経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

ゲーム理論とマクロ経済

2010年10月12日 | 経済(主なもの)
 新聞も休みなので、「もっとも美しい数学・ゲーム理論」(トム・ジーグフリード)という文庫本を読むことにした。ゲーム理論は、ジョン・ナッシュがノーベル経済学賞を受賞したように、経済学で広く使われているが、応用は自然科学にまで広がっているそうだ。ゲーム理論の汎用性が分かるお勧めの一冊だ。ということで、今日はゲーム理論の話である。

 現在の経済学は、個々人が利益を最大化するように行動することを基礎にしている。いわば、そういう戦略をもって個々人が行動した場合、どのような結果になるかを導き出している学問である。その結果は、よく知られているように、資本や労働力が無駄なく使われ、世の中が効率的になるというものである。

 それでは、個々人が利益を最大化せずに、少しずつだが利益を捨てるものだとしたら、どうなるだろうか。例えば、不況のときに、リスクを恐れて設備投資を控えめにし、機会利益の一部を捨ててしまう場合である。その結果は、それぞれが少しずつ利益を捨てたことがリスクを具現化し、更にリスクを高めて、一層、機会利益を捨てさせることになる。

 行き着く先は、資本がだぶつき、失業が爆発しているのに、誰も設備投資しようとしない恐慌の発生である。もし、一部の人が、低金利と低賃金を見て、「そろそろ設備投資をしても良いのでは」と判断しても、大部分の人がリスクを恐れていると、それに押し流されて大損をしてしまう。大勢順応が正しい行動になる。

 同じ論理で、インフレやバブルの説明もできる。個々人が最適な投資よりも少しずつ多めの投資をするとしよう。景気の上り坂や資産価格が上がり気味のときに、チャンスを求め、多少の収益低下や損も覚悟して、多めの投資をすると、チャンスは具現化され、期待は更に高まって、一層過剰な投資を呼び込むことになる。

 このように、経済がゲームだとして、個々の戦略がわずかに違うだけで、マクロの結果は大きく異なってくる。「人は利益を最大化する」と安易に仮定してはいけないというわけで、マクロ的な状況を見れば、そうした仮定は現実と隔たっているように思える。

 もう少し、ゲーム理論らしく説明していくと、不況の場合は、低金利と低賃金を目の前にして、皆が設備投資をするなら高収益が得られるが、自分だけが設備投資をして皆がしないと大損をするというゲームになるだろう。おそらく、均衡解は、控えめに設備投資をするというものだ。これなら、一定の収益は得られるし、大損の可能性も少ない。

 これは、ゲーム理論の囚人のジレンマの状況にそっくりである。自白か黙秘かを迫られた囚人が、共犯者の自白によって長期刑をくらわないによう、自白を選択してしまう。二人にとっては共に黙秘することが最も利益があるのだが、相手を信じられないために、次善のものでしかない自白を選んでしまう。

 企業も、フルに設備投資をすることが最大の利益になると分かっていながら、他の企業が最大の利益を目指して投資すると信じられないがゆえに、機会利益の一部を捨て、控えめな設備投資という次善の策を選ぶのである。むろん、経済全体にとって必要な水準の設備投資が達成されないわけだから、資本や労働力のムダが発生し、そこで均衡することになる。

 この悪しき均衡を破るには、政府が需要を提供し、リスクを癒して、設備投資を導いてやれば良い。政府の役割は、需要不足そのものを補うことにあるのではなく、それによって、企業がフルに設備投資することが正しいと信じさせることにある。経済のムダが解消に向かうのだから、需要以上の効果があることは言うまでもない。

 囚人のジレンマの解消法としては、繰り返すという方法もある。2005年のノーベル経済学賞のオーマンの功績として知られており、要は、繰り返していけば、囚人の間の協調関係ができ、次善の策を取らずに済むようになるというものだ。もっとも、設備投資の場合は、企業が成功と失敗を繰り返せる性質のものではない。結局、繰り返すほどの時間がないということであり、本コラムの「どうすれば経済学」が言うところの「時間の制約によって期待値に従った行動がとれない」という概念に結びつく。

 少し長くなった。いかがだろうか、ゲーム理論を使えば、いとも簡単に不況の理由は分かってしまう。むろん、その処方箋も。筆者は、なぜ、マクロ経済学にゲーム理論を使わないのか、常々疑問に思っている。まあ、真実を語るよりも、「自由にすれば、すべて上手くいく」という思想の方が大事だということなのだろうね。

(今日の日経)
 新聞休刊日

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