コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

戻ってこなかった委員長

2010-12-02 | Weblog
このたびの大統領選挙では、出された選挙の結果を、候補者、各党の支持者、そして国民が受け入れるかどうかが、一番の要点だと考えてきた。ところが、そもそも肝心の選挙結果が、選挙管理委員会の内部対立のために、出せない状態になっている。投票が終わってから3日目にもなるのに、水曜日(12月1日)朝でも、まだそんなところでうろうろしている。

昨晩(11月30日)の夕刻に、部分的な(といってももう大部分なのだが)選挙結果について、選挙管理委員会の報道官が、記者会見で発表しようとしたところ、一部の選挙管理委員が発表の手続きが満たされていないと抗議をした。おまけにその委員は、用意されていた発表文を奪い、くしゃくしゃに丸めて捨ててしまった。記者会見であるから、報道陣がおおぜい来ている。テレビカメラがその様子を撮影し、「フランス24」というケーブルテレビ局で、朝から繰り返し放送されている。

その選挙管理委員は、内務省から派遣されてきている委員であり、タグロ内務相はバグボ大統領の腹心であり、つまりはバグボ大統領の系統の委員なのである。だから、そういう乱暴なことをしてまで、結果発表を妨げる背後には、バグボ大統領の圧力がある、ということになってしまっている。やはり、バグボ大統領は過半数を取れなかったから、結果を発表できないようにしているのだ。世間ではそういう評判になっている。

ところが、その選挙管理委員にも言い分がある。今日の朝からテレビに登場し、なぜそういう行為に至ったかを繰り返し説明している。だいたい選挙管理委員会の、物事の決め方がひどい、と彼は言う。全員一致で物事を決めるというルールなのに、そのルールを破って、選挙管理委員会の一部で独断的に決めている。そういうひどいことを、そのまま発表しようとしたので、緊急に措置をとったのである。
「たとえば、海外在住者の得票の中で、フランスからの投票については全部無効ということになりました。パリの投票所での暴力沙汰があったから、という理由です。パリでの事件だけで、フランス全土の人々の投票が、無効にされてしまったのです。こんなおかしな決定を、今の選挙管理委員会はしているのです。」

そして、一方でそういう決定をしながら、北部の暴力に目をつぶるというのは、おかしいではないか、と主張する。
「北部では、各地で暴力沙汰があったのです。バグボ候補側の選挙運動員が、激しい暴力にあったり、有権者が投票に行けなかったりしている。選挙の自由、透明性などというものは、北部では尊重されなかった。それならば、北部の選挙区の投票も無効にすべきではないか、ということですよ。」
北部の得票、つまりウワタラ候補に圧倒的な票を、おおかた無効にすべきだというのは、人民党のアフィ・ヌゲサン党首が、昨日記者会見で述べていた主張である。

まあその主張の可否はともかくも、つまり選挙管理委員会が全員一致で決めるとなると、意見がまとまらないということである。委員のなかには、バグボ候補に近い人、ウワタラ候補に近い人と、それぞれいるので、今回のように、両候補のどちらが当選したことになるのかに直接つながるような事項について、意見の全員一致を求めることは不可能であろう。

事態を簡潔にまとめるとこういうことになる。つまり、全国の票数を単純に足し算すると、ウワタラ候補のほうが、バグボ候補を上回っている。しかし、バグボ候補の側としては、北部で暴力沙汰などの妨害活動が多かった、そういう投票所での票数は正しい支持者の割合を反映していない、だから無効にすべきだ、という主張をする。そうして、北部の票数を無効として引き算すれば、おそらくバグボ候補がウワタラ候補を上回る票巣になるのであろう。つまり、どちらが当選したかは、一概には決められないということになる。だから、結果発表もできない。

さて、バチカン大使は外交団長として、私たち大使連中のとりまとめを務めている。彼の発案で、バカヨコ選挙管理委員長のところに、叱咤激励に行こうということになった。それで、閑散としたアビジャンの街を車で走って、選挙管理委員会の建物に到着した。選挙管理委員会の建物は、前の道路が完全に封鎖され、憲兵隊と国連軍がものものしく取り囲んでいる。その外側の道路に、建物から外に出された報道関係者がおおぜい立って、何とも異様な光景である。

さて、欧州の大使を中心に、十人ばかりの大使たちが集まった。バカヨコ委員長は、明らかに疲労困憊の顔色である。私たちを、にこやかには迎えてくれたが、会談に入るとほとんど口を開かない。
選挙結果を発表する見通しはどうですか、とバチカン大使が尋ねる。バカヨコ委員長の答えは、とても手短い。
「今も、選挙結果については検討中です。でも、ご安心ください。本日の深夜までには、発表できるでしょう。」

選挙結果はどのくらい出ているのか、選挙管理委員会の中での調整が付く見通しがあるのか、と質問が出る。
「選挙管理委員会の中で、選挙結果を検討中なのです。それで選挙結果は、本日の深夜までには、発表します。」
ほとんど同じ答えを、バカヨコ委員長は繰り返す。私も聞く。選挙結果を発表する期限は、投票後3日以内とされていますが、その期限は尊重されるのですか。
「3日間の期限は守ります。本日の深夜までには発表します。」
鸚鵡返しの答えだ。

