熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立能楽堂…開場35周年記念公演 求塚・見物左衛門・清経

2018年09月25日 | 能・狂言
  この日の《開場35周年記念公演》は、

   仕舞 求塚 (もとめづか)  髙橋 章(宝生流)
   狂言 見物左衛門 (けんぶつざえもん) 深草祭(ふかくさまつり) 野村 萬(和泉流)
   能  清経(きよつね)  音取(ねとり)  友枝 昭世(喜多流)
   
   人間国宝野村萬の20分の独演で魅せる「見物左衛門」と、同じく人間国宝の友枝昭世の「音取」で見せる「清経」が、素晴らしい至芸の披露で、観客を魅了。
   3年前に、人間国宝で弟の野村万作の「見物左衛門」を観て感激したので、和泉流の至芸を、2度も鑑賞できるのは、幸せの限りであった。

   能「清経」は、何度か鑑賞の機会を得ているが、「替之型」で、「音取」は、初めてであった。
   シテ/平清経(友枝昭世)の霊が、囃子の笛の音に導かれて登場する演出で、この日、惜しくも急逝された笛界の至宝藤田六郎兵衛宗家に代わって、松田弘之師が笛に立ち、いつもの笛座から一歩正面に前進して、地謡前に陣取って揚幕方向を向いて端座し、しっとりとした美しい音色を響かせて、清経を誘う。
   天国からのような美しい笛の音と水を打ったような無サウンドの静寂が、交互に舞台に期待と緊張の高まりを増幅させる中を、揚幕から顔を覗かせた清経が、ゆっくりと橋掛かりを歩み、妻の夢の中に姿を現す。
   時間が止まったような、永遠に時がフリーズしたような、神懸りとも言うべき能の凄い世界に引き込まれて行く。
  
   ところで、この能「清経」は、平家物語を題材にしており、
   平家物語 巻第八「太宰府落」に、清経入水の状況が次のように描写されている。
   小松殿の三男、左中将清経は、もとより何事も深う思ひ入り給へる人にておはしけるが、月の夜、心を澄まし、船の屋形に立ち出で、横笛音取り朗詠して遊ばれけるが、「都をば源氏のために攻め落とされ、鎮西をば維義がために追ひ出ださる。網にかかれる魚のごとし。いづくへ行かば逃るべきかは。長らへ果つべき身にもあらず」とて、静かに経読み念仏して、海にぞ沈み給ひける。男女無き悲しめども甲斐ぞなき。

   興味深いのは平家物語も最終巻の「灌頂巻」の最後の最後、「大原御幸」と「大往生」に挟まれた「六道」に、建礼門院が、
   さても筑前国太宰府といふ所にて、維義とかやに九国の内をも追ひ出だされ、・・・昔は九重の雲の上にて見し月を、今は八重の潮路にながめつつ、明かし暮らし候ひしほどに、神無月の頃ほひ、清経中将が、『都をば源氏がために攻め落とされ、鎮西をば維義がために追ひ出ださる。網にかかれる魚のごとし。いづくへ行かば逃るべきかは。ながらへ果つべき身にもあらず』とて、海にしづみ候ひしぞ心うき事の始めにて候ひし。
   と述懐しており、この清経の入水が、「心うき事の始め」、すなわち、平家滅亡のさきがけだったと嘆いていることである。
   崩れ行く運命に過ぎないのだが、最後でトドメをさすなど、平家琵琶法師の鋭い詠嘆でもあって興味深い。

   この能は、能楽文化振興協会のHPには、
   貴公子でプライドも高い平家の公達が戦い敗れることを恐れ、悩み苦しみ精神的に追い詰められる様子が見事に描かれていて、・・・修羅物でありながら夫婦の恋慕の情を色濃く表現した幽玄能

   「思想としての無常」をテーマにした曲だと言うのだが、テーマは兎も角、平家にとっては、門院や妻が、清経に責めるように、最後まで運命に任せて戦い抜くのが男であって、敵前逃亡など「なさけない」と言うのが、正直なところであろうか。
   世の無常を悟得したとかで、勝手に入水して遺髪を残し、その形見の遺髪を妻が受け取りを拒否して送り返したので、霊となって登場して妻を難詰すると言う女々しさも面白いが、とにかく、清経夫妻の痴話げんかを、高尚な能に仕立てた世阿弥が偉大なのであろう。
   清経が、死後、修羅道に陥ったのは当然としても、それも一時的なもので、「静かに経読み念仏して、海にぞ沈み給ひける」と、入水直前に唱えた念仏の功徳によって、成仏することが出来たと言って終わる。と言うのも、取って付けたような話なので、随分、シェイクスピア劇を読み観続けた人間にとっては、ストーリー展開などつまらないことが気になって、能鑑賞のイロハさえミスっているので苦労している。

   友枝昭世師の能舞台は、「羽衣」を皮切りにして、もう、10回以上は鑑賞させて貰っている。
   国立能楽堂の公演が主だが、最高峰の能舞台を、少しでも脳裏に刻み付けておこうと、分かっても分からなくても、一生懸命に聴いて観ている。
   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする