震災のようなショックが襲ったとき、経済運営で最も注意すべきは、それで成長を失速させないようにすることである。ショックが起こると、一時的にしろ、生産、消費の減退は避けられない。そして、それが更なる停滞に結びつかぬよう、スパイラルを断ち切ることが重要なのである。
しかるに、日本の財政当局は、震災ショックを乗り切ったあと、景気が力強く回復し、インフレ懸念が出てから必要になる「復興税」のことばかりを考え、当面の震災ショックに対する舵取りを、まったく考えていない。これは極めて危険な傾向である。それに安易に乗っかっている、政治、マスコミ、有識者とも、何と能天気なことか。
日本では、財政当局が説明しない事実は無いことにされる。復興予算を考える際、基礎になるのは、2011年度の財政状況であるが、これは前年度補正後より、4.3兆円の緊縮財政になっている。したがって、震災に際し、4.3兆円の国債を追加し、財政中立に戻すことで対応するのが常識的な経済運営である。
おそらく、震災前の財政当局のシナリオは、景気が順調に推移すれば、昨年度と違い、予備費(1.2兆円)や補正予算を使っての景気対策をしなくて済み、合計5.5兆円の財政再建が達成されるという思惑だったと思われる。また、税収の見積もりを過少に操作していたので、これで、更に3~4兆円程度の財政再建もできると踏んでいたのではないか。
筆者は、このような目論見が分かっていたので、日本経済は、こうした財政デフレの重荷を背負わされ、足取り重くしか成長しないだろうと予想していた。それでも、2012年度には、やたらな消費税増税さえしなければ、遂に「失われた15年」のトンネルを抜けて、3~4%の成長へと向かえるのではと希望を持っていた。
日本の財政当局は、現状が4.3兆円の緊縮財政であることを口を噤んで説明しない。日本のトップエリートも、「予算の説明」に書いてあることなのだから、重要情報くらい、自分の目で確かめればよさそうなものだが、それを怠っている。結果として、前年度並みの赤字財政すらも極度に恐れ、今度の1次補正後でも、財政中立にしないようである。
すなわち、日本は、震災ショックを受けたにもかかわらず、依然として緊縮財政を続け、日本経済に重荷を背負わすことをやめないということなのである。正直、常軌を逸している。こんな経済運営を是とするようなエコノミストは世界にいないだろう。日本にいると、何か狂気の渦に巻かれているような気すらしてくる。
どうして、これほどまでに日本の財政当局は経済に無知なのだろう。その反面、世間の目を偽り、分からないように緊縮財政を仕掛ける政治的な巧妙さは恐ろしいほどだ。日本の財政当局には、学位を持つエコノミストは、今でもほとんど居ないらしい。これは途上国でも見られなくなった状況ではないか。単に無知なら、いずれ権力を失おうが、政治には長けて、権力は握り続けるのだから、なお始末が悪い。
日経は、先週、経済教室で「復興財源を考える」を連載したが、増税論議で最も重要な、どういうタイミングで実施するかが抜け落ちている。森信先生の所得・法人税でも、田近先生の消費税でも、はたまた、今日の日学の固定資産税でも良いのだが、デフレの状況で、増税ができると本気で思っているのかね。
日本の有識者は、全体状況での位置づけを考えず、税目をどれにするかといった、テクニックに走りがちだ。柳川先生や竹田先生の債権管理に関する工夫も興味深いのだが、こうしたことができるなら、赤字国債も出せる資金需給の状況にあると判断できるわけで、どの程度、復興財源を捻出できるかという問題に還元されるように思われる。巷間言われる「復興債」も、建設国債の別名に過ぎず、名づけによって発行額の制約が変わるものではない。
結論から言えば、5兆円の補正予算を行い、歳出規模を昨年度並にして、財政中立にすべきである。ここまでは普通に赤字国債で賄っても何の問題もない。増税については、5兆円の金利と1/60の償還分について行えば良い。およそ2000億円であり、法人減税を1%戻すだけで十分用意できる。これだけすれば、マーケットが不安に思うことはあり得ない。
財政再建が心配なら、一定以上の成長率や物価上昇率になったら、消費税を1%だけ上げると宣言しておけば良かろう。所得税は、年少扶養控除の廃止の影響が拡大していくので、放っておいても増税になる。これで財源が用意されるのだから、子ども手当をいじる必要はない。子ども手当を廃止すると、経済が復興から癒えきらないところで、デフレ圧力をかけるという、極めて間抜けな話になる。
自民党は、一次補正の対案を出してきたが、政府案以上に拙劣だ。震災ショックが危ぶまれる中で、子ども手当の廃止を打ち出しており、経済状況を無視した、非常に政治的な内容である。同じバラマキをやめるなら、高速割引の早期廃止であろう。来年度以降にやめるとすれば、当面の経済への影響は少なく、1兆円の財源を作れる。しかし、これには、ほとんど手を着けない。バラマキを批判しながら、自民党政権下で始めたものには甘いのだ。
