goo blog サービス終了のお知らせ 

鳥まり、参る!

ご覧いただきありがとうございます。
日々のいろいろなことを記録しています。

面白すぎグチグチレディー(笑)。

2025年05月03日 | 日記
【「一般人は面白い」らしい】

友人行きつけの例のおしゃれ居酒屋さんにまた行ってきました。

・霊視in居酒屋再び。

  ↑
ホールスタッフさんの中に霊視できる方がいて、彼女の気が向けば無料で視てもらえる。

私は二度も視ていただけちゃいました…なぜか

でも、今回はそのスタッフさんがシフトに入っていらっしゃらなかったので、霊視話じゃありません。

たまたま近くの席にいた酔っ払いレディーに話しかけられ、それがなんだか面白かったので記録しちゃいます(笑)。

男性客が女性スタッフや女性客に絡むのはよくある迷惑話ですが、女性同士だし、なんかお人柄なのかすごーく楽しかったんですよね。

そのお客さんは、アニマル柄のワンピースにビビッドカラーのハイヒール、そして豪華なネイルをしてるレディーだったんだけど…グラス片手に漫画みたいに

「うい~っ」

と私達に話しかけてきました。

ここではレディーを仮に虎子(とらこ)さんと呼びましょうかね。

(以下、「」前の私=鳥まり、友=友達、虎=虎子さん)

虎「あーーーなんて若くて可愛いのーーあんた達、大学生?」

友「えーそんなに若く見えます?

  嬉しい

私「リップサービスってやつだから…」

虎「あーー本当に若くって可愛いって輝いてるーー肌がつやっつや!

  いいわー学生時代ってなんでも楽しいもんねー」

友「ふつうに社会人ですってばー」

私(酔っ払いだから…)

虎「可愛い可愛いお子様達に、オバサンが教えてあげるわよーアラサーから先の世界をー」

友「えー人生訓ですか?」

私(…これが飲み文化ってやつか…すごいな…)

「25過ぎるとねえ…。

 カフェインがないと!!

 はったらけないっの!

 カフェインは働く燃料なんだってー。

 1日何杯もコーヒー飲んじゃう~」


友「私は紅茶派ですけど、わかりますぅ」

「驚きのっ!

 おっどっろきのっ!

 シワ肌よーシワシワで肌が垂れるのよー」


私「全然そんなことになってないように見えますが」

「顔じゃなくって足が!!

  膝から下が万年粉ふいてカサカサでタルタルなのー」


私「それは保湿してないだけでは?」

友「ボディクリームちゃんと塗ってます?」

「そんなん買ったことない!!」

私・友「だからですよ!!!(笑)」

「ある日突然白髪だらけよ!

 白髪だよ、白髪!!

 想像も出来ないでしょ!?

 抜いても切ってもまた白いんだよ。

 白髪染めってふつうのカラーリングより髪傷むからね、今から覚えておきなさい!」


私「私、白髪連盟なんで、思春期の頃から白髪モッサモサありますんで

  白髪はズッ友だから全然慣れてます」

友「突然の白髪マウントやめれww」

虎「(全然話聞いてない)

  あー…良い匂いするーこれ、あなたの香水?

  何使ってんの?」

友「ミスディオールのブルーミングブーケですー」

「ぎめたっっっ。

 アラサーなんだし、あたしもブランド香水買うわ。

 つか今欲しくなった。

 今すぐいくわ、○○(すぐ近くの百貨店に)。

 でもっっっ!!

 ディオールじゃなくてあたしはシャネルにするっ!!」


友「まあ素敵

私「お、おう…」

虎「じゃ、シャネル買いにいくからサヨナラ!!」

友「ボディクリームも買ってくださいね、隣のマツキヨかスギ薬局で良いから

虎「わーったよ。

  久しぶりに若い可愛い子見て、あたしも可愛くなりたくなったよ。

 ありがとうねー。

 あばよっ!!」


虎子さんはグラスをぐびぐび飲み干して、退店されました。

明るい酔っ払いお姉さん…不思議な楽しい時間でございました。

しかし、オチがあって…。

店員さんに

「常連さんなんですよ」

と言われたから、

「おいくつくらいの方なんですか?」

と友が聞くと…。

「自分はトランスエイジで、心の年齢は18才。

 実際の肉体年齢は25才だって言ってましたよ。

 全然まだ若いんですよね」


だってさ!!!

