紫紺のやかた

紫紺のやかた

万年青(おもと)の株分け

2024-03-28 11:58:34 | 
   先月末、ようやく万年青のプランタが混み合ってきたのを解消する為に、ようやく重い腰をあげて、株分けをしました。
    初めての経験でしたが、何とかできたようです。
写真の通り、枯れずに一ヵ月経過しました。寒い時期を乗り越えることが
できたので、これで大丈夫かと思います。
    アロエは、何回もやって慣れていますが、今回どうなることやらと
見守っていました。
 前回の投稿でも記述しましたが、亀は万年、鶴は千年と子孫繁栄の
象徴ですが、『万年青』(おもと)も漢字の示す通り子孫繁栄を願って、
育てている方も少なからずいるかと思います。
 写真に赤い実がなっていますが、これも赤くしっかりしていて、見て
いて安心感があります。
 昨年、初孫に恵まれ、今年の2月にお陰様で、満一歳を迎えることが
できました。
 万年青のご利益もあったのかなと勝手に思っています。
                          以上
                2024.3.28  tko


今年のお花見会 桜咲いているかな

2024-03-22 14:34:07 | 樹木観察散歩
 2月末か3月初め、今年の東京の桜の開花が3月20日頃との報道があったように思う。昨年は開花が3月11日で満開は3月22日だった。逗子は東京と同じか2~3日遅いので、早々と予定を早め3月24日(日)に明大校友会のお花見会をすることに決めている。
 昨日は春のお彼岸でお墓参りに行った。前日の20日の春分の日に多くの方が墓参されたようでどの墓にも新しい花が供えられていた。花に風車を添えているものもあり幼い子でも亡くなったのかと思われた。延命寺前のバス停脇の桜はまだ茶褐色の堅い蕾のままで我が家の墓の近くの桜も同じ状態だった。共にソメイヨシノの古木です。帰りに田越川沿いの桜の開花状況も杖散歩がてら見ました。ソメイヨシノは悉く堅い蕾のままで、古木の枯れた後に植えた神代曙桜は開花が間近を思わせ一部の蕾が赤みを帯びていました。仲町橋傍の教会横の大島桜は葉と花が同時なので全体的に緑色を帯びて1か所のみ5枚花が開いていました。思い出してその先にあるアンズの花はどうなのかと思って行ってみると沢山の白い花を付けていました。
 仲町橋に戻って長椅子で休憩し対岸に花蘇芳のようにまっすぐ伸びた枝に赤い花が沢山ついているのが目に留まり見に行きました。この花は花桃で八重咲きではなかったので矢口という雛祭りに使われる桃と思う。そのまま逗子4丁目の車道を通り逗子小学校裏に出て帰ってきましたが、途中雪柳、ボケ、赤い椿、紅白絞り椿、常盤万作、海棠、1本の木から紅白の花が付いている源平桃の花を見ました。狭い路地にある阿部さん宅の大山桜が赤みを帯びた若葉を付けてほぼ満開だったのには驚きました。
 現在我が家の木の花はピンクの乙女椿と暗赤色の三つ葉あけびの小さな花ぐらいです。今は木の新芽を鑑賞する時期で、ガマズミやイボタノキは既に気持ちの良い黄緑の葉を広げ、桜の時期黄色の花を咲かせるレンギョウやヤマブキはやっと花芽が確認できる状態です。
 お花見会での桜の花鑑賞は難しく飲食で桜の花をカバーしたい。(yoo) 

現役時代の元部下との呑み会

2024-03-17 10:35:20 | 日記
 現役時代の元部下からいつもの通り、年賀状をもらった。東京二期会オペラ「タンホイザー」を終わってから3月5日に設定した。2回の休憩を挟むもので、腰痛が少し悪化したが、楽しいことが待っていると、何とかなるものかと思う。
 さて、呑み会と言いますと東京で、夜が通常パターンになるが、自分の体力、酒飲力をみて、無理を押して、懐かしの大森でランチミーティングにしてもらった。午後1時から3時までと腹積もりしていたが、気が付いたら4時半を過ぎていた。
 折角大森に行ったので、ミーティング前に懐かしの大森山王の地獄谷に行った。現役時代、昭和時代レトロ感覚の飲み屋街であったが、知っている店は『M』だけだった。もうそこには昭和はなく、平成の感じがした。まだ令和の感じではない。30年通ったスナック『L』はすでにないとは思ったが、もしかしたらママに会える期待をもっていたので、夕方4時半まで、ランチミーティングにしたのかと自分で変に納得した。
 ランチミーティングのメンバーは小職が、管理職の第一歩である『主任職』(係長に相当)になって、」半年頃の部下4名の内、現在60歳代の2名であった。一人は、子会社のシニア社員、もう一人は仕事の付き合いがあった販売会社のシニアアドバイザーとなっていた。
 二人とも現役ではないが、会社や懐かしのメンバーの現在の様子を教えてもらって、懐かしく聞き、嬉しく思った。
 もう既に鬼籍に入っておられる先輩、上司の話、我らの豪傑だった元上司の入院生活を送っておられる情報を教えてもらった。
 今回のことを妻に話したら、優しい部下を持って、呑み会のお誘いを受けて幸せだね。それに引き換え、あなたは大変お世話になった上わか司を呑み会にも誘わずに冷たい人ね。』と言われた。心にずっしり来た。
 しかし、元上司は入院中で、なんともしようがなくて後悔が募るばかりである。どこに入院しているかは家族の実が知るところだった。その上司のすごいところは、戸田を拠点にしている元体育系クラブの筋金入りの方だ。ある時、注文いただいたシステム品が納期遅れをしてお客様に大変ご迷惑をかけてしまい、そのお客様に謝罪に行った。現在シニア社員と私は別の案件で、それぞれお客様の前で、私はその上司の素手で頭をぶたれ、シニア社員は赤鉛筆で染まったスポーツ新聞を丸めて頭をはたかれた。お客様は、大変驚かれて、『そこまでしなくても良いのに。』と上司を諫めてくれた。私には、事前に上司は知らせてくれたが、シニア社員には何も言わずにたたかれたので相当驚いたのかと思った。私だけが、たたかれたと思っていたが、少し気が楽になった。謝罪後、客先を後にして、昼飯に誘っていただき、恒例のランチビールを飲みながら、ステーキをご馳走になった。上司の動きは、営業の鉄則であったもので、客前で、あるいは大勢の社員でしかる場合、事前に叱ることを知らせてくれるのであった。私も、客先で部下をしかることもあったが、頭をはたくのはできなかった。
 その上司とは、10歳の年齢差があり、高田の馬場にあるW予備校に通ったこともあり、普段からも可愛がってもらっていた。
 今回の呑み会メンバーは所属していた部署の受注予算(販売ノルマ金額)の四分の一くらいやっていたメンバーだった。
 よく年を重ねてくると、元気だった頃にもどると酒の量が増えると妻から妻の実父の話を聞いていたが、自分で初めて経験してわかった。
 ちなみに、最初は生ビール(中ジョッキ)で、そのあと、ハイボールを最低5杯は飲んだと思う。
 昨年のSゼミ同期会では、ビールをコップ3~4杯飲んで、目一杯であったのが、不思議な感じがした。
 帰りの電車は、現役時代と同じ経路にした。横浜から横須賀線に乗車したが、大船駅でおりてしまった。よく、京浜東北線で大船駅まできて、乗り換えたこともあり、その習慣がよみがえったのかと思って、苦笑いをした。
 現役時代に大森で飲みすぎて大森から大船まできて、屋台のラーメンを食べて、藤沢のタクシーが回送するのを見つけて、藤沢に帰るのが当たり前であった。タクシー運転手は、空車でなく実車して、戻るのは大歓迎された。
 しかし、泥酔して大船で降車せず、折り返し大宮まで行ってしまい、帰りの上り電車がなくなり、交番で宿を聞き、よく宿泊していたので、用心のために今回も横須賀線の大船駅で降車した訳である。
 今回は、夕方6時ごろに、無事に帰宅できてよかった。
  かっての部下のおかげで、楽しい時間が持てて、ただただ、感謝である。
                   2024.03.17
                    以上  tko
 

逗子海岸の「ラジオ体操」と「初荷のわかめ採り」そして「昼のトレーニング」 2024年.3月11日(月)

2024-03-11 14:51:18 | 
 
 早いものでもう3月半ば。朝も明るくなって逗子海岸に春が近づいてきた。いよいよ「わかめ採り」のシーズン到来。
 今年は天然ワカメが多い。採ってきたワカメの砂抜きが大変!ここ数日の悪天候のため「わかめ」が一気に上がった。「初荷」になった。
 葉と茎に分け、葉の部分はお湯で数分「湯がく」と鮮やかな緑色になるので今日食べる分を残し殆ど冷凍。みそ汁の具や生姜醤油で。茎の部分は細かく切り醤油と日本酒を入れ弱火でじっくり煮こみ佃煮に。少し苦みがあってビール、日本酒によく合う。こちらの方が格段に美味しい。
 11日は早朝は冷え込んだが、今年は例年のように海岸の砂が凍りつくほど昼の「逗子海岸」でのトレーニングはかなり暖かい。大好きな沈丁花がほのかに匂う。我が家の花壇も春めいてきた・・・ロングさん