全国紙では、政府が妥協し、野党と協力して、震災に当たるべしという論調が強いが、大連立が成立したら、そこで行われる経済運営は、今以上の経済への「逆噴射」になるだろう。これでは、管政権がふらつきながらも続くことがマシに思えるほどだ。日本の政治の経済感覚の無さには、ほとほと呆れてしまう。
ところで、復興の財源論で不思議に思うのは、森信先生でも、田近先生でも、5年とか、3年とかの短期間で償還をしようとすることだ。復興予算にはいろいろなものが含まれるが、広い意味での社会資本の再構築であり、国債の一般ルールである60年償還でかまわないはずである。30年に短縮したとしても、4000億円の財源確保で間に合う。あとは、経済状況と相談し、早期償還を目指せばよい。震災ショックに見舞われ、景気回復の見通しも立たないのに、何兆円もの増税を提案する感覚は理解しがたい。
これは、財政当局が醸す、世の中の財政再建の空気に冒されているのだろう。復興のための財源は、償還が終わっても廃止にはならず、財政再建の手段へと切り替えられるだろうから、大きな財源確保こそ意味がある。こういう巧妙な政治的な動きには、ナイーブな学者などは、ひとたまりもない。財源論で、唯一、議論できるレベルに達していたのは、大和総研の武藤敏郎さんだけである。財政の「蛇の道」を行くには、彼ぐらいの経験がいるのだ。
筆者からすると、震災後の経済運営は、リーズナブルに行えば、特段の難しさはない。難しくしているのは、経済状況を考えず、政治的主張を持ち込んだり、財政再建の野心を織り込もうとするからである。経済が危うい状況において、被災者をダシにするようなまねは、やめてはどうか。
日本の低レベルの経済運営に合わせた議論をしてきたが、本当は、ビルトインスタビライザーの状況、例えば、税収などがどのように振れるかも見なければならないし、地震特会の取り崩しも含め、保険支払いによるマクロ的な影響も考えておく必要がある。しかし、日本は、こうした議論以前の段階にあり、経済的な「自殺行為」をさせないことが最大の課題になっている。
震災に直面して、日本人の強さを感じることが多かった。日本人であることが誇りにさえ思えてくる。それに比して、財政当局の愚劣さは、一体、何なのだろう。これを正しさえすれば、否、バカなことをやめ、平凡な財政をするだけで、国民の力が活かされて、必ずや日本は復興することができるだろう。
(今日の日経)
小売出店が高水準、消費回復を見込む。復興財源は高齢層の寄与重要・学術会議。国家退場はあり得るか・滝田洋一。中東政変で武器流出。中外・外国だけが情報不足なのか・小林省太。コメ不足懸念は小さく。読書・国家は破綻する、想像するちから。
しかるに、日本の財政当局は、震災ショックを乗り切ったあと、景気が力強く回復し、インフレ懸念が出てから必要になる「復興税」のことばかりを考え、当面の震災ショックに対する舵取りを、まったく考えていない。これは極めて危険な傾向である。それに安易に乗っかっている、政治、マスコミ、有識者とも、何と能天気なことか。
日本では、財政当局が説明しない事実は無いことにされる。復興予算を考える際、基礎になるのは、2011年度の財政状況であるが、これは前年度補正後より、4.3兆円の緊縮財政になっている。したがって、震災に際し、4.3兆円の国債を追加し、財政中立に戻すことで対応するのが常識的な経済運営である。
おそらく、震災前の財政当局のシナリオは、景気が順調に推移すれば、昨年度と違い、予備費(1.2兆円)や補正予算を使っての景気対策をしなくて済み、合計5.5兆円の財政再建が達成されるという思惑だったと思われる。また、税収の見積もりを過少に操作していたので、これで、更に3~4兆円程度の財政再建もできると踏んでいたのではないか。
筆者は、このような目論見が分かっていたので、日本経済は、こうした財政デフレの重荷を背負わされ、足取り重くしか成長しないだろうと予想していた。それでも、2012年度には、やたらな消費税増税さえしなければ、遂に「失われた15年」のトンネルを抜けて、3~4%の成長へと向かえるのではと希望を持っていた。
日本の財政当局は、現状が4.3兆円の緊縮財政であることを口を噤んで説明しない。日本のトップエリートも、「予算の説明」に書いてあることなのだから、重要情報くらい、自分の目で確かめればよさそうなものだが、それを怠っている。結果として、前年度並みの赤字財政すらも極度に恐れ、今度の1次補正後でも、財政中立にしないようである。
すなわち、日本は、震災ショックを受けたにもかかわらず、依然として緊縮財政を続け、日本経済に重荷を背負わすことをやめないということなのである。正直、常軌を逸している。こんな経済運営を是とするようなエコノミストは世界にいないだろう。日本にいると、何か狂気の渦に巻かれているような気すらしてくる。
どうして、これほどまでに日本の財政当局は経済に無知なのだろう。その反面、世間の目を偽り、分からないように緊縮財政を仕掛ける政治的な巧妙さは恐ろしいほどだ。日本の財政当局には、学位を持つエコノミストは、今でもほとんど居ないらしい。これは途上国でも見られなくなった状況ではないか。単に無知なら、いずれ権力を失おうが、政治には長けて、権力は握り続けるのだから、なお始末が悪い。
