コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

太鼓と民族

2008-09-25 | Weblog
正面のステージで、音楽と踊りがはじまった。司会者の紹介で、色とりどりの腰巻をつけた人々が、激しい太鼓のリズムに乗って、次から次へと登場する。体を見事に震わせて、熱狂的な踊りを繰り広げる。

日暮れの海辺のホテル。野外のパーティー会場で、私は貴賓席に座っている。熱帯林の破壊を防止するための国際会議がアビジャンで開かれており、主催者のコートジボワール政府が、晩餐会に招待してくれたのだ。招待客が数百人はいるだろうか、大宴会だ。外交団で呼ばれているのは、私とカメルーンの大使だけ。赴任の前に、横浜に本部を構える国際熱帯木材機関(ITTO)のゼメッカ事務局長と知り合い、彼の計らいでこの席に呼ばれることになった、といういきさつである。

隣に座った女性が、私に丁寧に説明してくれる。彼女はコートジボワール人のNGO活動家で、各地の森林保護を手がけているのだという。
「アフリカでは、太鼓は音楽と言うより、言語なのよ。いろいろなメッセージを伝えることが出来る。」
たとえば、愛情のメッセージとかですか、と聞く。
「そうね、どこそこの家で、女の子が生まれたとか。誰それが、こういう悪いことをしたとか。」
つまり、公民館の拡声器、村の有線放送なのだ。

そのうち、招待客の中で、立ち上がる人が出てくる。踊りながらステージに近づき、お札をひらひらさせて、腰巻き踊りのダンサーに大仰に渡した。自分の故郷の踊りだから嬉しいのよ、と解説が入る。これは、西部のバンゴロ族の踊りなの。

はじめの踊りが終わって、次の踊りが始まる。二人の男が、頭にふさふさの白い髪の毛を付けて舞台に上がる。その髪の毛を振り回して、やはり太鼓のリズムで激しく踊る。ちょうど歌舞伎の鏡獅子のようだ。
「これは、ベテ族の踊りだわ。バグボ大統領を出した部族なの。」
またまた、別の人が立ち上がり、お札のチップを渡している。もう分かるぞ、彼の故郷の踊りなのだろう。

次々に踊りが登場し、その都度、私の解説者は、地方や部族の名前を教えてくれる。よく区別できるものだ。私には、どれも同じような、激しい太鼓の演奏と、激しいダンス。

コートジボワールには、さまざまな部族が混在している。おおまかに言って、60の部族から構成されているという。歴史的には、部族の流入が絶えなかった。15世紀から17世紀にかけて、北西部にあったマリ王国から、マンダング族が南下してきた。その結果、北部にいたセヌフォ族が中部に、ベテ族は南西部に押し出された。17世紀には、奴隷狩りから逃れて、現在のガーナにいたアカン族が中部に移動してきた。コートジボワールの人々には、それぞれ自分の出身部族がある。その部族意識が、国民意識より強い。

日本にも、関西人とか東北人とか、出身地方の意識がある。しかし、出身地方ごとに勢力争いをするということはない。ここコートジボワールでは、名前を見れば出身部族が分かる。言葉も全く違い、フランス語でなければ相互に意思疎通が出来ない。そして、政治の世界でも経済の世界でも、自分の出身部族が少しでも他を凌駕するように、競い合っているようである。日本でいうと、早稲田とか慶応とか一橋とか、学閥みたいなものか。でも、学閥どうしで殺し合いはしないだろう。ここでは、地方の村々で起こる部族同士の抗争で死者を出す騒ぎになったことが、しょっちゅう報じられている。

この部族意識が、コートジボワールの国民和解を妨げている。バグボ大統領は、中西部のベテ族の出身。彼に挑戦するベディエ元大統領は東部のバウレ族、ウワタラ元首相は北部のマンダング族、といった調子である。きたる大統領選挙で誰が選ばれるか、それは単に政権を握る人物の選出の問題ではない。どの部族が経済と政治の主導権を握るかという問題、いや悪くすれば迫害を呼び、生死に関わる問題となることすらありうる。コートジボワールの南北の分裂には、こうした部族の勢力争いが背景にある。

日本はこの種の問題を抱えておらず、つくづく幸せな国だと感じる。日本の人々には、民族対立の問題は今ひとつ理解できない。いや、日本だけの話ではない。欧米諸国でも、民主主義による政権移行を国民が受け入れることは、当然と考えられている。欧米諸国にとって、こうしたアフリカの政治の厳しさは理解困難である。コートジボワールには、民主主義の回復だけではなく、部族間対立を克服するという、大変難物な課題がある。選挙が平和のうちに行われさえすれば政治的安定が保証される、と安易に考えることは出来ないのだ。

数多くの民族による、多様で豊かな太鼓音楽に感銘を受けながら、それらが示唆する政治の難しさを思いつつ、私は深夜のパーティー会場をあとにした。

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