ちょ、虎子さんジャスト・アラサーじゃんそれ

オバサンとか言うから若く見える先輩レディーだと思ったのに(笑)。

良いシャネルの香水は買えたのかしら…。

それから、ボディクリームちゃんと買って足に塗ってね…。







はじめての方向きの記事と対面カウンセリングのご案内です♪

※対面有料カウンセリングやってます。

※有名人さん風メイクレシピ・まとめ。

※大学1年生のための外見魅力アップ講座『ホンカワ』!

※モテ服関連記事・まとめ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人間保護色ファッション?

2025年04月30日 | 日記
【似合いはしないが馴染み感はある】

最近よくするコーディネートは、オフィスカジュアル風パンツスタイルです。

スーツインナーに使えそうなトップスにアンクル丈パンツを合わせて、寒ければカーディガンをプラスするだけ。

上はハニーズで買ったものが多く、パンツは全部ユニクロ製です

実はハニーズって働く女性から評価されているブランド(お手頃価格・庶民派で売ってくれてますが)だと思う。

買いやすいお値段(定価でも2~3千円台の、税込み5千円以下アイテムが多し)、どこにでも店舗がある、お手入れ簡単(ネットに入れて洗濯すればアイロンがけ不要のトップスがほとんど)。

便利なんですよー。

「いいよね、ハニーズ。

 仲間内でしか話せないけど」

「大人になると見栄もあるし、いちいち年甲斐とか言われてイジリのネタ提供したくないからねー」

と笑うレディー達。

わかる、わかるぞお…

平成の異物…じゃない遺物よ。

ハニーズにもボトムスはたくさん売っていますが、豊か(痩せてる、の反対)な骨格ウェーブあるある・たいそう豊かなお尻…を収納するためにパンツ(ズボン)はユニクロと決めている私です。

ネイビーとグレーのアンクル丈パンツがオフィスカジュアル風にできるので、この2つばっかり選んじゃう。

コーディネート楽々、着替えも楽々、特別下着に気を使う必要もない、洗濯もネットに入れて洗濯機に入れるだけ

いやー楽です。

別に私に似合うスタイルじゃないけどね。

美人見せ効果は私にはほぼゼロ。

でも、街との溶け込み具合がすごいなーといつも思います。

住宅街、ターミナル駅、おしゃれタウン…どこにいても馴染む感がすごい。

いうなれば、どの場所に言っても末端登場キャラクター=モブ。っぽいというか…伝わるでしょうか、この表現?(笑)

なんか気楽です。

不思議に。

「その土地に馴染むファッションってあるよね。

 温かい観光地に住んでた時はリゾートっぽいワンピースいっぱい持ってた。

 赤とか原色の。

 でも都会で会社勤めしてたら黒とグレーの露出がない服ばかり」

こんな風におっしゃってたレディーも。

「人間保護色…あるいは生存戦略としての擬態ですかね?」

と私が言うと

「かもねー!!!」

と笑っていらっしゃった。

人は集団の中に生きるもの…か。

だからかな?

ファッションは美しく見せる・素敵に見せる・人生楽しむ、それも出来るけど、もっと根源的な生存戦略でもあるのでしょう。





はじめての方向きの記事と対面カウンセリングのご案内です♪

※対面有料カウンセリングやってます。

※有名人さん風メイクレシピ・まとめ。

※大学1年生のための外見魅力アップ講座『ホンカワ』!

※モテ服関連記事・まとめ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

14年間語り~私と周囲の人々~。

2025年04月28日 | 日記
【熱望ではなく】

前回記事(→・14年間語り~10年代スピブームから考える~。)続きのような、そうでもないような。

2011年~2015年の14年間語りです。

さて、3.11からとにかく

「今のままではいけない」

「何か新しいことをしたい」

と思った私は、このブログを書き始めました。

夢も目標も、実は熱望するものはなかったけど何かやりたくて、とりあえず幼少期に憧れた職業を思い出して

「漫画を投稿してみようかしら」

と考えたり(実際はなんの創作もしてなかったから、出来るわけもなく終了)。

自分たちでは新世代で自由なつもりだったけど、まだまだ昔ながらで

「女なんだから、料理はもっと上手くなりたいよなー」

と思って料理して記録したり。

(料理でもなんでも、とにかく練習量。

 正しいお手本を真似して実際に自分でやってみることが大事です)

