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日本近代文学の森へ (128) 志賀直哉『暗夜行路』 15  和蠟燭の愛 「前篇第一  三 」その3

2019-09-21 21:18:32 | 日本近代文学の森へ

日本近代文学の森へ (128) 志賀直哉『暗夜行路』 15  和蠟燭の愛 「前篇第一  三 」その3

2019.9.21


 

 登喜子のことで頭がいっぱいのはずの謙作なのだが、石本と別れると、ふと恋愛の永続性について考えを巡らすのだった。


 石本と別れて、彼は自家(うち)まで歩いて帰った。途々(みちみち)石本が誰かの言葉としていった「若い二人の恋愛が何時までも続くと考えるのは一本の蠟燭が生涯点(とぼ)っていると考えるようなものだ」というのをふと憶い出した。「しかし実際そうかしら?」と彼はまた思った。この言葉は懐疑的になっている現在の彼には何となく悪くない響きもあったが、そう彼が思ったのは、彼の実母の両親の関係が彼に想い浮んだからであった。二人は愛し合って結婚した。そして終生愛し合った。「なるほど最初の蠟燭は或る時に燃え尽されるかも知れない。しかしその前に二人の間には第二の蠟燭が準備される。第三、第四、第五、前のが尽きる前に後々(あとあと)と次(つ)がれて行くのだ。愛し方は変化して行っても互に愛し合う気持は変らない。蠟燭は変っても、その火は常燈明のように続いて行く」この考は彼に気に入った。そして、母方の祖父母は実際それだったに違いないと考えた。彼は先刻(さっき)石本にそれをいってやれなかった事を残念に思った。すると、不意に、
 「しかし西洋蠟燭は次げないネ」と石本がいったような気がした。ところが、同じ想像の自分が、
 「その二人は純粋に日本蠟燭なんだよ」と答えた。
 彼は歩きながらこんな事を考えて独(ひとり)でおかしくなった。
 そして彼には死んだ祖父母の姿が懐しく憶い浮んだ。

 


 若い頃の恋愛は、はかないもので決して長続きなんかしないという例として、「一本の蠟燭が生涯点(とぼ)っている」はずがないという石本の言葉は、謙作には「悪くない響き」を持っていたが、一方でそうでない例も謙作は知っていた。生母の両親、つまりは祖父母のことだ。

 ここで比喩として持ち出されるのが、蠟燭が「後々と次がれていく」ということだ。ところが、不意に石本が「しかし西洋蠟燭は次げないネ」と「いったような気がした」謙作は、想像の中で「その二人は純粋に日本蠟燭なんだよ」と答える。

 日本蠟燭、つまり和蠟燭は「次げる」けれど、西洋蝋燭は「次げない」というわけだが、それはどういうことかが分からない。西洋蠟燭だって、次から次へと継いでいけるではないかと思った。いったいどこが違うのか。

 それでネットで調べた。「和蠟燭」「継ぐ」で検索をかけたのだ。すると、見事にヒットした。「和蠟燭を継ぐ」という動画があったのだ。その動画の字幕を引用すると、


和ろうそくは洋ろうそくと違い灯芯が筒状の為、短くなった蠟燭の穴に新しい蠟燭を突き刺すことで、ロケット鉛筆の様に継ぎ足すことができます。古い蠟燭の芯と新しい蠟燭の芯が結合することで、新しい蠟燭の芯に火が引き継がれ灯り続けます。


 というわけだ。動画を見ると、なるほどその通りで、これは西洋蠟燭にはできない芸当である。(下の動画をご覧ください)

 和蠟燭を使っているお寺さんなどでは常識なのかもしれないが、これにはほんとにびっくりした。調べてみるものである。

 このことを知って、改めてここを読んでみると、「蠟燭は変っても、その火は常燈明のように続いて行く」ということが、何かしみじみとした実感を伴って理解される。西洋蠟燭だって、一本が消える前に新しい一本にその火を継げば、火は続いていくわけだし、オリンピックの聖火にしても、まさにそのようにしてリレーされていくのだが、和蠟燭の継がれ方は、芯が結合するところがまったく違っていて、その継続性がどこか神秘的ですらある。そして、それが「愛の持続」の見事な比喩となっている。

 若い頃の恋愛が、生涯続くということは稀なことなのだろうが、少なくともぼくの場合は、妻とは高校三年以来の付き合いで、その間に「離れていた期間」すらないので、別にそれほど珍しいという意識はないのだが、果たしてそれが、和蠟燭のような持続だったのかというと甚だ心許ない。ただとてもつもなく長い西洋蠟燭が、細々と灯り続けてきただけのような気もする。

 それはそれとして、謙作は、一方で芸者の登喜子に惹かれながら、生涯持続する愛の形に憧れていたことは確かなようだ。その愛が登喜子との間に育まれるものだという意識はたぶんなかっただろうけれど。




YouTube

和蠟燭を継ぐ


YouTube「和蠟燭を継ぐ」より


 

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