まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

今朝は万葉集、巻7・1222で始めるとします

2017年06月14日 | Weblog

 玉津島 見れども飽かず いかにして

 包み持ち行かむ 見ぬ人のため

と言うわけだ。

冒頭の、玉津島、と言うのは、和歌山県にある、風光明媚なところらしく。

和歌の浦、にあると言う。

そもそも、和歌山県の、和歌も、聖武天皇がゴッドファーザーのようで。

玉津島神社のご祭神は、お三方のようだけど、そこへプラスするに、明光浦霊(あかのうらのみたま)とある。

あかのうら、が、わかのうら、に転訛したんだろうね。

明るい光のさすところかね。

それはともかく、上記、和歌の、包みもち行かむ、と言う語句が、なんともいわく言いがたい。

何年か前に、琵琶湖、湖東三山の紅葉に出会った時に、紅葉狩り、と言う言葉は、こんな時に使うのか。

なんて気分になるくらいの、見事な紅葉を目の当たりにしているんだけど。

それと似たものがあるな、たぶん。

どうしたら、この素晴らしい眺めを伝えることができるものか、と言うね。

でも、伝えきれない、だって、持ち帰ることはできないんだもの、と言う慨嘆。

文学者のような生物学者、福岡伸一さんが、言ってるらしい、芸術は、と。

複製されると命の輝きが失われる。

コピーできない、絶対的なものとしてそこにある、とでも言えるか。

その福岡さん、NHKのEテレで、坂本龍一と対談したらしく。

そこで、また坂本龍一も、音の本質は予測不可能性と一回性、なんてこと、言ってるらしく。

思わず、NHKのアーカイブス、月額980円也、っての、登録しちゃおうかな、なんて気にもなったり、ね。

しなかったけど。

なんてことが、玉津島に連なる感懐として、わが身に起こったわけだ。

それにしても、万葉集ってのは、なん年くらい前になるのか。

2000年はいかないか。

何れにしても、そんな昔、わがご先祖様がたも、これ、わかるかな、わかんねぇだろうな、なんて言うくらいの。

風景を、味わっていたんだよね。

くだんの坂本龍一は、私たちは、宇宙のノイズの中へ入っていく、内部観察者であるべきだ。

とも、言ってるらしく。

さらに、宇宙の本質は、混沌でありノイズであり、なんてことも。

この辺りまで来ると、教授、と呼ばれていたのも、わかるね。

にしても、混沌、と言うのは、いいね。

って、そりゃ、混乱に通じ、よくないことじゃね、くらいに言われそうだけど。

勇気、と言うのか、チャレンジ、と言うのか、そんな気配が濃厚なんだよね。

いや、勇気、とも違うか。

ただそこにある、って感じかな。

この時代には、SNSと言う総称で、わが身を晒す、なんてこと、大流行りで。

かく言うあたくしも、こんなブログ、長の年月、書き連ねているんだけどね。

さらには、Facebookなんてので、日がな一日を暮らす、ってわけだ。

そこへ、マーケティングがなんとやら、みたいな言説も挿入され、現世の時間が、いっぱいいっぱい。

自分の外のものに占領され、気がつけば、一年経つの、早いよね、みたいな。

どうも、今朝は、万葉集の毒気にあたりつつのブログと相成り候、だ。

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