経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

『日本の年金』を思想で読む

2014年10月13日 | 社会保障
 日本の年金制度の最大の課題は、将来、低年金で苦しむことになるであろう、厚生年金の適用対象外の非正規労働者を、どうするかである。少子化は、何とかしなければと言われ続けながら、財政再建を優先した結果、手遅れとなってしまった。また再び、深刻な事態が目前に迫るまで、非正規の低年金が後回しにされてはなるまい。

 こうした折、駒村康平先生が岩波新書で『日本の年金』を出された。先生も、同様の認識であろうと推察する。本書は、特に若い人たちに読んでもらいたいと思う。一知半解の「世代間格差」で惑わせ、焚き付けようとするような本もある中で、制度を概観し、経緯に触れ、カギとなる数字も織り交ぜつつ、真に取り組まねばならない課題を丁寧に説明している。

………
 年金は経済のサブシステムであるから、経済状況に合わせて改善していく必要がある。1997年の消費増税の衝撃によって、日本はデフレ経済に転落し、苦しくなった企業は、社会保険料逃れの非正規を増大させるようになった。当然、これに年金が対応しなければ、将来、多くの低年金の高齢者が生み出されることになる。それは今の若い世代なのだ。

 解決策としては、厚生年金の適用拡大が最も効果的である。しかし、デフレで苦しむ企業に受け入れさせるのは、事の経緯からして、強い抵抗があることが分かるだろう。デフレを脱しないことには、とても覚束ない。それでも、消費税の逆進性によって、低所得層は負担を強いられたのであるから、その緩和のために保険料を軽くする必要もある。

 そうすると、どうすべきかは明らかで、国庫が保険料の一部を肩代わりすれば良い。その財源は、「ニッポンの理想」で示したように、専業主婦まで広げても、1.6兆円に過ぎない。法人税を、復興増税の免除で既に1兆円減税し、更に拡大しようとしているのだから、財源がないわけではない。問題は、経済政策として何を選ぶかである。

………
 ここで留意したいのは、産業か福祉かの問題ではないということだ。保険料の軽減は、国内の中小企業の労働コストを軽減する産業政策の一種であり、国際的な大企業が所望する法人減税と、どちらを有効なものとして選択するかの問題である。産業か福祉かに見えるのは、所管する省が違うだけのことだ。

 普通に考えると、民主主義の下では、中小企業やそこで働く従業員は、まったくの多数派であるから、法人減税より保険料軽減が選ばれる方が自然である。ところが、選択を競うどころか、視野にも入ってない状況である。こうした不思議さは、現在の経済思想のパラダイムが、そうなっているからとしか言いようがないだろう。

 そうした支配的な経済思想とは、どんなものか。端的に言えば、「金融緩和と緊縮財政を組み合わせれば、経済は良くなる」という誤った考え方である。今の日本が法人減税に血道を上げているのは、その考え方の下、金融緩和と同様に、資本収益率を高める政策が決定的に重要だと勘違いしているためである。

 これは、安倍政権だからということではない。法人減税で1兆円もの穴を開けてしまったのが、震災前の管民主党政権だったことを思えば、時代の思想であると分かるだろう。同じ産業政策とは言え、保険料の軽減という、財政や社会保障を膨らませる政策は、金融緩和に悪影響を与えるものとして忌避されるのである。

………
 さて、猖獗を極めた金融緩和と緊縮財政の経済思想だが、これからは変化を見せるだろう。緊縮財政を程々にした米国がよろめきながらも回復し、緊縮財政に取り憑かれた欧州はデフレへと沈み、一気の消費増税で日本が惨敗を喫するという現実を目の当たりにするからである。金融緩和は緊縮財政を覆えるものではなく、不況期での緊縮財政は程々にすべしとする、穏当な知見へと行き着くことだろう。

