経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

国民を金持ちにするのは簡単だが

2015年06月14日 | 経済
 現実の経済を考える際には、実物とマネーを分けて考える必要がある。これをイメージさせるために、筆者は、こんな例えを使う。「国民を金持ちにするのは簡単だ。政府が国民全員の預金口座に100万円を振り込むだけで済む。ただし、皆が通帳の数字を眺めて嬉しくなるだけなら良いが、これを下ろして使い始めると、たちまちインフレが進み、100万円の価値は煙のように消える。ゆえに、国民を豊かにするのは難しい」

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 これは、現実には、実物とマネーが乖離する場合があるので、両面を確かめておく必要性を説くものだ。21世紀の世界経済は、バブルによって信用が膨張し、リーマンショック後には中央銀行の流動性が供給されていった。通常であれば、実物とマネーは表裏一体だが、こうした過程を経たことで、マネーの比率は、かつてより大きなものになっている。

 本題は、ここからだ。中銀からしてみれば、マネーが大きくなってしまったので、それがインフレに転じないかと心配になる。そうかと言って、引き締めれば、設備投資などの実物に悪影響が出かねない。他方、政府も、バブル崩壊の過程で財政赤字を膨らませており、インフレに脅威を感じている。緊縮財政に走りたいが、景気が失速してしまうかもしれない。こうしたジレンマが大議論となり、政策が右往左往することになる。

 そもそも、過大なマネーを心配すべきなのだろうか。「通帳を眺めて」もらっている分には構わないはずだ。兆候もないのに、先取りして引締めや緊縮をする必要はない。ジレンマが生じたときは、割り当てる政策手段を増やすのが正しい。インフレには機動的な消費増税、金利上昇には資産課税の強化、個別バブルには融資掛け目のアップといった手段を用意し、いつでも使えるようにしておけば十分であろう。このコンセンサスがないことが真の問題である。

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 過大なマネーに対しては、とりあえず、共存し、コントロールの手段を多くしておくことが肝要となる。そして、最終的に回収する方法を考える際には、持ち手を見極めることだ。今の日本で資金を余らせているのは企業部門であり、マネーは究極的には富裕な高齢者が大半を所有している。

 したがって、それを回収し、実物とマネーのバランスを回復させようというのであれば、法人税を含む資産課税を強化するのが筋である。それを、消費増税に執着し、大衆から所得を吸い上げ、なけなしの貯蓄さえできなくして解決しようとするから、マクロ経済に無理が生ずる。

 また、財政赤字を削減する場合は、それで余らせた資金を何に使うかまで、考えなければならない。設備投資か、住宅か、それとも、輸出か。財政赤字の削減は、ある意味、政治的な腕力さえあればできるが、それで経済を縮小させないよう、同時に設備投資などを増やすには、経済的な解決策が必要になる。これは思うようにはならないものである。

 資金の過不足には、受け手と出し手があることは、経済学の基本だが、日本の財政当局は、よく分かっていない。「低成長を前提に、更に歳出削減を多くすべし」というのは、もっともらしいが、削減で余らせた資金を、低成長の中で、どこに使うのか悩まないからできる発言である。あまりの素人ぶりには、頭を抱えてしまう。

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 実物とマネーの乖離については、公的年金の積立金にも在りはしないかと懸念している。厚生・国民年金の積立金は130兆円もあるが、将来、これを取り崩そうとしたとき、つまり、マネーを実物に変換しようとしたときに、供給力が伴わないと、インフレが進むだけになる。積立金は、需要不足を我慢しつつ、苦労して作ったものなのに、肝心のときに役立たないのでは虚しい。

 だからこそ、本コラムでは、積立金を取り崩しても、乳幼児給付や低所得の若者の保険料軽減を実現し、出生率を回復させて、供給力を高めることを提言している。世間では、世代間格差を言い募り、財政赤字の削減を声高に言う人がいるが、ミクロの個人とは違い、マクロでは、次世代に残せるのは、実物の経済システムだけである。成長より財政を優先し、これを小さくしてしまえば、それこそ世代間格差を作ることになる。

 巨大な政府債務は、次世代の社会に、持てる人と持たざる人との間での面倒な調整という政治的課題を残すことにはなるが、次世代が全体としてどれだけの豊かさを味わえるかは、それと関係なく、実物の経済システムの大きさで決まる。本当の意味で、国の借金と言えるのは対外債務であり、日本は世界一の債権国である。2014年度末の対外純資産残高は、円安もあって6年連続で過去最高を更新した。これが次世代へ引き継がれる。

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 消費増税は、2014年度の経済成長を止め、トレンドと比較すると、GDPを10兆円も小さくしてしまった。1-3月期は在庫が押し上げたので、4-6月期には差が開く可能性が高い。結局、実物の供給力というパイの拡大よりも、部門間のマネーの過不足の調整というパイの切り分け方の変更を優先した結果がこれである。こうなっても、失敗だったという評価すら出て来ないのが現状だ。マネーに惑わされず、国民を豊かにすることは、こんなにも難しい。




(今日の日経)
 食品外食が消費回復にらみ投資拡大。

※毎日エコノミスト(6/16)の佐々木融さんのリポートは興味深かったね。経常収支の改善で円高へ向かうという内容だ。日米の金利差拡大の効果より影響が大きいという指摘は重要である。円安で景気を上向かせながら、緊縮でチャンスを潰すうち、元の木阿弥に終わるのが、いつものパターンなので、気になるところ。

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