経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

経営学者と経済学者の人生訓

2013年02月16日 | 経済
 日経書評に誘われ、クレイトン・M・クリステンセン「イノベーション・オブ・ライフ」を読んだ。経営学者というのは、立派な人生訓を書けるものなのだと、感服することしきりである。お人柄もあるのだろう。その点、経済学者が語るとすれば、「個々の利益追求が社会の利益になるという教えを生かし、卒業する諸君らは…」、まあ、あまり役立つ人生訓にはなりそうもないね。

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 本書で興味深かったことの一つは、金銭的な報酬は、仕事への意欲を増す「動機付け要因」にはならず、欠ければ困る「衛生要因」にしかならないということだ。あくなき利益追求を基礎にする経済学の理論に、いきなり反する話なのだが、クリステンセン先生の方が正しいと思う。「やりがい」こそが人を動かすというのは、組織で働く経験を長くすれば、真実を衝いていると分かる。

 そして、先生は、人生の投資を後回しにするリスクを説く。有能な達成動機の強い人ほど、仕事や昇進などの、今すぐ目に見える成果を生む活動に、無意識に時間や労力を割いてしまい、大事にするつもりだった伴侶や家族を疎かにした結果、孤独で寂しい人生を自ら招くことになるとする。こうした、短期的で具体的な利益を優先するあまり、長期的に欠かせない投資を怠る行動は、ある意味、普遍的である。

 国家レベルで言えば、日本は、財政再建を焦る余り、子どもや若者への社会保障を薄いまま放置し、訪れるであろう人口崩壊を年々確実なものにしている。「人が足りなければ移民で」という説は、「妻が出て行っても、代わりを連れて来ればいい」というのに似た、情の薄さが感じられる。まるで、経済や仕事のために、人や妻が存在するような価値観を想像させるからだ。

 企業でも、当年の利益のために、研究開発や人材育成に手を抜き、長期的な衰退を招いた事例は、掃いて捨てるほどある。経営の苦しいときほど、我慢して開発と育成を続けられるか、それが運命を分かつと言って良いほどだ。クリステンセン先生は、経営学における「理論」を強調しているところだが、そう言って申し分ないほど、多くのスケールで観察できる行動と現象である。

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 経営学における知見が、単なる事例集ではなく、時間と場所を超える「理論」とまで言えるのは、それが人間の心理あるいは行動パターンに根ざしているからであろう。人類史の長きに渡る狩猟採集生活において、最も有効であった行動、それは目先の利益を着実につかむことだったろう。長寿が稀だった時代において、長期的投資の価値が薄かったことは、容易に想像できる。

 むろん、現代に至って、長期的投資が価値を持つ社会を構築した以上、人類史に育まれた心性を理性によって補完し、現世の社会環境に適合させることは、為さねぱならない課題だし、そこに学問的価値もある。もっとも、家族への情愛などの人類史的な心性に合わせ、社会の方を構築するという方向性も在るわけだが。

 経済学は、「理論」経済学と「行動」経済学という区分を持つが、経営学に、理論経営学とか、行動経営学があるとは、寡聞にして知らない。「理論的には上手くはずの経営モデル」なんて、意味が無いし、実際の行動に根ざす研究が当然であれば、わざわざ「行動」を冠する分野を作る必要もなかろう。むしろ、区分を持つ経済学の方が不思議なのであって、基礎とすべき人間の行動パターンを取り違えているのかもしれない。

 もう一つ、本書で特筆しておきたいのは「創発的戦略」の概念である。理屈で戦略を作って事に臨むのではなく、多様な試みやチャンスの中から、上手く行っているものを拡大・強化することで、帰納的に戦略を形作っていくものだ。毎年、成長戦略の焼き直しをしている日本のような国に、是非、聞かせたい話だ。政策を評価せよの声だけは喧しいが、成功している政策を伸ばそうという前向きのものがない。

 財政再建の優先で、何度、成長を失速させても反省がなく、「資金を余らせれぱ成長する」という理屈にしがみつく一方、いまや最大の雇用拡大セクターになっている医療介護について、抑制することだけが国家的課題とされる。北欧の社会保障の形成は、経済成長のための女性労働力の確保という「必要」に迫られた側面もある。「創発的戦略」を、本来的な場所である経国済民にも使いたいものである。

………
 クリステンセン先生は、経営学の理論を「最高の人生を生き抜くために」明らかにしてくれた。「儲けること」を目的とする経営学が、これほど「幸せ」のために豊かな知見を与えてくれるとは意外かもしれない。それは、結局、人間の心性に根ざしているからであり、それゆえ、良い人生訓にもなる。先生は、「正しい問いかけをすれば、答えはたいてい、簡単に得られる」と語っている。クリステンセン経営学は、それに成功しているのである。

(今日の日経)
 今期経常利益が全産業では3%増。小売り、ネット通販1兆円。診断ソフトの販売解禁。進化する宅配・高齢者見守り。大機・既に始まっている財政再建・桃李。素材・燃料在庫8品目増加。ロシアに隕石、衝撃で建物損壊。

※2/14の10-12月期GDPは底入れという評価だろうが、消費は復元しただけ。12月は収入の伸びからすれば出来過ぎ。1月に反動が出ると雰囲気は変わるかもしれない。

※KitaAlpsさん、良いコメントをありがとう。平日の更新がない中でも訪れている皆様、勇気づけられております。

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3 コメント

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Unknown (j)
2013-02-16 21:28:01
今読んでいる「サブリミナルマインド」という
本にも報酬がやる気をなくす心理学の実験の例が多々出ています。
学部生を相手にした計算テスト、小学生を相手にしたお絵かき実験などなど

非常に興味深いです

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Unknown (MO)
2013-02-16 21:57:21
私ももっともこのブログとkitaAlps先生を最も信頼して参考にしております。
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Unknown (Han)
2013-02-19 00:29:46
偉そうな理論ならべるより、強欲な権力者を政治や企業からなくせばいいだけのはなしじゃない。暇なのね、要jは。
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