三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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沙土虐殺にかんする「文献」

2014年04月08日 | 海南島史研究
 これまで中国政府・政治協商会議・中国マスメディアによって発表された沙土虐殺にかんする「文献」は、(1)澄邁県政協文史資料委員会が1995年ころに編集発行した『澄邁文史』第十期(『日軍侵澄暴行実録』)に掲載されている、温家明・温明光口述「血海深仇 永不忘懐(侵瓊日軍制造“沙土惨案”実況)」(曾憲富、呉可義、雷登華整理。政協澄邁県委員会供稿、1994年8月10日于金江)、(2)2003年8月20日に新華網が配信した写真入りの記事「目睹大屠殺 八旬老人痛訴日軍在瓊犯下罪行」、(3)2003年9月付けで発行された『澄邁革命闘争回憶録』に掲載されている雷登華(澄邁県政協委員会文史組組長)「日軍沙土大虐殺」、(4)橋頭鎮人民政府が聖眼村の入り口に2005年8月15日付けで建てた「史証碑」の碑文の四つだけです。
 このうち(3)は、(1)の粗雑な要約であり、新しいことはなにも書かれていません。(4)にも(1)に書かれていないことは書かれていません。
 (2)の全文は、このブログの2011年3月25日の「沙土の欽帝村で 4」をみてください。
 (4)の全文は、このブログの2008年10月19日の「“沙土惨案” 1」および海南島近現代史研究会『会報』第2号(2009年2月発行)の梁昌寶「沙土惨案」をみてください。

                                      佐藤正人
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