2005年9月10日の記事参照
トミーさんへ
トラックバック&コメントありがとうございました。
トミーさんのblogも読ませていただきました!ビートルズどんぴしゃ世代ではないにしても、リアルタイムでビートルズに出会えたトミーさんがうらやましいです。コメントに返信させていただこうと思ったら、長く書きすぎてはじかれてしまったようなので、本文のほうに書いてしまうことにします。
僕がビートルズを知ったのは中学校のとき。初恋の人がビートルズを聴いていたからです。その人から借りて、たしかホワイトアルバム(「The Beatles」)を聴いたのかな。でもそのときはほとんど何も記憶には残りませんでした(女の子って同年齢でもちょっと大人だったりしますよね。僕はまだ幼かった)。
それからもラジオとかでビートルズの曲はちょくちょく耳にしていたのですが、興味を持って聞き出したのは大学に入ってからです。英語の教材でビートルズとローリングストーンズを比較した文章を読みまして。そこには、ビートルズがイノセントなイメージで売り出す一方で、ローリングストーンズはワイルドなイメージで売り出して当時住み分けをしていた、と書いてあった気がします。たとえばビートルズが施設訪問をすると大々的に新聞に取り上げられたけど、ローリングストーンズは同じように施設を訪問してもイメージが崩れるから新聞には書かせなかった、とか。それで興味もって両者を聞き比べ始めたのでした。
それまでほとんど洋楽を聴いたことがなかった僕は、歌は絶対歌詞から入る人で、歌詞カード読みながら(あるいは読んでから)曲を聴く人だったのですが、歌詞のわからない洋楽を聴くようになって初めてメロディのもつ力を知りました。何を言っているかわからないけど、なんだか悲しい気持ちになる曲だな、とか。「エリナ・リグビー」「ペニー・レイン」「アクロス・ザ・ユニバース」は特にお気に入りで、何回でもリピートして聴けてしまいます。もちろんこれらは歌詞も好きですけどね。
僕は最初ジョン・レノンの哲学的な曲が好きでしたが、今はポール・マッカートニーのポップな曲のほうに魅力を感じます。難しいことを難しい抽象的な言葉で歌うんじゃなくて、あえて卑近で具体的なイメージに託して歌った歌の方がむしろ一枚上手なんじゃないかと思います。だから叙情的な「ストロベリーフィールズ・フォーエバー」よりも、叙事的な「ペニー・レイン」のほうにより心が揺さぶられるし、日常の風景を連ねた歌詞の背後にあるポールの故郷への思いに想像が膨らみます。
「ペニー・レインは僕そのものだから、今でも耳を澄ませば聞こえてくるし、まぶたを閉じれば見えるんだ…」
ビートルズっていろんな顔を持っているから、自分が成長するたびに好きな曲が変わっていきそうな気がします。僕は今中期~後期のビートルズの心持ちに共感を覚えていますが、もっと大人になると赤盤のころのビートルズの魅力に回帰したりもするのかもしれません。ジョージ・ハリスンのたたずまいはかっこいいなあと思います。でも彼の曲は聴き慣れないせいかまだ僕には難しいです。「サムシング」はジョージが亡くなったときにテレビで流れているのを何度も聴いているうちに好きになりました。
ビートルズは四人みんなキャラが立ってますよね(リンゴが「アメリカに行ってムービースターになりたい」と歌った「アクト・ナチュラリー」も何気に好きな曲です)。いろいろな逸話・伝説を知るたびにどんどんはまってしまっています。同時代的体験をできなかった僕は、著者の個人的な感情は抜きでビートルズの歌詞や歴史だけが「公平に」書いてある情報量の多い解説本があったらほしいなあと思っている今日この頃です。でもみんなビートルズに熱い思い入れを持っているわけだから、そんな「公平な」立場で書かれた本なんて出てないんだろうなあ。
ビートルズってジャケットワークもかっこいいですよね!「リボルバー」なんて今見ても刺激的なのだから、出た当時はそうとうセンセーショナルだったんでしょうね。ポスターデザインとかを見ていると「これはビートルズのあのアルバムのジャケットが元ネタなのかな」って思うことが最近あります。ホント、音楽だけでなく何もかもを変えてしまった人たちって感じがします。