「綺麗になりたい!」

とかも。

これもまた、手探りだったなー。

自分にとっての綺麗・可愛い・おしゃれをあまり考えもせずに。

11年か12年に宝塚ファンの友達に布教されて娘役さん好きになったのは素晴らしいキッカケでございました。

今の自分を考えると、

「やっぱりけっこう変わったのかな?」

と思えてきました(笑)。

【いろいろな人間関係、命の在り様】

人間関係は…誰でもそうだけど色々ありましたね。

今もなーんにも変わらず大好きで仲良くいられる人々もいる一方で、あんなに仲良かった(と、私は思ってる 笑)人と縁が切れて、名前も顔も思い出せなくなっちゃったり。

死に別れも経験した。

最初の三ヶ月は何をしていてもすぐに涙が溢れちゃったし、結局

「泣きそう」

にならないで済むには3年くらいかかったような…。

魂は永遠不滅でも、命は…一度死んだら、やっぱり今のこの世では生きた者同士で再会することはできない。

悲しいものです

死といえば、私は両親の遅く出来た末子だったからか・あるいは前世の記憶なのか、遅くとも高校生の時はすでに

「明日うちの親が死ぬかもしれない」

って思い込んでいたんですよ(笑)。

今になると

「そんなに早く殺すな!」

だけど、真剣にそう考えていた。

でも両親は死なず、逆にうちのよりずーっと若く健康だった他所のご両親がお亡くなりになっちゃったり…どころか、うーんと若い人達が時に事故で、時に病気で、…悲しいことに、時には自ら命を絶って…お亡くなりになった。

