経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

経営学と経済学の緊張関係

2013年05月26日 | 経済(主なもの)
 何事も自明と思っては読み間違う。むしろ、自明とされていることを掘り下げることで新たな知見は生まれる。経済学の言う「人は利益を最大化するよう行動する」のが真実なら、経営者がどんな投資判断をするかを解明する経営学は、ほとんど無用の存在になるが、逆に、そうでないことを経営学が実証したりすると、経済学は拠って立つ基盤を失い、あまたの理論が瓦解しかねない。実は、そんな緊張関係がある。

………
 新進の経営学者である入山章栄先生が著した「世界の経営学者はいま何を考えているのか」は経営学の最新状況を案内してくれる楽しい本であり、経営学の将来への期待と意欲、そして、真摯さがにじんでいて、清々しい。私が特に興味を引いたのは、第12章の「不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか」であった。どうも、経営者は、不確実性の下では、段階的な投資をするものらしい。

 入山先生も指摘するように、こうした行動は、実際の経営でよく見られる当たり前のものだが、その意義は「不確実性が高いことはむしろチャンス」と明示的に説明されたことにあるという。これは、経済学的には不思議な話である。もし、利益を最大化するよう期待値に従って投資するなら、段階的投資をする手間をかけるはずもないし、段階的投資でプレミアムを得られるなら、それは十分な量の投資がなされてないが故ではないか。

 例えば、資本と労働力が余っている不況下において、景気の先行きが不確実な場合、段階的な投資にとどめることは、機会利益を十分に取り切っていない点で不合理である。資本と労働力を十分に使い切れない程度の投資水準の段階は、不況が長引いている状態だ。そして、勇気を持って投資した者は、競合が少ない分だけ余計に利益を得られるわけである。つまり、経営学の知見は、利益最大化を必ずしも支持していないことになる。

 企業は、なぜ、そのような行動を採るのか。それは、企業は利益を上げると同時に存続性も考慮するからである。機会利益を捨てても、大きな損害を被るリスクを避けるのは、生き残るための戦略だ。したがって、こうした不合理な行動が知れ渡ったとしても、アノマリーとして是正される性質のものではない。市場経済が多数のプレーヤーによって構成されている以上は避けられない宿命のようなものである。

 経済政策の観点では、不確実性の緩和が重要ということになる。不確実性の下で、経営者が段階的投資を望むなら、段階の一つひとつが短くて済むようにしてやる必要がある。需要で言えば、段階的投資で足りない分を補うようにし、次の段階へ早く進むよう、期待を上回るような成果が上がるべく心がければ良い。間違っても、景気回復が一服したからと言って緊縮財政に変わり、段階を遅らせることをしてはいけない。

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 さて、経営学が最善の投資戦略を考究するものだとすると、それはどんな状況でも正しいものになるのだろうか。日本経済の歩みを知る者にとっては、成長の加速期と減速期では、より多くの利益を上げられるか否かについて、別の戦略を取ることが正しいように思える。つまり、減速期については段階的投資で良しとして、加速期については適正量より多めの投資が成績を上げられるのではないか。

 好況下において、先行的に多めの投資を行えば、設備も資産もバブル的な利益を上げられることになる。しかも、それは皆が似たような経営戦略を取れば、自己実現的なものになる。その点は不況期の段階的投資にも言えることだ。正しい戦略は、人より優れた戦略であるように見えて、皆と同じであって、より極端なものが好成績を上げることになる。むろん、加速と減速が転換する局面では、極端は逆効果となるわけだが。

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 入山先生は、第4章において、ポーターの競争戦略論について、「競争しない戦略である」と喝破している。経済学的には、競争を押し進めれば、企業の利益はどんどん薄くなることになっているので、経営戦略としては、競争をいかに避けるかが重要問題となるのは、よく理解できる。しかし、それは、経済学が究極の合理性から現実を眺めようとしているのに対し、経営学は不合理を創り出す方法から真実を求めているようにも見えるのである。

 こうして見れば、経済学と経営学には緊張関係があり、根本的な対立点を持っていることが浮かび上がってくると思う。入山先生が言うように、経営学は、心理学、社会学と並んで、経済学から多くの理論基盤を得ているのだが、経済学とは、それにとどまらない関係がある。逆に経済学に対して、理論基盤を与えることもあり得るのだ。行動経済学で見られるように、心理学や社会学は、既に、そうなりつつあるのだから。

(昨日の日経)
 最高益企業、株安に抵抗力。生保、金利乱高下に苦慮、一部国債に回帰の動き。電力、自由化へ制度設計急務。クモの糸を産業用に量産。

(今日の日経)
 物価上昇が世界で鈍化。夏ボーナス4.5%増。米株、緩和縮小に神経質。神鋼、神戸の高炉休止へ。福祉元年・沢内村。

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