都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

神田女学園

2006-08-12 | 千代田区 

 駿河台の丘の上の文化学院が取り壊されたが、丘の下の神田女学園の方も、既に完全に足場で囲われ、解体が始められていた。

神田女学園
所在地:千代田区猿楽町 2-3
建設年:1935(昭和10)
構造・階数:RC3(後に4F増築?)
2006.6解体、2008年春までに建て替え
Photo 2005.3.25

 神田女学園のHPには、建て替え後の予想図がある。こちらのほうは文化学院のケースより現状のものに近く、建物をそのまま7階建てに延ばす感じで計画されている。コーナー部が丸く、そこに出入り口が設けられ、時計の下に縦書きで神田女学園と記されるのは現在と同じ。aneppeさんの「秋葉OLの楽しみ探し」でも触れられているとおり、イメージの継承を考慮した跡が見られる。

 写真では4階建てなのだが、日本近代建築総覧で確認すると、神田女学園は鉄筋コンクリート3階と記されている。写真を見直すと、たしかに壁面のアーチレリーフは3階までだし、窓割りも3階までと4階では全く異なる。壁面も4階はわずかに奥に引っ込んでいて、雨樋は3階から付く。というわけで、今までは気づかなかったが、当初はやはり3階建てで、かなり横長のプロポーションだったらしい。玄関の庇がカーブを描いてスーッと延びるのも、横長の流れるような形を強調するものだったのだろう。玄関のある角の方から見ると、かなりスマートで格好良かったのではないかと思われる。

 資料が正しいのなら、後に4階建てに増築されたわけだが、その窓が横に連なっているので、横長の印象はあまり崩れなかったのではないだろうか。カーブを描いて長く尾を引くような校舎が、訪れる人に流麗な印象を与えていたような気がする。

 今回は従来と似たデザインで、当初の倍以上の7階建てに建て替えられる。建て替えでは、個々のパーツのデザインは大体継承しているのだが、全体のフォルムは、横長から、縦長というかボックス状のものになる。

 建て替えてヴォリュームを増加させるとき、この全体のプロポーションや雰囲気の維持というのはなかなか難しい、というかほとんどの場合、維持することができない。だが神田女学園の場合、パーツのデザインを似せてイメージの継承には配慮をしているようなので、是非、流れるようにスマートな印象も再現して欲しいなと思う。

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #近代建築  #学校 
コメント (8)
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