コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

戻ってきた委員長

2010-12-03 | Weblog

選挙結果の発表期限とされている12月1日の深夜、バカヨコ選挙管理委員会は、テレビ画面にはとうとう戻ってこなかった。夜が明けて、木曜日(12月2日)になった。ところが皆が驚いたことに、そのバカヨコ委員長が、夕方5時になって、とつぜんテレビ画面に現われた。ただし、国営放送ではなく、国際放送「フランス24」の画面である。

場所は選挙管理委員会の記者会見場ではなく、何とゴルフホテル。くつろいでいた記者たちは、予想もしない千両役者の突然の登場に、あたふた混乱している。その画面で、バカヨコ委員長は宣言した。
「ウワタラ候補が、54.1%の票で当選した。バグボ候補は、45.9%である。」
ニュースは、速報として、BBCやCNNやその他のテレビ、各通信社の配信などで世界中に流れた。唯一、コートジボワール国営放送だけが報じない。

やっと、選挙管理委員会が、ウワタラ候補の当選を公式に宣言した。バカヨコ委員長は、それぞれの得票数など、それ以上の詳細については述べない。しかしながら、もうウワタラ候補とバグボ候補の得票率や、各州ごとの開票結果は、すでにインターネットに出ていたのである。その記事によれば、ごくわずかの違いがあるけれど、バカヨコ委員長の発表と、ほとんど同じといっていい数字である。
バグボ候補:  2,073,465票(45.32%)
ウワタラ候補: 2,502,203票(54.68%)

ウワタラ候補が、55%弱の得票で当選している。この詳細な一覧は、選挙管理委員会から秘密が漏洩したものなのだろうか。違う、違う。それぞれの州の地方選挙管理委員会での集計結果は、その委員会で誰にも見えるように壁に貼り出されている。その数字を19か所から集めてくればいいだけだ。つまり、今回の選挙の数字については透明性があって、じつは選挙結果ははっきりしていたのである。

では、これでいよいよ、バグボ大統領からウワタラ新大統領への政権交代という話になるのだろうか。それが、そんなに簡単ではないのである。バグボ候補の陣営は、投票の終了後すでに、投票についての不服申立てを、憲法院に対して行っている。つまり、投票において北部での脅迫や暴力行為があったので、北部の次の州の投票は、無効にすべきであるという主張である。そのインターネットのサイトから、数字を拾って書き並べるとこうなる。
デンゲレ州:バグボ候補(1,551票)、ウワタラ候補(70,353票)
サバンヌ州:バグボ候補(21,203票)、ウワタラ候補(307,530票)
バンダマ谷州:バグボ候補(41,789票)、ウワタラ候補(244,471票)
ウォロドゥグ州:バグボ候補(5,263票)、ウワタラ候補(93,990票)

憲法院は、この不服申立てを審査することになる。そして、もし申立ての内容を認めるならば、4州について、得票の無効を宣言することができるという。インターネットの数字をもとに、これらの4州の票を無効として、全国の得票数から引き算すると、バグボ候補は69,806票、ウワタラ候補は716,344票を失うことになる。そうすると、
バグボ候補:  2,003,660票(52.87%)
ウワタラ候補: 1,785,859票(47.13%)
こんどはバグボ候補が、53%を得て当選、ということになる。

有権者が投票した、78万人もの票を無効にするなんて、そんなに簡単にできるのだろうか。でも、憲法院がそう判断すれば、できるのだ。不公正な条件のもとで投票が行われた間違った票を、全国の正しい票に混ぜてしまうことのほうが、国民の意思をゆがめてしまうので問題だ、という議論である。

「今起こっていることは、民主主義の危機だ。投票結果を出すことを阻止したり、ましてや何十万票を恣意的に無効にするなど、選挙のやり方として認めるわけにはいかない。」
ある大使がそう言う。
「国際社会として、民主主義擁護の立場から、断固とした考え方を示すべきではないか。」

ところが、別の大使は別の主張である。
「ちょっと待って。もちろん、今回の決選投票の、開票作業以降起っていることは、けっして順調ではないかもしれないけれど、これはこれで民主主義の過程の内側で起っていることだ。クーデタなどがあったというなら、民主主義の援護が必要だと言える。でも今回は、そういう非民主的な手段が取られたというわけではない。これはあくまでも、民主主義の上での政治闘争なのだ。」

