経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

国破れて、税率あり

2012年04月14日 | 経済
 「政治家は情けなく、財政当局は国の将来を憂いている」というのが、世間的な評価ではないだろうか。しかし、筆者には、財政当局があまりに強引なために、限られた資源である政治力が浪費されているように見える。日本は、財政当局が展開する価値観からしか、物事が見られなくなっているのではないか。

 財政当局の価値観は、より多く増税し、緊縮することに尽きる。それで成長が失速し、国民が苦しもうとも、「それは仕方がないこと」である。最近は、財政再建すら二の次となり、消費増税のためなら、法人減税や補正予算を見返りに出すのも厭わなくなった。おそらく、「国が破れても、税率は残る」という考えなのだろう。実際、1997年のハシモトデフレでは、日本経済は地獄の底を覗いたが、税率が下げられることはなかった。

 財政当局に対して「経済全体を見ろ」というのは、お門違いかもしれない。財政当局が増税緊縮のために策謀を巡らせるのは御役目なのであり、それに振り回されるだけの政治、マスコミ、有識者に問題があると言うべきだろう。このあたりは、今週のJMMの北野一さんと同じ認識である。縦割りの現場が強く、全体を統合する指導力が弱いというのは、日本の社会的な特徴なのだ。

……… 
 世間では、復興予算を巡るドタバタは、政治の情けなさを示すものと受けとめられているが、本コラムの6/24「誠実な経済運営とその責任」で書いたように、政治的に紛糾しないような無理のない財政運営は十分に可能だった。阪神大震災という良い前例もあり、専門家でなければ分からないような難しさがあったわけでもない。

 しかし、現実には、兆円規模の復興増税を実現しようとする財政当局の野心に振り回されてしまう。補正予算に手間取ったために、被災者を待たせ、円高で景気を悪くし、何より政治の評判を地に落とすことになった。「危機にあっては政権の支持が高まる」という常識とは、反対のことが起こった。

 現在の「税と社会保障の一体改革」も、また同じである。仮に、年金の1/2国庫負担に必要な1%だけの消費増税に絞っていたら、どれほど政治的に楽だったことか。一気に3%も上げることにしたために、社会保障改革の内容を野党に突っ込まれ、それが民主党政権の致命傷になりかねない雲行きになっている。

 せめて、税率の引き上げを、まず2%、のちに3%の順番にしておけば、成長と整合性を取るのは、まだしも容易だったろう。最も過激な引き上げスケジュールを財政当局に持たされたがために、与党内の取りまとめは難しいものになり、「決め切れない政治」という、いらぬ悪評を背負うことになったのである。

………
 戦前の金解禁を巡る論争においては、金解禁は避けられないにしても、石橋湛山や高橋亀吉の意見を容れて、せめて新平価で実施していれば、経済への打撃は軽かっただろうとされている。実際には、金解禁に向けた緊縮財政によって、深刻なデフレになり、政党政治は国民の信頼を一挙に失ってしまう。その後、経済は、高橋是清のリフレ政策で救われるが、同時期に満州事変が起こったために、国民は、「軍部や戦争が景気を良くしてくれた」という誤れる常識を持ってしまう。

 戦前の過激な財政運営は、政党政治崩壊の遠因となった。今また、財政当局の強引な路線は、政党政治の評価を著しく毀損している。よもや、日本から民主主義が失われることはないと思うが、このままでは、小選挙区制の導入によって、ようやく根付きつつある二大政党制が壊れることにもなりかねない。

 例えば、政治的な人気者が現れると、政党が溶解して議員が馳せ参じ、瞬く間に、政権政党が出来上がるといったような事態である。そうした指導者や政党には、漸進主義とか、改善主義はなじまない。それが必要な政策分野である社会保障や安全保障は、危難にさらされるだろう。かつての自民党の一党優位体制ではないのだから、増税で吹っ飛ぶのは、「政権の一つや二つ」では済まない。

 今の財政当局の強引な路線には、OBからすら危惧の声が上がっている。冒険主義は、失敗すると、組織の存亡にも及びかねないからだ。ハイリターンを狙って周りが見えなくなり、ハイリスクが積み上がっていることを甘く見ていると心配しているのだろう。財政運営における強引さが、いかに大きなものを危険にさらすかは、歴史の教えるところである。

