経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

ゲーム理論で解く日本の大停滞

2011年09月25日 | 経済(主なもの)
 ケインズではないが、経済学者というのは、エッセイを書く力が非常に大切なように思う。そこへ、当代きっての理論家である松井彰彦先生が「不自由な経済」を出されたのだから、これは、読まずばなるまい。日経掲載当時から楽しませてもらっていたが、なかなか示唆に富む良い内容である。

 さて、松井先生はゲーム理論で知られるが、これを使うと、日本経済の長期停滞も解けるのではないかと期待している。まあ、掛け声だけではつまらんから、今日はちょっと書いてみることにしよう。理論があってこそ、現実は見えて来るということが、なんとなくイメージできるのではないか。

 日本は、金利も賃金も低い。なぜ、経営者は、これらを組み合わせる設備投資をして、儲けようとしないのだろう。それは、リスクがあるからだ。「やれば儲かるとは思うんだが、内需が後退したりで大損を被るのは避けたい」といったところだろうか。機会利益を捨てているのであり、不合理な行動がなされているわけだ。

 経営者は考える。他の経営者も機会利益があることは分かっているはずだ。みんなが合理的に行動するなら、設備投資は出てきてもおかしくない。しかし、みんなは本当に合理的なのだろうか。合理的かどうかは、少し疑問が残る。ここは、誰かが設備投資をし始めたところで、自分も追いかける戦略でいこう。

 こういう状態になると、みんながお見合いをして、ちっとも設備投資が出てこないことになる。市場が多数の経営者で構成されていて、他の経営者の分の融資枠を取り上げて、代わって設備投資をすることもできない以上、「様子をみる」という、不合理だが理由のある行動によって、経済全体に余資や失業が発生するのである。

 こういう困った均衡状態は、アニマル・スピリットの持ち主によって破られる。自己の正しさを信じ、みんなは後についてくる、先行者利益を獲るのはオレだという存在だ。とは言え、実際には、そうした国内の状態とは無関係に発生する外需によって、均衡が破られる場合が多いのであるが。

 ところが、日本には、せっかくのチャレンジ精神を持った経営者を挫いてしまうバカがいる。それが財政当局である。彼らは、蛮勇によって設備投資が始まり、景気が上向き始めたところで、これ幸いと財政再建をしだし、内需を吸い上げ、後に続こうとする者を萎えさせて、先行者を孤立させるのである。むろん、景気は元のもくあみで、財政も好転せず、挑戦者が潰されただけで終わる。日本にベンチャーが育たないのも道理だろう。

 このような「理論」でもって、改めて日本の財政運営を眺めてみると、1997年のハシモトデフレに始まり、森政権の緊縮、小泉政権の2004~06年の緊縮、そして、2010年の緊縮と、景気の立ち上がりを狙いすましたかのように、緊縮財政を打って回復の芽を潰し、それまでの多大な財政出動の犠牲を無に帰しているのが分かる。(本コラム9/17や特別版を参照)

 これで、日本の長期停滞の「謎」がゲーム理論によって解かれたわけである。また、停滞への処方箋が「十分な成長と物価上昇が得られるまで、無闇な緊縮財政は控える」という平凡な経済運営の実践にあることが分かるだろう。汎用性に優れた理論なのだから、実際に当てはめて、役立てたいものである。

 他方、教科書的な経済学の理論で見ると、低金利や失業者が長く放置され、機会利益が捨てられているなんて、経営者が利益を最大化するよう行動するとしている以上、あり得ない話である。そこで、規制によって、投資や就業が妨げられているに違いないと思い込む。また、法人減税をして、利益率を高めれば、設備投資をするはずだと叫んだりもする。本質を外しているのだが、そうした側面もないわけではないので、そこから一歩も出られなくなる。

 いかがだろうか。理論がないと、現実が見えないというのが、なんとなくイメージできたのではないかと思う。筆者は、経済学の業界に間々見られる理論のための理論が嫌いである。現実の説明に役立ってこその理論であろう。エッセイには、経済学者の理論と現実の取り結びがよく表れるものだ。それもあって、エッセイを好むわけである。その割には、このコラムは適当なものだって? いやいや、これは申し訳ない。つれづれなるがままに毎日書いているのでね。お許しあれ。

(今日の日経)
 車軽量化に住金が新技術、骨格に鋼管で5割軽く。787が変える経営戦略。エックス線自由電子レーザーSACLAさくら。新興国が一転自国通貨買い。日・比が海上防衛で定期協議。プーチン氏が大統領復帰へ。電力・1%未満の市場競争。風見鶏・格付け転落の秋の宮澤。医療費、税・保険の負担増、高齢化で。中外・大和ハウス。IMFセミナー・消費税引き上げ。経済論壇・政府債務への過剰反応・シラー。読書・生命と自由を守る医療政策、売れているのがおいしい料理、私だけの神、評伝ジョージ・ケナン、昭和天皇と戦争の世紀。釜石ラグビー栄光の日々。

※日本の技術力を見るのは素直にうれしい。※ブラジルの利下げの奇手がこうなるとはね。※日米、日豪の次は、日比かと思ったりする。※電力は松井先生のいう買い手独占の弊害だ。※IMFも増税論者だけ集めてどうするのか。※シラーの言うとおり、過剰反応で財政への評価に歪みが生じているのでは。※今日の読書欄は評論自体が良かったね。

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