経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

日経新聞の真実を考える

2013年03月20日 | 経済
 産経の田村秀男さんは、全国紙では数少ない財務省の批判者で、ある意味、筆者のお仲間である。そんな田村さんが「日経新聞の真実」という新書を出された。記者を志す若者に、財務省や日銀の虜にならず、自分の頭で考えて行動せよというのは、まさしく、そのとおりだが、そう簡単なことではない。

 個人的な努力の問題は別にして、構造的な難しさは二つある。一つは、財務省や日銀は、そもそも、国民にとって最も重要な経済成長を目的とする組織ではないこと。もう一つは、経済成長を実現する方法として何が正しいのか、批判の拠って立つ経済学は、本当のところは分かっていないということである。

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 財務省は収支の均衡を、日銀はインフレの防止を役目としているので、それらを目指すためなら、経済成長を阻害するようなことになっても仕方がないと考える。もし、今の日本がインフレ気味であるなら、彼らの志向性は有用なものだろうし、彼らと一体となっての世論作りをする日経も「御用メディア」とは呼ばれることはないに違いない。

 日本がインフレを心配していた1983年頃まで、つまり、ポスト・オイルショックに至るまで、官僚も日銀も、そして、新聞も敬意を払われていたのは、役目を果たすことが日本経済にとってプラスであったからだろう。むろん、失われた20年において、すっかり権威が失墜してしまったのも、ひとえに経済が上手くいかなくなったからである。

 世間的には、経済成長に責任を持つのは、経産省と目されようが、基本的に経済界の利益を代弁する存在でしかなく、旧経済企画庁や内閣府のマクロ経済部門とて、新自由主義的な経済思想が浸透してからは、経済をコントロールすることによって、より良い経済パフォーマンスを得ようとは思わなくなっている。

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 田村さんは「記者は経済学を学べ」とする。では、その経済学は何を指し示すのか。経済学の基礎である利潤最大化行動を前提にすると、どんな緊縮財政も経済には影響を及ぼさないということになる。なぜなら、緊縮財政が余らせた資金や労働力を、そのままにすることは、合理性の上であり得ないからだ。経済学を学んだ記者は、財務省や日銀の見方と同様になるに違いない。

 リーマン・ショックが起こってから、米国では、それまで主流だった新古典派的な経済学は信用を失うことになった。もし、記者が主流派の経済学を熱心に学んでいたら、どうしたら良いか分からなくなっていただろう。田村さんが今のところ頼りにする貨幣数量説だって、果たして現実の経済に通用するのか、やってみなければ分からない。

 大胆な金融緩和だって弊害はあり、前回の安倍政権下の頃、実際に起こっている。金融緩和が円キャリを起こし、円安が円安を呼ぶバブルが生じた。円安を過信し、大規模な設備投資に打って出たシャープやパナソニックは苦境に喘いでいる。日銀が金融緩和を躊躇することに理由がないわけではないのだ。当時、並行して緊縮財政を取らず、好調な輸出を内需に波及させていれば、デフレを脱していたかもしれないが、そういう視点は、田村さんにはないようである。

 筆者は、デフレの原因を、成長の循環が十分加速する前に、緊縮財政で需要を抜くためと考えている。田村さんには、リーマンショック後に民主党政権が景気対策を打ち切って、一気に10兆円もの緊縮財政をしたこと、震災ショック後も復興増税のために雪が降るまで引き締め気味の財政にしたこと、緊縮財政の下、日米の物価上昇率が縮まり、円高に襲われるはめになったことにも気づいてほしい。そして、今の安倍政権も、秋に補正をしなければ、緊縮財政になるよう、本予算が仕掛けられていることも。

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 ところで、細かい話で恐縮だが、田村さんの新書の中にある、消費者物価の下落以上に家計所得が落ちているという図だが、必ずしも適当でないように思う。家計所得のデータに、家計調査の勤労者世帯を用いているが、家計調査のサンプルは、世帯主の年齢上昇や世帯人員減少の影響を受ける。また、勤労者世帯の比率も下がり続けているからだ。

 物価下落と家計福利を見るなら、GDP統計の家計消費の名目値を見るべきだろう。こちらの推移をみれば、1997年以降、ほぼ横ばいであり、物価下落の分だけ実質的な消費が増えていることが分かる。むろん、増えていると言っても、極めて低い伸び率であり、経済運営の失敗を示していることに変わりはない。

 田村さんは、若手は自分でグラフを書けと言っているが、グラフ一つにも知識が要り、記者にしてみれば、当局のグラフや分析を敢えて否定し、独自の見解を書くことは、それなりの勇気がいる。独自の見解に近いことを言ってくれる有識者でもいると良いが、頭からの反増税論者を除けば、当局の需要管理の巧拙を批判する論者は皆無に近い。

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 「御用メディア」の日経新聞だが、原発事故が起こるまで、地球環境問題について、経済界や経産省の見解を真っ向から批判していた。そういう気骨ある論説の書ける滝順一さんのような記者もいるし、国際政治については、秋田浩之さんのような手練を育成する努力も続けて来ている。何が正しいのか分からない経済学の専門性を磨くのは、どうしたら良いのかとは思うがね。

 田村さんは、記者への投書は意外に心に響くとする。これは同感だ。それもあって、田村さんへの投書の代わりに、こうして書いてみた。言論において多様性は、やはり大切なもので、それは事実を引きながらしたいものだと思う。思想や経済学に基づいて書くことも必要だが、見落としている事実はないか、探すことから始めたい。それはジャーナリズムの基本なのである。

(昨日の夕刊の日経)
 保育士の処遇改善なお遠く、国は補正予算で対策費盛り込むが、手当上乗せ「認可」のみ、待機児童解消の課題に、半数が非正規雇用、資格取得は後押し・阿部奈美。

※問題点を明確に切り取った良い記事ですね。

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