外交団として何か局面打開の手伝いができるか、バカヨコ委員長から何か頼まれごとがあれば引き受けよう、と意気込んで行ったのだけれど、事態はとてもそのような余地があるような段階ではないようである。それでも、確かにバカヨコ委員長は、「夜の零時までには発表する」と言ったのだ。何か政治的な取引が、裏で進みつつあるのだろうか。

与党と野党のそれぞれから派遣されてきた委員で構成されている選挙管理委員会は、これまでも何度か、意思決定ができない局面を迎えたことがある。党派の間で、利益が対立する懸案が出るたびに、反対する党派の委員が反対して、物事が動かなくなった。しかし、その都度、いろいろな政治的な駆け引きがあり、その局面は収まって前に進んだ。

けれども、今度に限っては、選挙管理委員会が内部で意見一致ができる可能性など、ほとんどあり得ない。何といっても、当選者が誰になるのかという問題にかかっている。お互いに絶対に譲れない問題である。絶対に譲れないものをめぐって、政治的妥協はありえない。バカヨコ委員長の答えにもかかわらず、私は選挙結果が出ることについて、悲観的であった。

もし本日の夜零時になっても、選挙結果が出ない場合は、どうなるのか。大使の間で、意見交換をする。
「憲法院が出てきますよ。期限を守れない選挙管理委員会を、つまり、投票を行ったのに選挙結果が出ないという異常な状態を、憲法院として放置するわけにはいかない。」
それで、選挙結果はどうなるのでしょうか。
「憲法院は、選挙法によって、選挙管理委員会からすべての開票調書の送付を受けていますから、選挙結果について有権的に知る立場にあるのです。憲法院はその権能として、選挙は無効であったとか、選挙をやり直せとか、いろいろな判断を下せます。さらには、憲法院が自分で調べた結果、選挙結果はこうであった、と宣言する可能性があります。」
ということは、さらにあと数日したら、選挙結果が憲法院から出されて収まるということですね。
「憲法院が選挙結果を宣言すると、それこそ収まらなくなるでしょう。憲法院の構成員は、バグボ大統領から指名されていますから、バグボ大統領側の主張に従った結果、つまり北部の票を相当数無効にして、残りの票を足し算した結果、バグボ大統領が当選である、という結果発表をするはずです。そうなると、ウワタラ候補の支持者は、黙っていないでしょう。」
大使たちの分析を、やりとりの形にすると、以上のようになる。

つまりは、選挙管理委員会が今晩零時の期限までに選挙結果を発表しなければ、かなり難しい話になってしまうということである。ここは、バカヨコ委員長が約束を守って、選挙管理委員会から選挙結果が発表されることを、祈るしかない。そういうわけで、誰もが一日中、選挙管理委員会の発表を待った。

夕方6時ころに、発表がありそうだという噂があったけれども、発表はなかった。8時のニュースの後に発表があるか、と期待されたが、それも裏切られた。私は、夜の9時からチョイ国連代表の自宅を訪れて打ち合わせをし、それが終わって11時ごろに帰宅してテレビを点けたけれど、ドラマ放送を流しているだけである。そのドラマ放送が、突然中断した。画面にバカヨコ委員長が現れた。

どうやら記者会見の会場のようである。バカヨコ委員長は約束を守ったようだ。いよいよ結果発表、と期待する。
「みなさん、長らくお待ちいただき、忍耐に感謝いたします。私たちは、各地から集まる開票結果の有効性を、ひとつひとつ審査しており、その作業が続いています。もう少しすれば、テレビで発表いたしますので、お待ちください。」
バカヨコ委員長は、まだ待ってくれと言った。時計を見ると、夜11時20分。期限までにもうあと40分しかないのに、まだ待ってくれとは。

当然記者から質問が飛ぶ。午前零時までには、発表できるのか。
「あまりに重要な問題ですから。まだ午前零時になっていませんし、作業を続けます。」
昨日の混乱は片付いたのか。
「たしかに、昨日は残念なことがありましたけれど、今日は選挙管理委員会は正常に戻って、作業を続けています。」
午前零時が来ても、作業を続けるのか。
「まだ、その午前零時は来ていません。」
そこまでで、放送が終わった。ドラマ放送が再開される。

その午前零時は、刻々とやってきた。テレビの画面の時刻表示が「23 :59」から「00 :00」に変わった。それでもドラマ放送が続いている。そのまま、バカヨコ委員長が画面に戻ってくることはなかった。全国から、ため息が聞こえてくる気がした。

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1 コメント

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どうなっちゃうんでしょう・・・ (ぴな)
2010-12-03 00:11:46
もう3日たっちゃいましたねぇ。
いったい、どうなっちゃうんでしょう。
フェアプレーでやれば、どっちが勝っても「勝ったのはコートジボワール国民だ」っていうフレーズが、とっても心に残ってます。
これまでの関係者のご努力が水泡に帰さないことを切に願います。
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