都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

孤児院見学

1992-10-12 | ロシア  

1992.10.12(Mon) Vladivostok

 15:30、平和委員会の人の案内で、空港から4km程度離れた所にある孤児院へ向かう。

 16:00、孤児院に到着。外壁がタイル張りの近代的な3F建て建物だ。タイルで子供や太陽の絵が描かれ、児童・少年教育施設であることが表されている。ロシアにはモニュメントも多いが、このようなモザイク壁画が作られていることも多いようだ。ここには3~17才の身寄りがない、もしくは何らかの事情で両親と同居できない少年少女がいるという。家庭の事情と言われてもにわかには思いつかないが、例えば親が暴力を振るったり、アルコール中毒である家庭などだそうだ。寒いからかロシアではアル中が特に多いという。ウォッカを沢山呑んでしまうからだろうか。

 孤児院の先生は、突然の訪問者である私達を皆暖かく出迎えてくれた。どうぞどうぞ御覧になって下さい、という感じ。しかし訪れたこちらはやや複雑な気分だ。飛行機待ちの間の突然の訪問である上、どちらかといえば観光モードのはずなのに、まじめに見学することになってしまった。

 恐らく平和委員会という福祉系の団体だからなのだろうが、なぜ孤児院を訪れなければならなかったのかが、いまひとつ判らない。日本なら、時間が空いたら何かもう一つ観光地に行くところだ。或いは問題提起をして協力を訴えているのかもしれないが、そうだとしたらやや相手が違うような気もする。こういうところに行くのが嫌だというわけではないが、本来の渡航目的がそういう視察ではなかったので対応に苦慮してしまう。そんなわけでやや及び腰になりながら施設を見学することになった。もちろんこのようなやや不幸な境遇の子供達にも、例えば日本人という外国人と接する機会を与え刺激を与える、というのは一つの考えとして理解は出来るのだが・・・。

 施設の中をくまなく見て回るのにさほど時間は掛からない。小さな子がいろいろなことを教わっていたり、少女がミシンでちょっとした服を作っていたりする。作ったものは売ったりして収入の足しにもしているらしい。マンドリンやバラライカの合奏を披露してくれた子供達もいた。確かに、こんなに可愛らしい子供達が親と離れてここで生活しなければならないというのを目にすると複雑な気分になる。また私たちがそれに対して特に何かを出来るわけではないというのも、無力感があることだった。ただどうやら、今回の我々の旅費から平和委員会が得る収入の一部は、これらの事業に回っているようであり、そういう意味では少しホッとする。もしかすると収入の使途の一端をPRしていたのかもしれない。そう考えると少し私たちも安堵するのだった。

 食堂はこぎれいになっている。その壁には周辺の森の様子が描かれており、これも子供達の作品だという。傍から見ると可哀相にも思えるのだが、彼らがはにかみながらも明るい笑顔をしていたのを見て、ここにいる方が場合によっては幸せであることもあるのかもしれないとも思う。

 彼らと記念写真を撮り、私たちはまたバスに乗って孤児院を後にした。別れ際、見えなくなるまで子供達が入口に立って手を降り続けていたのが印象的だった。

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