大垣市の 親切ていねいな ふすまと内装工事のお店 【創業80余年 林文香堂】 三代目店主の前向きな日記 

明るく朗らかに、人に親切に、素直に、謙虚に、感謝して の五つの基本を胸に、日々の小さなよろこびを綴ります。

暮れゆく2021年

2021年12月30日 | いい言葉
予定では29日に大掃除、30日から休み、のつもりだった。
が、仕事のキリがついてしまい、27日大掃除、28日から休みにした。
加えて今年はコロナその他の事情により、恒例の料亭さんの障子張り替えがなく、
30日31日の稼働もなくなり、結果、長い休みに。

今日はゆっくり起きて、ちまちまと事務所の掃除をして、「ぴあの・ぴあ~の」の入口ドアの修理にお伺いして。
いま5時前だが缶ビールをプシュしてキーボードを叩いている。

28日夜。数年ぶりに高校時代の連れと二人で「ぴあの・ぴあ~の」で5時間食べて飲んでしゃべった。
驚愕の事実もあり、懐かしい話も多々あり。久しぶりだから仕方ない。
そんな中、連れからいい話を聞いた。
「年齢八掛け」 という話だ。

簡単に言えば、現代においては実年齢よりもそれに0.8を掛けた年齢こそが活動年齢・実力年齢ということだ。
具体的に言えば60歳の人は実質48歳と考えて生きよ、ということだ。
なるほど。いい話だ。合点がいく。
連れとは「じゃあこの先もっと遊ぼうぜ!」ということで合意した。

会社の新年会では是非この話を社員のみんなにしようと思う。
アバウト70の彼らが一気に50代後半に若返る!ことを期待したい(笑)(笑)

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合板パネルにユポを貼る(2)

2021年12月28日 | 内装工事
ウォールボンド工業株式会社。
日本を代表する信頼できる接着剤メーカーのひとつだ。われわれの内装工事業界との関わりは非常に深い。
組合の施工講習会でもお世話になった営業の宮河氏に電話したところ、早速名古屋から駆けつけてくださった。

仕事内容の詳細を伝え、試験貼りの状況も伝えたところ、
こちらでも試験貼りし検討したい とのこととなりユポのサンプル片をお渡しした。

一過性大雪の翌日、今日28日。結果を携えて宮河氏が来店され、打ち合わせを行なった。



いただいたアドバイスは、
・合板下地にはアク止め・水分調整の意味から「パラダインセットアップシーラー」を1回塗布するとよい
・接着剤は「ウォールボンドEVー30」と「パラダイン390クリーン」を1:1に配合したものがよい
・接着剤塗布は砂骨ローラーで均一に相手糊するとよい
など、貴重なものだった。

再度当方において試験貼りをした上で本番の施工に臨もうと思う。
裁断も貼り作業も、一発勝負だ。
慎重に行ないたい。

 
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合板パネルにユポを貼る(1)

2021年12月28日 | 内装工事
私や私の子どもたちの母校である大垣市立安井小学校。
PTAの方からご依頼をいただいた。

今年度の卒業式のために拡大印刷した卒業証書パネルを作りたい 「貼り」の作業を頼みたい というものだった。
完成品サイズはW2700×H2000。
パネルをバックに卒業生児童たちが写真を撮れるように、という「映え」を意識したもののようだ。

3分割されるパネルは大工さん(やはり安井小学校OB)が作る。
先日依頼主のPTA役員さんと大工さんとで打ち合わせを行なった。
フレーム材は30×40、ラワン合板は4mm厚、固定は7Jステープル、としていただくこととした。

さて貼るべき紙であるが、紙ではない。PP紙かと思ったが、PP紙ではない。「ユポ」だ。
ユポは選挙の投票用紙にも使われる、樹脂シートだ。

貼ったことがない。でも貼れないことはない。問題は接着剤だ。
サンプルとして提供していただいたユポ印刷物を使って試験貼りを行なった。

接着剤はエチレン酢ビエマルジョンのウォールボンド社の「パラダイン390クリーン」。
これを水で1:1に希釈したものを相手糊し、貼りつけ後スキージでエア抜き・撫で付けをした。
ユポは固く巻きグセが強い。出カドのハネ等も心配したが、接着剤の強さで問題なくおさまった。

乾燥後、剝がしてみた。
合板の目を起こすほど強固に接着していた。とりあえず試験貼りは成功だ。




しかし接着剤の希釈濃度や配合、塗布量にさらに検討が必要だ。
メーカーのウォールボンド工業の営業宮河氏に相談することにした。



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2021積雪

2021年12月27日 | 日記
12月27日(月)
今年はじめてまともな積雪となった。予想以上に積もった。



しかし師走も終盤。今まで降らなかったのがおかしい。
この冬は何度か積雪に見舞われるだろう。なんとなくそんな気がする。

25日は数か月ぶりに後輩二人と「ぴあの・ぴあ~の」で食べて飲んでしゃべった。
河岸を変えることなく5時間くらいか。
仕事の話、印刷物の話、仮面ライダーの話、体調不具合の話、近い将来の話、文字にできない話。。
いつものRコーナーの席で、短髪・坊主の50代のオッサンが3人並んでダラダラと。楽しい時間だった。

新大橋のたもとの広場にはクリスマスイルミネーションが。
きれいだった。




今年ももうあとわずかだ。

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2021密を避けるXマスキャンプ

2021年12月21日 | 日記
12月18日・19日。
健民少年団 密を避けるキャンプを実施した。今年最後の活動だ。
この土日は今年最強の寒波(といってもたいしたことなかったが)のせいで土曜の朝は車や家の屋根が白くなった。

場所は少年団OB所有の私有地。もう何度お世話になったことか。
さすがに明け方気温0度近くなるため野営は中止。OBコウノさんが家の空き部屋を開放してくださった。
ここに一人用テントを建てて団員はここで寝た。



コウノさん談「おれも長いこと健少やっとるけど家の中にテント張るのは初めて見たなあ(笑)。」
あったかいご飯を食べ、ビンゴやプレゼント交換をし、焚き火をし、冬の花火をし、天体望遠鏡をのぞき、
翌日はペーパークラフトでクリスマスツリーを作り、手作りロールケーキを作った。
ロールケーキは化粧箱に入れておうちへのお土産にした。
家庭科実習のような、図工のような。オリジナリティあふれるケーキがいくつもできた。









寒かったが、土曜は午後から夜にかけて風がなく、飯盒でのご飯炊きも夜の焚き火も問題なくできた。
天の神様に感謝申し上げたい。
二日目は若干風があり養老鉄道美濃本郷駅まで徒歩引率したおじさん(自分)は芯から身体が冷えてしまった。
それはさておき、あったかい家とはまったく違う環境での一泊二日を体験した団員の子どもたち。
おもしろかった 楽しかった という声が聞けてよかった。子どもは元気だ。

非日常を楽しみ、不便を楽しむ、それがキャンプ。
今回の経験を経て、必ず心身ともにまたひとつたくましくなってくれたことだろう。

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ふたご座流星群2021

2021年12月15日 | 日記
自分が好きなユーミンの曲のひとつに「ジャコビニ彗星の日」がある。
情景が浮かぶ歌詞、やさしいメロディーライン。なかなか切ない。

2021年12月13日。ふたご座流星群を観た。

数日後に28歳になる息子が高校生だったか中学生だったか。
寒い夜にたたき起こしてベランダから肉眼で空を見上げた思い出がある。
なに流星かは忘れた。

今回はなんと。
YouTube配信のライブカメラで信州の空を、しかも室内で観た。
部屋の明かり消して。
窓辺にイスは運ばずテレビの前で寝そべって。

こんなド贅沢ができる世の中になったんだ。
うれしいような、申し訳ないような。

流れ星はいくつもいくつも観ることができた。
もったいないくらいだった。

IT技術の進歩よ、ありがとう。
と、とりあえず言っておこう。

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またひとり、大好きだった先輩が逝く

2021年12月02日 | 健民少年団
11月30日。健民少年団でお世話になった正美さんが旅立った。
66歳。ガンだった。
自分が小学5年生で入団した当時、正美さんは大学生だっただろうか。
言葉は少ないが優しくてちょっとコワい、存在感のあるカッコイイ人だった。
自分が大学生だった夏休み、正美さんが親方の会社でバイトした。
道路標識やスノーポールを設置する仕事だった。
「ついてこい。」
正美さんはユンボを積んだトラックで先行。
自分はコンクリート基礎をいくつも積んだ2トントラックでひたすら後を追う。
伊吹山ふもとの365バイパスの坂で自分のトラックがしんどがって登らず、ギアを落として落として必死についていった。
余呉湖の湖畔道路に今も並ぶスノーポールは正美さんと自分が二人で設置したものだ。
正美さんの家で麻雀もやった。酒も飲んだ。信州や御殿場のプライベートキャンプにも連れていってもらった。
自分たちの結婚式にも来てもらった。

棺の中の正美さんは眠っているようで、昔と全然まったく変わっていなかった。泣けてきた。
家族葬だったこともあり、親族の皆さんのお通夜が営まれたあとの時間に嫁とふたりで弔問に伺った。
そこにはマミさん・マサルさん・コウノさんという同世代の先輩方が予想通りみえていて、さらに、
カワセさん、カノさん、ほかにも正美さんの健少時代のご友人が数名(名前がわからない人も)みえていた。
そして自分の5つ年下の後輩コースケも自分からの報を受け取って神戸市から(!)走って来てくれていた。
正美さんのご夫人もまた健民少年団つながりの方だったこともあり、弔問の場がにぎやかなOB会のようになった。
友人たちににぎやかに送ってもらえる最期っていいなあ、としみじみ思った。

天上では今ごろ、ひと足早く逝ってしまったバクさんと
「正美~!」
「大場~!」
と再会していることだろう。

どうぞ安らかに。


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