コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

キャタピラの恩知らず(10)

2010-04-27 | Weblog
村から逃亡したキャタピラたちは、どこかで集合して組織を固め、また村に戻ってくるはずである。ロベールたちは、幹線道路を材木と古タイヤで塞ぎ、共和国防衛に備えた。数キロごとに、銃や鉈で武装した要員を置いて、監視した。国会議員や市長、憲兵もみな、ロベールの自警団を応援した。

カカオやコーヒーは、まだ収穫の時期ではなかった。でも、キャタピラたちが作っていた稲や野菜は、収穫できるまでに実っていた。ロベールは青年部に、収穫の作業を委ねた。青年部はこれを少年たちに委ね、少年たちは年少児童に委ね、結局、女性たちが収穫をすることになった。女性たちは、村の近くの田畑には出かけたが、森の奥の田畑に行くことはしなかった。まだキャタピラがどこに隠れているか分からず、見つかれば乱暴されるに決まっているからだ。

ロベールは、モーリタニア人がやっている村の食料品店に命じて、ただで酒を供出させた。彼の店は、一夜にして空になった。翌日、モーリタニア人は店を畳んで町に逃げた。それから村に、食用油はなくなり、石鹸はなくなり、燃料もなくなった。しばらくすると、ビールもワインも、一切の酒類がなくなった。ロベールは自分の息子に店の所有権を与え、店を経営するように命じた。その息子は、自分は共和国防衛の仕事があるからと、妻にまかせた。妻は町に仕入れに出かけて、モーリタニア人を見つけ、彼にうちの店で働かないかと言った。モーリタニア人は村に戻ることに同意したので、ロベールたちは安心した。

幹線道路を走ってくる車は、すべて検問を行った。この道は、他の地方から首都に向かう道なので、逃げてくるキャタピラが通過しようとした。ときどき、キャタピラだけを乗せた乗合自動車が、荷物を天井に山のように積んでやって来た。自警団はこれを止め、ラジオや宝石や携帯電話など、皆没収した。キャタピラは、もうお金は残っていない、勘弁してくれと哀願した。しかし、わが国のような「歓待の国」を、手ひどく攻撃するようなキャタピラに、慈悲は不要だ。そのうちに、道路を通過するキャタピラは一人もいなくなった。

そこで自警団は、貨物輸送の運転手から、戦争遂行への協力税を徴収することにした。輸送業の運転手というのは、だいたいがキャタピラ出身だった。自警団にとって、これだけ多くの現金収入を得たことは、これまでになかった。しかし、数ヶ月もすると、長距離輸送の貨物車もいなくなった。キャタピラ出身以外の運転手も、こうあちこちに検問所が出来たのでは、時間も金もかかって商売にならない、検問所を廃止せよと市長に要求するようになった。貨物輸送車が無くなったので、自家用車も徴税の対象にしたら、自家用車も走らなくなった。税を払うことを拒否する車の、窓ガラスを割り、タイヤに穴を開けたりしたからだ。

ロベールたちは検問を止めて村に戻った。いずれにせよ雨季も始まり、雨の中で共和国防衛を続けるのはあまり快適ではなかった。それに、検問はもう殆ど、儲けらしい儲けにはならなくなっていた。それで、農園を経営することにした。しかし、農園に行ってみて驚いた。雑草が農園を占拠していた。稲と雑草の区別が付かなくなっており、そもそも稲穂は全て鳥に食べられていた。コーヒーとカカオは、たわわに実っていたけれど、収穫するには下草を刈らなければならない。下草には毒蛇がいっぱい隠れていそうで、誰も手出しが出来ない。
「こんなのは、キャタピラだからやれる仕事だ。」
ロベールは言った。まあ、雨季が終わるまで待とう。

雨季が終わってから、農園に行くと、コーヒーもカカオも腐っていた。雑草は、ますます生い茂って、何から手を付けていいか分からない。農園は放棄された。村に戻って、酒場で憂さ晴らしをしようにも、金を立て替えてくれていたキャタピラはもういない。自転車の修理をしてくれる人も、散髪屋も誰ももういない。地元の米もなくなった。モーリタニア人は、再び店を出て行っていなくなっていた。誰もが商品を買っても、代金を払わなくなっていたからだ。村人たちは、キャタピラから巻き上げたラジオや宝石などを、町で売って品物を買おうとした。でも町でも同じだった。市場には何もなくなっていた。

一方で、地元の国会議員たちは落胆していた。白人たちの圧力に負けて、大統領は首相を交代させ、新内閣に何とキャタピラたちを大臣として迎えた。そのために、与党の大臣さえ、何人もポストを失った。国会議員が大臣になる話が突然消えてしまって、国会議員たちはたいそう不機嫌になった。なぜ大統領は、自分の地元出身の兄弟たちより、キャタピラのほうを優遇するようになったのか。

道はでこぼこになり、車で通ることはほぼ不可能になった。かつては、コーヒーやカカオを買い上げにくる業者が、定期的に建機を出しては、道路を平らにしてくれていた。今やもうそういう補修が、なくなってしまったからだ。キャタピラから巻き上げた貨物自動車も、壊れて修理もできない。町から来ていた酒類は、ビールもワインも一切無くなった。

何ヶ月か経って、もう村は飢饉になるかと思われた頃に、何人かのキャタピラが村に密かに帰ってきた。村人たちは、何も気が付かない振りをした。キャタピラは、農園に戻って仕事を再開した。他のキャタピラたちも、様子を見ながら帰ってきた。ラジオの放送によると、反乱軍を送り出した国との間で和平が成立し、これからはキャタピラも兄弟だ、ということであった。そして、ロベールは再びキャタピラのところに行って、彼らのおかげで、仲間たちは酒が飲めるようになった。

(終わり)

【解説】地方では、行政の混乱と中央からの無統制から、自警団が形成され、幹線道路には検問所が数多くできて、交通は寸断された。警察などが車を止めては、通行料を要求する悪弊は、いまだにあちこちに残っている。
2007年3月、ブルキナファソのコンパオレ大統領が仲介して、南の政府軍と北の反乱軍との間で、南北政治合意が成立した。いわゆる「ワガドゥグ合意」である。バグボ大統領のもとで、これまで反乱軍側の指導者であったソロが首相を務めることになり、元反乱軍側、野党勢力側も全員参加の、ソロ内閣が成立した。ソロ内閣は、暫定政権として、10ヶ月以内に大統領選挙を行うとの任務を与えられていたが、未だにその大統領選挙が実現していないのはご承知の通り。

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