これまで中国政府・政治協商会議・中国マスメディアによって発表された沙土虐殺にかんする「文献」は、(1)澄邁県政協文史資料委員会が1995年ころに編集発行した『澄邁文史』第十期(『日軍侵澄暴行実録』)に掲載されている、温家明・温明光口述「血海深仇 永不忘懐(侵瓊日軍制造“沙土惨案”実況)」(曾憲富、呉可義、雷登華整理。政協澄邁県委員会供稿、1994年8月10日于金江)、(2)2003年8月20日に新華網が配信した写真入りの記事「目睹大 八旬老人痛訴日軍在瓊犯下罪行」、(3)2003年9月付けで発行された『澄邁革命闘争回憶録』に掲載されている雷登華(澄邁県政協委員会文史組組長)「日軍沙土大虐殺」、(4)橋頭鎮人民政府が聖眼村の入り口に2005年8月15日付けで建てた「史証碑」の碑文の四つだけです。
このうち(3)は、(1)の粗雑な要約であり、新しいことはなにも書かれていません。(4)にも(1)に書かれていないことは書かれていません。
(2)の全文は、このブログの2011年3月25日の「沙土の欽帝村で 4」をみてください。
(4)の全文は、このブログの2008年10月19日の「“沙土惨案” 1」および海南島近現代史研究会『会報』第2号(2009年2月発行)の梁昌寶「沙土惨案」をみてください。
佐藤正人
このうち(3)は、(1)の粗雑な要約であり、新しいことはなにも書かれていません。(4)にも(1)に書かれていないことは書かれていません。
(2)の全文は、このブログの2011年3月25日の「沙土の欽帝村で 4」をみてください。
(4)の全文は、このブログの2008年10月19日の「“沙土惨案” 1」および海南島近現代史研究会『会報』第2号(2009年2月発行)の梁昌寶「沙土惨案」をみてください。
佐藤正人