三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

20回目の追悼集会

2013年09月29日 | 木本事件
 三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会は、1988年9月11日に第1回準備会をもち、毎月の会議で準備をかさね、1989年4月23日に津で、6月4日に大阪で、相度さんの遺児敬洪さんと孫の哲庸さんに来ていただいて結成集会をもった。
 その5年後の、1994年5月1日に、追悼碑が起工され、10月23日に建ちあがり、11月20日に除幕集会が開かれた。
 19年前の除幕集会の夜、海辺で火を燃やし、その火を囲んでみんなで遅くまで語り合った。
 その後、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会は、毎年11月~12月に、追悼集会を開いてきた。
 今年は、追悼碑建立から19年目だ。
 11月9日に、20回目の追悼集会が開かれる。
  
 三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会のこれまでの歩みについては、ウェブサイト http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/ 、およびこのブログの2006年10月11日~18日の「木本トンネルの道」1~8、10月19日~28日の「木本虐殺後80年」1~10、12月27日 の「熊野市に対する抗議と要請」、2007年12月12日~15日の「紀州・熊野地域における「素朴な愛町心」とのたたかい」1~4、2008年11月20日の「会が出発してから、20年」などをみてください。
                                          佐藤正人
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