本当に多くの命が旅立ってしまうのを見てきたな…。

死は生(せい)の一部であり、生は死の一部といっても、悲しいことったら…。

ひとつ言えるのは、若くして命を絶ってしまうのは本当に優しくて繊細な良い人達が多いってこと…。

あの素晴らしい資質を、生き様を、

「弱かった」

と足蹴にするような考えは、私はぜったい出来ないよ。

【いじめられてたよね、私達】

私は勉強も仕事も得意ではなかったし、

「ふつうのことをふつうにする」

も苦手だったので、多くの人に迷惑をかけたと思う。

それは本当にごめんなさい…。

私の場合は自分をいつも責めていたし、自分本当にダメだなーと馬鹿にしていた。

長いことずっと。

でも…加齢って時に素晴らしくて、長い時間が経つと過去の自分すら他人のように客観視できるようになったりするのです。

で、大人になった私は思った。

「あれで○○さんに迷惑をかけた、それは本当に申し訳ない」

「でも、違う場面では被害者だったんだな」

と。

…25年の今でもこんなこと書くと叩かれるのか、もうそんな時代は終わったのか、わからないけど。

女性を取り巻く社会はいつも恐ろしかった。

若い女の子、幼い女の子なら、なおさら。

被害者だった…。

気持ち悪くて細かいことは書きたくないけども。

みんな女性(女の体)として生まれるだけでほぼ全員被害にあったきた。

そのストレスはすごかった…それが心もゆがめたよ。

私も、周りも。

とある仲良しだった女友達は…。

幼少期からかもしれないけど、特に思春期→お姉さん→社会人…と要所要所で

「女性だから」

傷めつけられていた。

生活してるだけで痴漢やらスクールセクハラという名の男性教師からの性加害やら。

女の子だから勉強も仕事も色々制限されて。

やっと就職したらブラックで、女性だからそれに加えてセクハラ地獄があって。

そんなボロボロの中で

「俺は味方だよ」

と甘い言葉で擦り寄ってきた既婚クソ男(クソって書くし、そんなことする人を男性と呼びたくない)に

「これは恋なんだ」

と錯覚させられて、無料売○婦扱いされて。

もっと心身ボロボロになっていった。

よくあるストレス反応で、

「私はかわいそうなんかじゃない」

「私は彼を愛してるし、愛されてる」

「これは自分が望んだことだ」

とトラウマの再演しちゃう…。

彼女とはもう長いこと会ってないけど、今でも男性依存症・不倫常連だと伝え聞きます。

「清純だったのに、すっかり○ッチになっちゃって」

と笑う奴等がいる。

こんなのは、被害者ゆえのトラウマ反応に過ぎないのにね。

壊されたのは彼女なのに…。

彼女だけでは全然ない。

多くの女性が同じような被害を受けてた。

色んなところで。

それでも辛いとか苦しいっていえなかったのよ。

「女性だから」

ね。

同族はわかってくれると期待しちゃうもので、女性同士でひどい言葉が飛んでくると辛いものです。

傷つく。

特に高等教育を受けて

「賢い私」

を気取る同性から強く非難されるから、女性同士でも黙る。

そんなことがありふれたね。

見飽きた、聞き飽きた。

うんざりするほどに…です。

それも、今は変わっていってると信じたいけどね…。

14年前、それ以前も。

「昔はひどい時代で、女はひどい目にあった。

 今はそうじゃないけどね」

と信じていたし、信じたかった。

でもそうじゃなかった…今もそうじゃない。

大人になったからこそ書けるよ…。

14年で変わったことのひとつ。





はじめての方向きの記事と対面カウンセリングのご案内です♪

※対面有料カウンセリングやってます。

※有名人さん風メイクレシピ・まとめ。

※大学1年生のための外見魅力アップ講座『ホンカワ』!

※モテ服関連記事・まとめ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

14年間語り~3.11の後~。

2025年04月22日 | 日記
【当たり前じゃない、確実なものはないかもしれない】

前回記事(→・14年間語り~私の3.11~。)の続きです。

2011年3月11日、東日本大震災。

大地震、津波、それからも色々…。

被災した人々・失われてしまった命を思えば、何も失っていない東京~首都圏。

それでも怖かったし恐ろしかった。

申し訳なくて、辛いなんて発信できるわけなかったけど。

停電したのは11日~12日の早朝?くらいまでで、起きたら電気は元どおりになっていました。

室内が明るい、コタツが使える、テレビが見られる、お風呂も沸かせる(ガス・水道だけではできない)。

まー…。

そこから、恐ろしい映像から、逃げられない被災地の現実を垣間見ることに。

安全な場所にいて、テレビで見てるだけでこんなに辛いのに、現地にいる人たちはどんなにか…。

どんどん増えていく死者数・行方不明者数。

原発事故もね。

先輩・ベテランレディー達とブルブル怖がりながらもちょいちょい話したなあ…。

11日は電車が動かなかった。

それで多くの都心に働きに・学びに出てる人たちは、歩いて帰ったの。

東京郊外でも遠いのに、神奈川まで、埼玉まで、千葉まで…もっと遠いところ帰ろうとした人もいたかも。

ボロボロでしたわ。

11日に何時間も歩いて帰って、12日の朝から働いてた人たくさんいたなあ。

みんなどんなに疲れてて怖かったことやら。

けっこう大きい余震が東京(だけじゃなく、被災地~首都圏~都心、と)にもあって怖かった…恐ろしかった。

心臓バクバクして、揺れが収まっても恐怖でまた揺れてる気がして。

「ペットボトルやコップに入れた水の揺れを目視するといいよ。

 揺れてない、大丈夫、って安心できるから」

というテクニックを習った。

今でもやります。

計画停電もありましたよね。

東京23区は除外でしたが、それ以外の地域は毎日3時間ずつだったっけ、停電させて電力消費を抑えるという。

23区に学びに・働きに来てる人は帰れなくなったりするから、早退させたりしたよね?

そのときよく帰りに寄っていた駅直結百貨店の販売員さんが

「いつもなら交代で店番するのに、地震の後は休憩も一切無しで1日中一人なんです。

 他のブランドさんや百貨店の社員さんに助けてもらってトイレに行って、5分で食事取ってますけど、ひどいですよね…」

と話してくれた。

客に愚痴りたくもなるだろう、そんな職場環境…立ち仕事ってだけで辛いだろうに…。

中国人スタッフさんを多くバイト雇用しているらしいお惣菜屋さんは

「地震が怖くて、中国の子達皆辞めますとかって言って。
 
 でも帰る目処が立たないらしくて、やっぱりシフト出れます入れてくださいとか言って。

 怖いのはわかるけど無責任、こっちだって限界なのにむかつく!!」

と愚痴っていた。

(これは私に言ったんじゃなくて、スタッフさん同士の会話を聞いてしまった…)

