸せになる資格なんかないとか、考えないと思う。たまたまにすぎないんだろうけどラッキー、そのラッキーを生かしてみんなの分まで幸せになってやる、って思うと思う。でないと耐えられないと思うから。
 でも美津江は真面目で優しいから、そんなふうに軽く考えられないんですよね。そんな美津江が心配で心配で、だから竹造は出てきちゃうんですよね。
 でもこれはお芝居だからさ。だから竹造は出てこられるけど、本当は人は死んだら終わりじゃないですか。だから何千もの、父を亡くした娘、その後ひとりで生きていかなければならなかった娘たちが当時たくさんたくさんいて、彼女たちの元には父は訪れず、だから優しい彼女たちは自分を責めて生きていきそして死んでいったのかもしれない…と思うと、悔しくて泣けるのでした。父の亡霊に励まされることがなくても、人は立ち上がれると、再び強く生き始められると信じたいけれど、でもわかんないじゃん。それくらいとんでもないことだったんじゃん、原爆って、戦争って。いや私は知らないのですが、両親もギリギリ戦後生まれくらいなので本当に体感としてピンときていないのですが、でも知識として知っているし、今またキナ臭い世の中になってきていることに怯えるくらいの知性はある。
 抗わなくちゃいけませんよね、怒らなくちゃいけませんよね。原爆を踏まえて、先の戦争を踏まえて、我が国は戦争を永久に放棄したのです。そのことを絶対にゆるがせにしてはなりません。
 働いて帰ったら晩ごはんの支度をしたり、雨漏りには器を当てたり、お風呂を焚いたり晩酌の用意をしたりして人は生きていくのです。普通の暮らしを侵されたくない。侵す権利は国にはない。そのことを改めて噛みしめたいなと思いました。

 全部で3場か4場の舞台だったと思うのだけれど、その暗転中にかかる音楽かなんだか妙にのんきで明るくて、それも井上作品によくある感じでよかったです。あと、移り変わる時刻とかお天気の日差しとか、心理描写を担当する照明が実に素晴らしかったです。
 初めて行った劇場でしたが、こまつ座がよくかかる紀伊國屋ホールとか紀伊國屋サザンシアターとかと似たタイプの劇場なんだな、と思いました。客層は、いつも私が行くようなところからすると男性率が高く年齢層も高い。でももっと若い層にも気軽に見てもらえるといい作品なのにな、と思いました。当時のおそらく五十絡みの竹造と二十三歳の美津江、というのは今よりだいぶおちついている感じの年齢なのでしょうが、それでもそれくらいの若さのキャストに思い切ってしてみても、いいのかもしれませんね。その方が、若い層には我がことのように思えて響くかもしれません。伊勢佳世は、プログラムで見るとフレッシュなのに舞台ではけっこう年増に私には見えました。地味でもいいけど、もっと若く見えた方が意味が出たんじゃないかな、とはちょっと思ったのです。でもとてもチャーミングで素敵でした。そして「おとったん」山崎一は逆になんか若々しくてこれまたチャーミングで素敵でした。
 ほろほろ泣き、数年前に初めて訪れた広島の街を思い、改めて自分にできることはしよう、しなければと思った観劇でした。




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