(今日の日経)
 大飯再稼動は妥当。政府混乱、空白の40分。消費増税へ脱デフレ急ぐ。中国、安定成長へ正念場、利ざや縮小へ思惑。日本車の米在庫不足が解消。

※事故があっても、少しも路線を変えられないのか。こういう頑なさが反動を呼ぶ。さっさく、反応している向きもある。※ミサイル発射の熱を感知したとき、どう発表するかを米韓と調整してなかったことが真の敗因。※輸出と住宅が不振になったとき、公共事業一本で支えられるのか。無理だったというのが日本の経験。※在庫回復の達成は生産ペース低下にもつながり得る。

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3 コメント

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陰謀では (せい)
2012-04-14 18:47:18
日本の財政の危険度は陰謀論ではすまない水準だと思います。
機関投資家は、いつか危機的状況来るとわかっていながら、需給上の要因から当面は大丈夫、として投資しています。
まあ、いくらコストがかかってもやらなきゃならない少子化対策が進んでいないのは、歯痒く情けない話ですが。
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政党政治と財務省の未来 (KitaAlps)
2012-04-15 19:43:01
>「戦前の過激な財政運営は、政党政治崩壊の遠因となった。今また、財政当局の強引な路線は、政党政治の評価を著しく毀損している。・・・」

 私も、戦前の「緊縮政策」による不況や恐慌の長期化は(既存の政治システムや既存政党への幻滅を生み)、ドイツのナチスやイタリアのファシスト党の台頭、日本の軍国主義台頭の重要な原因(の一つ)になったと思います。

>「例えば、政治的な人気者が現れると、政党が溶解して議員が馳せ参じ、瞬く間に、政権政党が出来上がるといったような事態である・・・」

 恐いことです。

>「今の財政当局の強引な路線には、OBからすら危惧の声が上がっている。冒険主義は、失敗すると、組織の存亡にも及びかねないからだ。ハイリターンを狙って周りが見えなくなり、ハイリスクが積み上がっていることを甘く見ていると心配しているのだろう。」

 その財務省OBの危惧は、組織の徹底的な解体への危惧ですね。なにごともやり過ぎは、組織の徹底的な解体という結末に終わる可能性を高めると思います。

 前にも、ちらっとコメントしたんですが、歴史を見ると、平氏の政権は、壇ノ浦での一族の全滅で終わりましたが、その直前までは、むしろ平氏への権力集中が進んでいたのです。

 鎌倉幕府の滅亡も、北条一族の全滅で終わりました。これも、北条氏政権の力が弱体化した結果というよりも、むしろ北条氏への権力集中が進み基盤は強化され続けていた・・・幕府の権力基盤が強化され続ける中で、それによって抑えられ続けていたエネルギーが限度を超えて高まった結果、それが一挙に倒幕へ向けて噴出し、幕府の崩壊に至ったのだという見解の歴史学者もいます。
 おそらく溜まっていたエネルギーが大きすぎたことが、北条氏の族滅という形で終わらざるを得なかった原因だと思います。こうした解釈は、平氏の政権の崩壊にも当てはまるように思います。

 強力な権力を持つ組織は、権力の使い方に慎重であって欲しいものです。やりすぎると、いかに強力な組織も徹底的な打撃を受けることになる可能性を高めます。穏便な結末では、エネルギーは解消されないのだろうと思います。あるいは、強い権力を持っていた組織が将来復活した際の反撃の可能性への恐れが、逆に、その権力を徹底的に解体せずには終わらない理由なのかもしれません。
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Unknown (経済学初心者)
2012-04-26 08:38:34
>KitaAlpsさん

>なにごともやり過ぎは、組織の徹底的な解体という結末に終わる可能性を高めると思います。

なるほど。組織体の崩壊ないし解体となると人体の老化に擬制されるように「年月が経つにつれ徐々に衰退」のようなことを想像しがちなんですが、実際には権力の集中が組織体の解体を生みやすくなる、ということなんですね。

>抑えられ続けていたエネルギーが限度を超えて高まった結果、それが一挙に倒幕へ向けて噴出し、

組織体の解体となるとおっしゃるような外部勢力による解体(今の日本において財務省に対抗する勢力はなかなか想像しえないですが…)のほかにも内部からの自壊ということも考えられますね。組織体としてどれだけ巨大な勢力をもっても、そこに働くのは人間ですから、一定の事務処理能力の閾を超えてしまえば、組織体は内部から崩壊しやすくなるようになるかと思います。

> 強力な権力を持つ組織は、権力の使い方に慎重であって欲しいものです

今の日本の官僚組織で強大な権力を持つとなると財務省と検察があげられますが、このどちらも戦前において巨大な権力を持った(それゆえに戦後徹底して解体された)軍部の流れを引いているのが何とも興味深い、というより不気味に思えてならないのですが…。
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