2011年はまだまだ仕事サマ・雇用主サマの時代で、ひどい働かせられ方をしていた。

多くの人が正社員・バイト問わず洗脳されて社畜(=社会の家畜)化していたものです。

そうじゃなきゃそもそも雇ってもらえなかっただろうしね。

それを象徴するような記憶だわー。

高層ビルのオフィスで働いていた人は、3.11の時とにかく揺れて(揺れを逃すためにめっちゃ揺れる)皆ありえないほど気持ち悪くなってしまい、

「代わりばんこにトイレに吐きに行った」

と証言する。

東北・首都圏以外出身の人は

「恐ろしくてここではもう働けません」

とぞろぞろ退職していったと。

そりゃそうなのか…怖いものなあ。

私は全然知らなかったけど、飲食店や百貨店・ショッピングモールなどは店員さん達もすごく怖いのに、プロとしてお客さん達を避難誘導したのだとか。

そりゃそうか(2回目)…誰かがやってくれないとダメだもの…。

ありがたいったら。

そんな、3.11~その後。

私の記憶では、2011年って全然好景気って雰囲気ではありませんでした。

不景気だとマスコミが扇動してたと思うし、我々も

「良い時代ではないらしいからなー」

と信じてた感じ。

(悪いところはもちろん、いーっ……っっぱいありました!)

でも、それでも。

幸せで安全な当たり前が確実にあった。

3.11は

「そうじゃないのかもしれない」

と多くの人に学ばせた。

そして

「このままでいいんだろうか」

と思った人がたくさんいたのです。


私もその一人。

特別な情熱があるわけじゃないけど、このままでいいのか…何かしないとダメなんじゃないの…と思うようになったのです。

今回も長くなっちゃったね(笑)。

ここで切ります、読んでくださってありがとうございます








はじめての方向きの記事と対面カウンセリングのご案内です♪

※対面有料カウンセリングやってます。

※有名人さん風メイクレシピ・まとめ。

※大学1年生のための外見魅力アップ講座『ホンカワ』!

※モテ服関連記事・まとめ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

14年間語り~私の3.11~。

2025年04月20日 | 日記
【積年の想いで満ちる…】

しつこいですが、2011年4月から実に14年間!お世話になったこのgooblogさんがサービス終了するということで…私が生きたこの14年間を思い出して書いてみようと思います

14年かあ…。

長いねえ。

3.11の時はお母さん(当時ご近所に住んでいたレディーね)のお腹の中にいた赤ちゃんが、生まれて成長して素敵な13才のお姉さんになるのだから…そりゃ全ての人が変わりうる時間だ。

長いような短いような…そんな14年間。

2011年からの私の物語

【やはりきっかけは3.11】

ブログを書き始めるきっかけになったのは、間違いなく3.11でした。

実際書き始めたのは翌月の4月でしたけどね。

2011年。

多くの日本に住む人々の運命を変えた出来事…東日本大震災。

2011年の3月11日でした。

当時の私は実家に住んでいて、都心と郊外とを電車で行き来する生活。

若い頃はありがちですが、予定のない日はまずなかった。

何かしら毎日ある。

でもこの日はめずら~しく何の予定もなく、完全すっぴんで家を出ずに過ごしていました。

朝昼から愛する動物の家族(ペット)とゆっくり遊べる幸せよ…。

平日金曜日。

14時46分。

その時が来てしまった。

東京も震度5強の強い嫌~な揺れが。

しかも長く続きました。

(神奈川・埼玉もだいたいこのくらいの揺れのところが多く、千葉は6弱揺れた地域もあったそうです)

本当に長かった。

被災地からは遠く離れていたのに、

「ああ、ここで私は死ぬのか」

と思ったもの。

「この子を守らなきゃ」

ってペットを抱えてね。

死んだらこの子も死んじゃう、どうしよう、神さま…そんな風に考えていたのかな。

揺れてる時間は、ものすごーく長くて恐ろしかったけど、今調べたらあの揺れはだいたい3分間=180秒くらいだったのだそうで。

永遠なんじゃないかと感じるほど怖かったよ…。

揺れが収まって心臓バクバクながら、とりあえずは二人(私&ペット)でホーッ

で。

実家のある街はこの時停電したんですよね。

(友達が住んでいる隣町はしなかった)

明るい時間帯だから一瞬わからなかったけど、テレビがつかない電気がつかない。

自販機(コンビニに行く元気はないけど、ジュース買って飲んで心落ち着かせようと徒歩30秒くらいのところに行った)も動かない。

なのに不思議な話で…充電が生きてたのかなと考えているんですが、なぜか海外に住む姉からの国際電話が固定電話で受けられた。

「鳥まりちゃん、大丈夫!?