「でも、70万票をばっさり切り捨てて、それで当選者を変えてしまうなんていうのは、たとえ憲法の手続きに従っていても、民意を恣意的に捻じ曲げるものだ。それはやはり、民主主義に反するというのではないか。」

「それは、憲法主義か民主主義かの、古くからの論争であろう。憲法主義の立場からは、憲法院という憲法の運用の上で、最高の機関が、その70万票は間違いだと、根拠をもって判断するならば、それが正しいということになる。」

「その憲法院が、候補者の一人の意のままに動いている機関だとしても、そうなのか。」

「バグボ大統領が任命しているから、バグボ大統領の意のままであるという言い方をするなら、どこの国でも憲法院の権威を損なうことになる。つまり、たいがいの国では、憲法院のメンバーは大統領や首相が任命しているからだ。いずれにしても、統治機構の一機関を正しいだの正しくないだのと批判したり、憲法院の判断が間違っているだのと、他の国が言うのは、これは内政干渉になる。」

「でも、ことコートジボワールの選挙については、国際社会が国連を送りこんで、莫大な資金もつぎ込んで、それで実施しているものではないか。完全に、「内政」だと言えるのか。」

とまあ、面白い論争だと言っているうちはいいけれど、バカヨコ委員長が「ウワタラ候補当選」を声明して数時間したところで、国営放送のテレビニュースの画面で、ヌドレ憲法院長が登場して、こう言ったところから、冗談ではなくなった。

「選挙管理委員会が行うべき投票結果の発表期限である、12月1日が過ぎました。多くの地域については選挙結果に全委員の合意があるのに、一部の地域について、選挙結果についての合意ができないのです。つまり、選挙管理委員会は、その任務を果たすことができませんでした。この場合には、権限は憲法院に移り、憲法院が選挙結果を発表します。」

司会が、それはいつごろになりますか、と聞く。
「書類が揃ったところで、一部の地域について得票を無効にしてくれという不服申立ての検討をしたうえで、今から数時間後にでも、投票結果を正しく修正して公表するように努めるつもりです。」

一部のメディアで、すでに発表がなされたというような報道がでていますが。
「どこの国でも、選挙結果を確定することのできる国家機関は一つなのです。選挙結果の発表がされたというような、冗談のようなことを言っている報道がありますが、憲法院が唯一、選挙結果を示すことができるのです。わが国は、法治国家です。コートジボワールの大統領選挙の結果というのは、国連も含めて、いかなる国際機関も、欧州連合(EU)もアフリカ連合(AU)も示すことはできません。憲法院だけが、それができるのです。だから、憲法院がこれから発表する確定結果を、コートジボワールの国民は、静かに待つようにしてください。」

つまりは、バカヨコ委員長が「ウワタラ候補当選」を言ったので、憲法院のヌドレ院長はあわてて国営放送に登場して、いや自分がこれから発表する選挙結果こそが正しいのだ、それを待て、と言ったわけである。バカヨコ委員長だけでなく、国連まで牽制をしている。

そして、憲法院が発表する選挙結果というのは、「バグボ候補当選」ということになるのだろうか。そんなことになれば、国家のなかで、2つの機関が、それぞれ別の選挙結果を宣言するという異常な事態だ。そして、どちらの発表が正しいかをめぐって、国論が割れ、そして人々が街に繰り出し、そして衝突が起こるだろう。

「今から数時間後にも」とヌドレ憲法院長が言ったので、もう夜のうちにもそういう事態が起こるかと危惧しながら、夜が過ぎた。国境が封鎖され、国際放送「フランス24」は切断された。憲法院からは、それ以上の発表はなかった。そして、そのままま朝(12月3日)を迎えた。


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2 コメント

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Unknown (ぴな)
2010-12-04 14:37:17
ネット上のニュースでは、たった3行で報じられていますが、その背景、経緯。いろいろと深いですね。目が離せません。
民主主義は難しい (ピエール)
2010-12-04 21:27:02
いやーすごいことですね。民主主義の難しさがよく分かりました。まるで映画のようですが、こんなことが現実に起こっているのですね。

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