 行き着いてしまえば、金本位制や植民地争奪のように、なぜ、ここまで強く拘り、犠牲さえ厭わなかったのか、不思議にさえ思えるだろう。経済思想とは、そんなものなのだ。緊縮財政を見限れば、景気は薄紙を剥ぐように回復し、それにつれ、保険料の軽減も容易なものになる。雇用回復で非正規が減り、必要な財源も少なくて済むようになるからだ。そして、物価の上昇とともに、軽減措置の対象は自然に縮小していく。

 非正規への適用拡大は、駒村先生も指摘するように、低年金の回避につながるだけでなく、年金全体の給付水準も大きく改善する。恩恵はすべての加入者に及ぶのだ。低所得層は若い人たちと重なるから、保険料の軽減は生活を楽にし、出生率も向上させるだろう。こうして、年金は益々安心できるものになり、人口減の緩和で、成長も加速されるはずだ。

 駒村先生は、終章において、日本の年金を、社会民主主義、自由主義、保守主義の三つの分類を基に、位置づけを試みている。現下の経済思想は、安く多くカネを供給しさえすれば、おのずと経済は成長するという、自由主義の中でも、かなり粗雑なものである。いずれの社会観にあっても、経験に基づく合理主義が通底するのなら、進んでゆく道は明らかであるように思える。

 
(一昨日の日経)
 太陽光発電の参入凍結。75歳以上の保険料上げ。世界景気を市場が警戒、原油安、日経平均2か月ぶり低水準。9月消費者心理が悪化。

※10/10に8月消費総合指数が公表になり、7,8月平均の前期比は0.5となった。予想の0.3より高めだったので、7-9月期GDPの前期比のイメージは0.4から0.5へ直しておくよ。

(昨日の日経)
 エネ・穀物輸入10港に集中。マンション、コンビニ悪化・産業天気図。ギター買えぬ若者、地域と所得で広がる温度差。

※金融緩和の資産高でトリクルダウンを狙ったのに、滴るものを消費増税で吸い上げれば、当然、こうなるよね。

(今日の日経)
 ユニクロ通販で即日配送。消費・ハレの日健在、コンビニからスーパーヘ。エコノ・海外の稼ぎは賃金に回らず。経済教室・大幅な法人減税が大前提・浜田宏一。

※浜田先生は「法人減税の影響は、消費増税のそれとはけた違いに大きい」とおっしゃるが、一気の消費増税をしてしまうと、大規模な法人減税と投資減税をしても補えず、マイナス成長へ突っ込んでしまうというのが経験的な事実ではないか。

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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2014-10-13 22:01:23
www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei/04.htm
↑を見れば法人税や所得税ではなく消費税を上げたがる理由が良く分かるかと。
ポイント
・消費税による税収は5%の時点で既に法人税や所得税に匹敵する規模
・法人税や所得税と異なり、消費税は景気に左右されない
・既に高い税率の法人税や所得税を上げるより負担感が小さい割に
税収の増加量が大きい。
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Unknown (基礎固め)
2014-10-15 00:13:40
失礼致します…。
どうなっていくかなと見てたら…どうすんだよ此れから~になってしまった今日この頃。
円安経路とコミットメントのレジームチェンジ部分、政権と日銀と市場のプレイヤーとのリフレ共有知識部分がなくなって此れからどうすんだよ…と。
経済利得のインセンティブ的には円安介入する可能性は高いと思ってましたが、独立性を犠牲にしてもインフレ政策をするというレジームチェンジをしたからには介入はしないと踏んでたんですが…。閣僚ぐらいなら個人の利得や規範に収まるのに、首相が言ってリフレに逆作用の共有知識にしてしまいましたね、、
あとはヘリコプターマネーか、法制度によるインセンティブですが…
後者は熟慮と政策過程に時間が掛かりますし、前者は、経済思想的に財政再建を取っている現政権が遣るとは思えない。
消費税で市場の殆どの主体の行動を考慮するより、流動性の罠状態にて国債の売買者というある程度似た主体の行動を考慮する方が不確実性が高いと考えているようですし…
コメント欄汚しスミマセン…最終段はもちろん皮肉。
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