日経は、先週、経済教室で「復興財源を考える」を連載したが、増税論議で最も重要な、どういうタイミングで実施するかが抜け落ちている。森信先生の所得・法人税でも、田近先生の消費税でも、はたまた、今日の日学の固定資産税でも良いのだが、デフレの状況で、増税ができると本気で思っているのかね。
日本の有識者は、全体状況での位置づけを考えず、税目をどれにするかといった、テクニックに走りがちだ。柳川先生や竹田先生の債権管理に関する工夫も興味深いのだが、こうしたことができるなら、赤字国債も出せる資金需給の状況にあると判断できるわけで、どの程度、復興財源を捻出できるかという問題に還元されるように思われる。巷間言われる「復興債」も、建設国債の別名に過ぎず、名づけによって発行額の制約が変わるものではない。
結論から言えば、5兆円の補正予算を行い、歳出規模を昨年度並にして、財政中立にすべきである。ここまでは普通に赤字国債で賄っても何の問題もない。増税については、5兆円の金利と1/60の償還分について行えば良い。およそ2000億円であり、法人減税を1%戻すだけで十分用意できる。これだけすれば、マーケットが不安に思うことはあり得ない。
財政再建が心配なら、一定以上の成長率や物価上昇率になったら、消費税を1%だけ上げると宣言しておけば良かろう。所得税は、年少扶養控除の廃止の影響が拡大していくので、放っておいても増税になる。これで財源が用意されるのだから、子ども手当をいじる必要はない。子ども手当を廃止すると、経済が復興から癒えきらないところで、デフレ圧力をかけるという、極めて間抜けな話になる。
自民党は、一次補正の対案を出してきたが、政府案以上に拙劣だ。震災ショックが危ぶまれる中で、子ども手当の廃止を打ち出しており、経済状況を無視した、非常に政治的な内容である。同じバラマキをやめるなら、高速割引の早期廃止であろう。来年度以降にやめるとすれば、当面の経済への影響は少なく、1兆円の財源を作れる。しかし、これには、ほとんど手を着けない。バラマキを批判しながら、自民党政権下で始めたものには甘いのだ。
全国紙では、政府が妥協し、野党と協力して、震災に当たるべしという論調が強いが、大連立が成立したら、そこで行われる経済運営は、今以上の経済への「逆噴射」になるだろう。これでは、管政権がふらつきながらも続くことがマシに思えるほどだ。日本の政治の経済感覚の無さには、ほとほと呆れてしまう。
ところで、復興の財源論で不思議に思うのは、森信先生でも、田近先生でも、5年とか、3年とかの短期間で償還をしようとすることだ。復興予算にはいろいろなものが含まれるが、広い意味での社会資本の再構築であり、国債の一般ルールである60年償還でかまわないはずである。30年に短縮したとしても、4000億円の財源確保で間に合う。あとは、経済状況と相談し、早期償還を目指せばよい。震災ショックに見舞われ、景気回復の見通しも立たないのに、何兆円もの増税を提案する感覚は理解しがたい。
これは、財政当局が醸す、世の中の財政再建の空気に冒されているのだろう。復興のための財源は、償還が終わっても廃止にはならず、財政再建の手段へと切り替えられるだろうから、大きな財源確保こそ意味がある。こういう巧妙な政治的な動きには、ナイーブな学者などは、ひとたまりもない。財源論で、唯一、議論できるレベルに達していたのは、大和総研の武藤敏郎さんだけである。財政の「蛇の道」を行くには、彼ぐらいの経験がいるのだ。
筆者からすると、震災後の経済運営は、リーズナブルに行えば、特段の難しさはない。難しくしているのは、経済状況を考えず、政治的主張を持ち込んだり、財政再建の野心を織り込もうとするからである。経済が危うい状況において、被災者をダシにするようなまねは、やめてはどうか。
日本の低レベルの経済運営に合わせた議論をしてきたが、本当は、ビルトインスタビライザーの状況、例えば、税収などがどのように振れるかも見なければならないし、地震特会の取り崩しも含め、保険支払いによるマクロ的な影響も考えておく必要がある。しかし、日本は、こうした議論以前の段階にあり、経済的な「自殺行為」をさせないことが最大の課題になっている。
震災に直面して、日本人の強さを感じることが多かった。日本人であることが誇りにさえ思えてくる。それに比して、財政当局の愚劣さは、一体、何なのだろう。これを正しさえすれば、否、バカなことをやめ、平凡な財政をするだけで、国民の力が活かされて、必ずや日本は復興することができるだろう。
(今日の日経)
小売出店が高水準、消費回復を見込む。復興財源は高齢層の寄与重要・学術会議。国家退場はあり得るか・滝田洋一。中東政変で武器流出。中外・外国だけが情報不足なのか・小林省太。コメ不足懸念は小さく。読書・国家は破綻する、想像するちから。
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