 日本が大変なことになってるって知って電話してる!!」

ありがたいね。

「すごく揺れて怖かったけど、私も○○(ペット)も無事。

 父母はまだ帰ってないけど今日は町内にいると思うし、怪我とかはないと思う。

 でもテレビがつかないから何も情報がわからない」

と話すと、

「じゃあお姉ちゃんがBSNHKみてあげるわ!!」

と外国経由で情報を教えてくれた。

「震源地は…最大震度は推定…」

なんて話してたら、姉が見ている外国のテレビには映像が流れていたのだろう。

「うわ、津波、津波だ、ひどいよ。

 すでに地震で崩れてるところもたくさんあって…えー……」

言葉だけで映像がない情報は、ちっとも現実感がなくて。

「○○の映像だって、これは××で…」

と東北の地名を出されても、え、え、え、そもそも東京が震源地じゃなくて、え?とチンプンカンプン。

津波…え、こんな大きな地震で、でもここは震源地じゃなくて、つ、津波まで…??

(津波の到着時刻を調べてみたら、あれは15時18分以降の出来事だったのか…)

「また連絡するからね、気をつけてね」

と電話は切れた。

オンライン通話が主流じゃなかった時代、国際電話は高かっただろう。

姉ありがとうね。

電話してる間はまだ誰も帰ってきていなかった。

でもすぐに合流。

(ふつう忙しい金曜日でも、3月だったからなのか同居家族は全員その時刻町内にいてすぐ家に帰れた。

 母は近所の美容室に行ってて、白髪染め&カットが完了した瞬間に揺れが来たらしい。

 守られてんなー)

停電はしているが、ガス・水道は通常だったのが幸い。

寒い日だったけどガスストーブだったから温かかった。

それでもコタツが入らない・ペット用ヒーターが効かないので湯たんぽで代用するなどして。

電気の代わりは仏壇から持ってきた燭台+ろうそく、それから…今(25年4月)に書くと感慨深いですが、前年(2010年)に今再び話題の女優さんがキャンドルアーティストさんと再婚していたため、

「今話題の!
 
 キャンドルアーティストさんが作ったキャンドルだよ~」

と友達がプレゼントしてくれていたゴン太キャンドルが家にあって、それも使いました。

暗い場所で灯りがあるってあんなに不安が和らぐのかと思ったよ。

夕飯はお鍋でした。

めっちゃ覚えてる(笑)。

家の中はこうだったけど…。

外に出ると、街全体が停電しているから星がよく見えて本当に美しかった。

夜空は黒じゃなくてこんなに明るい青なんだと知りましたし、

「星が降る」

ように満天の星がきらめいていた。

こんな都会でも…感動しましたね。

自然は恐ろしくて、大きくて、とても美しいと身を持って知った。


「被災してねーだろ」

と自分でも突っ込んじゃうけど怖かったんだよ…。

水道・ガスは通ってても電気がないからお風呂には入れず。

両親は早寝してたけど、私は怖くて少なくとも日付変わるまではリビングで過ごしてましたね。

「お昼にラジオつけたら、津波です危険です避難してくださいってアナウンサーさん叫んでたな…。

 あんなに怖い声で話すのを初めて聞いた」

「お姉ちゃんの電話切った後、電話何も動かなくなっちゃった(ボタン押す音すらしないしディスプレイダウン)んだよなー。

 なのになんで話せたんだろう」

「皆は無事だろうか…」

2011年3月はLINEもなく、通信が混むので全くつながらなかった。

ガラケーの人も多かったですしね。

あんなに暗い中で、どうやって時間を過ごしたのやら。

ケータイでメッセージやりとりは出来ず、漫画や本も読めず。

寒い自室でしっかり着込んでベッドに入って眠りました。

朝には電気が復旧していたけど…。

ここから映像と共に知る現実は、恐ろしいなんて言葉で言い表せないものでした…。

…。

…。

めっちゃ長くなってしまいましたね。

いい加減ここで1回切ります。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます







はじめての方向きの記事と対面カウンセリングのご案内です♪

※対面有料カウンセリングやってます。

※有名人さん風メイクレシピ・まとめ。

※大学1年生のための外見魅力アップ講座『ホンカワ』!

※モテ服関連記事・まとめ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする