経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

非正規の解放、経済の覚醒

2015年11月15日 | 基本内容
 2020年7月、クミコは、オリンピックの女子バレーボールの会場へと急いでいた。女手一つだから、生活は楽ではない。それでも、選手を夢見る高校生の娘を連れて行けるだけの小さな余裕は持てるようになった。5年前、パート掛け持ちで疲れ果てていた頃なら、とても無理だったろう。それどころか、お金がなくて、部活をやめさせていたかもしれない。そんな親子の危機をいくつも乗り越え、ここまで来た。

………
 「理屈はいいから、母子家庭だけは救ってやれ」、時ならぬ怒声が総理執務室に響いた。「財源が、公平が」と言を左右にする役所の幹部を、総理が一喝したのである。その瞬間、5年後のクミコたちの運命が切り替わった。母子家庭については、年収130万円まで、年金保険料を月額500円に引き下げ、130万円を超えた場合も、急に負担がのしかからないよう軽減されることになった。これで彼女らはパートでも社会保険に加入できる。

 総理が怒ったのも無理はない。経済財政諮問会議の民間議員が11/11に「130万円前後で働く場合に、当面の緊急対応として、負担の公平性を踏まえつつ、社会保険料負担が増加する主婦等の負担軽減を検討すべき」と提案したにもかかわらず、役所はさっばり動こうとしなかったからである。「参院選もあるのに、あいつら俺を追い落とすつもりか」、退散する官僚の背中を眺めながら、総理は一人つぶやいた。

………
 クミコは、店長に呼ばれると、「来月から、6時間と言わず、思い切り働いてください」と申し渡され、狐につままれたような感じがした。「保険料負担を渋って、働かせなかったくせに」と、手のひらを返したような態度にとまどいつつも、これで、パート掛け持ちをせずに済ませられるかもと、内心ほっとした。「とにかく、この店で、がんばろう。チャンスをものにして、部活で娘が使うシューズのお金をなんとかしなきゃ」

 世の中は現金なもので、それまでは、「子供の病気ですぐ休む」などと嫌味を言っていたのに、年金保険料の負担がほとんどないとなったら、「母子家庭のおかあさん大歓迎」である。実際、彼女たちは生活がかかっており、必死に働くから、押しなべて成績は良かった。その場を与えれば、すぐに分かることで、お役所の怠慢で放置され続けた社会保険の「壁」さえなければ、本来の持てる力が解放されるのである。

 この成功ぶりを見て、声を上げたのは、独身の若年層だった。「正社員になれずとも、もっと長く働きたい」、「国保や国年から脱して、正社員と同じく安定して社会保険に入りたい」というのは、切実な願いだった。これに押された政権は、ついに年金保険料の軽減を全パートに拡大することを約束するに至る。母子家庭への「情け」が、日本経済を覚醒させる「蟻の一穴」になって行く。

………
 社会保険の適用拡大は、労働力供給を高めて、成長を押し上げただけでなく、意外な効果も生んだ。正社員の長時間労働が減り始めたのである。パートの労働時間を押し込めなければ、正社員が無理をして補う必要がないという、ごく当たり前の理由からだった。そして、パートも正社員も同じ社会保険に入り、労働時間も大差なくなると、「身分」で差別するのが不自然になる。

 そんな中、「全員正社員」を宣言する企業が現れた。人事担当者は不況時の人員調整を思って反対したが、社長は言い放った。「そん時は、全員が短時間労働で我慢すりゃ、ええやないか。苦楽を共にする、そんな経営がしたかったんや」 創業者でなければ、なかなか言えないセリフだったが、ものごとの本質を衝いていた。社会保険の壁なしに、労働時間が調整できるなら、雇用期間を限定する必要性は薄い。

 こうして、日本から非正規への差別が消えていった。掛け声だけの「同一労働、同一待遇」が、まさか、母子家庭への特例から実現するとは、思いもよらぬ展開だった。差別が消えれば、継続雇用の下で、誰でも育児や介護の休業を取れるようにもなる。柔軟な働き方で生産性が向上し、成長は高まり、財政まで改善した。若年層の待遇が向上すると、結婚も増え、出生率は1.8を望むところまで伸びた。日本の未来を危ぶむ者は、もういない。夢の実現は、案外、手に届くものだったのである。

………
 オリンピック女子バレー準決勝の最終セット、日本代表のエースが勝利のスパイクを打ち込み、銀メダル以上が確定すると、場内は地鳴りのような歓声に沸き、総立ちとなった。クミコと娘も飛び上がって喜び、抱き合った。その時、「おかあさん、バレーをありがとう」という言葉が聞こえ、クミコの脳裏に5年間の苦労がよぎった。あの時、チャンスをつかめたから、今がある。頬を伝う涙は、ニッポンの勝利を祝うだけのものではなかった。

※以上はフィクションであり、以下のみがノンフィクションです。
※内容の説明は、11/22の「解題」に記してあります。


(今日の日経)
 パリ同時テロ。配偶者手当見直し就労後押し・経団連。求人なくて働けず失業は解消。

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2 コメント

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Unknown (基々)
2015-11-16 22:26:19
我が身稚児たちよ

我の原を出
我の棟を得
我の手にて土肥し葦をもて
何をしようぞ何をしようぞ

轍となるか和での血となるか
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Unknown (Unknown)
2015-11-16 23:53:14
リフレ派現実を直視してw
どんな気持ちで自民党に投票したの?
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