経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

世代間のフェイク・ニュース

2017年05月07日 | 社会保障
 肺がんとライター所持の間に密接な関係があるからと言って、がん対策でライターを撲滅したりはしない。真の原因は、喫煙であり、ライターは喫煙の反映でしかないからだ。では、世代間に損得があるからといって、給付と負担を是正することは正しいのか。実は、損得の原因は、給付と負担ではなく、少子化にある。つまり、財政当局系の人に多い、「世代間の不公平を是正するために負担と給付を見直せ」という主張は、フェイク・ニュースということになる。

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 世代間の損得は、賦課方式という世代間の支え合いの制度の中で起こる。賦課方式は、親への給付を子の負担で賄い、その子の給付を孫の負担で賄うという連鎖だ。公的年金が典型だが、医療保険も、医療費の1/3を後期高齢者が占めるので、ここにも賦課方式の要素がある。この賦課方式では、長寿化や給付増で得、少子化で損という現象が起こる。もし、長寿化だけなら、すべての世代が得をして、損する世代がないという不思議なことにさえなる。

 フリーランチはないとする経済学の直観に反することが起こるのは、期間が無限だからである。長寿化が起こると、長くなった給付期間を賄うために、現役世代の負担を増やす必要があるが、負担をした現役世代も、いずれは長くなった給付期間を享受するので、損にはならない。むしろ、その間に更に寿命が延びれば、得になる。損を被るのは、支える者なき最終世代だけである。その出現は絶滅を意味するので、損得以前に脱すべき問題だ。

 実は、少子化というのは、この絶滅が少しずつ現れる現象である。行き着く先は、絶滅だから、年金制度を対応させるどころの話ではない。制度が維持されても、日本人が絶滅していたら、意味がなかろう。結局、世代間で損得が現れるのは、世代による給付と負担の過不足ではなく、すべて少子化が原因である。それなのに、負担と給付の是正に血道を上げ、少子化を放置するなど、亡国としか言いようがあるまい。

 財政当局系の人は、一般の人の「世代間での損得は、給付と負担の過不足のせいだろう」という予見を上手く利用している。がんとライターに相関関係があるというデータに嘘はなく、世代間で損得が見られるのも、そのとおりだ。しかし、ライターが原因でないように、損得の本当の原因は、少子化、すなわち、員数にあって、1人当たりの給付と負担ではない。これは、見方や価値観で変わるものではなく、数理的な帰結だ。意図的に主張するなら、フェイクとされても仕方のない行為である。

(図)



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 少子化による損を解消するのは簡単で、子供のない人には年金を給付しないだけで済む。望んで結婚をせず、子供もいらぬのなら、養育の負担を免れた分を老後の備えにして、他人の子供の世話にならないようにする。こうすれば、世代間で損が生じないのは自明だろう。ただし、これには倫理的な問題が伴う。現実には、健康上や経済上の理由で、望んでも得られなかった人がたくさんいるからだ。

 健康上の理由の人は限られるので、そうした不運は、保険の観点から、全員が多少の損を承知で負担することは説得的だ。問題は、経済上の理由である。例えば、就職氷河期で非正規にしか就けず、家庭を持てなかった人に、老後も自己責任だとするのは、あまりに酷だろう。しかも、その就職氷河期は偶々でなく、過激な緊縮財政がもたらしたデフレという人災なのだから、なおさらである。

 厚生年金の場合、そうした子供のない人の給付は、積立金や税で賄う形になっている。したがって、若い人らが「世代間の不公平があるから、保険料が返って来ないのでは」と不安になる必要はない。「世代間の不公平」は、財政再建のために、社会保障の給付減と負担増を押し通すためのネタでしかない。むしろ、若い人らは、子育て支援や非正規の軽減を求める方が理に適う。それでインフレになったとして、困るのは、持たざる若者より、金持ちの年寄りではないか。

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 世代間の不公平の原因は少子化に在り、子のない人をいかに減らし、どう支えるかが問題だ。その本質が分かれば、景色は違って見える。「こども保険」は、子のない人の自己責任を問う代わり、子のある人を有利にすることでバランスを取るものだ。本質を突いているので、保険として難があるにもかかわらず、理があると感じるのである。使い途も、少子化克服のため、薄撒きではダメだと悟ることができよう。

 今週の日経の経済教室は、シルバー・デモクラシーがテーマだったが、おそらく、将来の利害対立は、世代間では起こらない。「育ててくれた親以外の高齢者を、なぜ、支える義務があるのか」という現役世代からの素朴な疑問から発する、子の有無による対立となろう。「子の有る高齢者+現役のその子」の連合に対し、子のない高齢者は、少数派ゆえ、多数派の温情にすがる立場となる。これが寛容であるよう少子化を緩和し、国民の分裂を未然に防ぐことが、財政再建に勝る、現下第一の政治課題である。

 かつて、この国は、「満蒙は日本の生命線」というフェイク・ニュースで道を誤ったことがある。本当の生命線は、平和の下の通商であり、米国の輸出する石油であった。植民地の重要性に嘘はなかったが、本質は覆い隠されていた。世代間の不公平に惑わされ、財政再建に意を注ぐうち、少子化対策に後れを取れば、同じ国家崩壊の悲劇を招く。社会保障を専門にする人ほど、「不公平に拘るのはどうか」という意見になる。有望な若手政治家が為にする論に憑かれる様は見るに忍びなく、日経には「嘘でないなら書いて良い」と考えてほしくない。


(今日の日経)
 日銀総裁、教科書通りできない。風見鶏・習氏人気 好機かリスクか。

 ※金融緩和より需要リスクが遥かに強力なんて、教科書にはないからね。

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