コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

鶴の一声

2009-11-27 | Weblog
ベナンに出張して、ヤイ大統領と会談した。ヤイ大統領に会うのは、3月の信任状奉呈以来である。ベナンとの二国間関係は、来年から大きく進展する。来年1月、コトヌに日本大使館が開設されるのである。私はベナン兼務を外れ、新しい大使が任命されて赴任する段取りなので、今後ともどうぞよろしく。そういう見通しを、ヤイ大統領に直接伝えるというのが目的である。

それから、もう一つ重要な目的がある。ベナンにおける日本の経済協力の、一番の目玉案件である「ラギューン母子病院」の診療棟・分娩棟が、いよいよ完成である。施工業者の「戸田建設」は、すでに建設を完了し、今月(11月)初めに、ベナン保健省に建物を引き渡した。ところが病院が動きださない。なぜかというと、ベナン側が行うべき工事が、まだ出来ていないからだ。水道工事、電気工事は終わった。ところが、医療ガスの配管に、酸素を供給する装置の設置工事が、まだ始まらない。これでは病院として、業務を始めるわけにはいかないのだ。

この問題は、ベナン保健省側が動いてくれないとどうにもならないので、日本側からは、早く工事を済ませてくださいとお願いをしてきているのである。保健省としても、病院を一時も早く動かすために、工事を進めたいことは山々であるが、工事のための予算が割り当てられない。免税などの手続きも進まない。つまり、官僚機構の内部で、手続きの問題から難渋しているのだ。

これは、大使としても乗り出して、動くように働きかけなければいけない。ヤイ大統領に相談すれば、大統領の鶴の一声で、解決への弾みがつくかもしれない。そう私は考えて、ヤイ大統領との会談で、少し触れてみることにしたのである。

大統領府の応接室で待っていると、ヤイ大統領が入ってきた。
「大統領閣下、来年の1月から、日本は大使館を置くことになりました。これで、二国間関係は大きく増進することになります。」
私がそう述べると、ヤイ大統領はそれは素晴らしいこと、大使のご尽力に感謝すると言いながら、拍手をする。顔は満面にこにこと、頷いている。

私は続ける。
「大統領閣下。私は、来年の1月にまたここに来て、大使館の開設を宣言するとともに、できればその時に併せて、ラギューン母子病院の開所式を行いたいのです。大統領閣下と一緒に。」
私がそう言ったとたんに、ヤイ大統領からは頬笑みが消え、厳しい表情になった。予想外の反応である。

大統領は、声を荒げて傍らの補佐官たちに聞く。
「ラギューン母子病院は、まだ開所していないのか。誰のせいなのだ。」
私は、大統領の詰問に驚いて、日本の施工業者は、工事を完了して建物を引き渡したのですが、ベナン側の工事が終了していないのです、と説明したら、火に油を注いでしまった。
「なに、ベナン側が悪いのか。それはとんでもないことだ。保健大臣を呼べ、すぐここにだ。」

まわりの官僚たちが、慌て始めた。外務省の局長が、起立をして現状を説明する。そのうち、電話をかけに行った大統領の秘書官が戻ってくる。大統領、保健大臣は今、国際会議のためにベトナム出張中です。
「では、次官を呼べ。すぐにだ。財務省との予算割り当てで揉めているだと。財務大臣も呼べ。この間、私自身がラギューン母子病院に視察に行った時に、あれほど早く動かすようにと言ったのに、まだだらだらとしているのか。」

私は、大統領の叱声と、補佐官たちの狼狽を前に、何とか言葉を割って入る。
「いやその、多少遅れるのはいいのです。私としてお願いしたいのは、日本とベナンの友好協力の柱となる案件として、ぜひ大統領と一緒に開所式をしたい、だから1月に大統領のお時間をいただきたいし、それまでには工事を完了してほしいというご相談なのです。」

「いや遅れてはならない。とても1月までは待っていられない。ラギューン母子病院が新しく生まれ変わることを、コトヌの人々は日々心待ちにしている。一日も早く開院してくれと、私に対しても、人々から強い突き上げがあるのです。日本側が建物を仕上げているのに、ベナン側の理由で使えない、というのはとんでもない。早くしないと、蝙蝠の巣になってしまう。」
大統領は、いらいらした表情だ。

「大統領閣下、ではこうしましょう。ベナン側の工事が終わり次第、病院建物の運用を開始して、人々の期待に応えてください。それで、1月に私が来た時には、日本からの協力の完成を祝う式典をいたしましょう。」
ヤイ大統領は、それはもちろんである、1月には盛大に御祝いをしよう、と私に言って、補佐官たちにその旨を指示した。

「大使閣下は、いつアビジャンにお戻りになりますか。」
明日夜だ、と答える。
「では、それまでに、解決の目途をつけます。本日の午後に、関係省庁の間で、緊急会議を開かせます。そして、今月中には工事を終えさせるようにします。」

薬は効きすぎるくらい効いた。そこまで急ぐ話ではないのだが、と私は思っているのだけれど、大統領の鶴の一声が強力に響くのはいいことだ。大統領は苛々して、ずいぶん大人げないように思えるかもしれない。実は、怒りを爆発させて見せることで、ラギューン母子病院の案件をとても重視していることを、私に伝えたのだ。直々に高い関心を示していただき感謝したい、とヤイ大統領に言いながら、私は会談を辞した。

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