遊民ヤギ爺

俳句と映画のゆうゆう散歩

藤の花

2019-04-28 16:01:08 | 日記
平成31年4月28日(日)

藤の花 : 藤房、藤浪


山野に他の木に巻き付いて自生するマメ科フジ属
の落葉蔓植物。
山藤は左巻きであるが、野田藤は右巻きである。
葉は互生し、卵状から次第に尖る。
花は4月下旬から5月に、その年の枝先に、
数10cmから1m以上の長い総状花序をつけ
垂れ下がる。これを「藤の花」(藤房)という。
幾筋にも下がり、風に揺れる様を「藤波」という。
花の色は濃淡の藤色。
山藤の花は野田藤よりも大きく花序は短い。


古くから「万葉集」等にも詠まれ、人々に愛され
て来た。
日本史の上でも、藤原氏の存在や紫式部の「源氏
物語」の藤壺、紫の上なども藤の花を愛で、
親しまれて来た。
日本社会では「家紋」として「上り藤」「下り藤」
等に使用されている・。

藤の花は庭園や公園、寺社等に植えられ、藤棚が
造られている。
園芸品種も多くあり、蔓は丈夫で籠等に編まれる。




名古屋港ポートビル前の藤棚も咲き始めている。
大型連休(10日間)が始まり、名古屋港水族館
へもぼちぼち、家族連れが訪れている。
例年連休後半(5月4,5日)頃に多く訪い、
丁度その頃に藤の花も満開となりそうだ。

金城埠頭へ行く途中に稲永公園が在り、大通り
から藤棚が見える。


此方は既に見頃を迎えている様だ、、、。
金城埠頭には、「レゴランド」や「JR鉄道館」
があり、こちらも混雑しそう、、、。

この地方には、「藤の花」の名所も多く、、、
江南の「曼荼羅寺公園」、津島の「天王寺公園」
名城公園等、、、、

曼荼羅寺公園の藤まつりの案内


津島の天王寺公園


名城公園

連休中(爺は年中休日だが?)はゆっくり近場で
藤を愛でて見よう、、、、、。


今日の1句

藤房の風やはらかく匂ひ来る     ヤギ爺



ふらここ

2019-04-27 16:18:45 | 日記
平成31年4月27日(土)

ふらここ : ブランコ、鞦韆


鞦韆(しゅうせん)は、古く中国から入って来た遊具。
現在ではぶらんこと呼ばれ、子供達にも親しみのある
遊具で、滑り台、シーソー等と共に人気が在る。
公園や学校等、何処にでも設置されて居る。

「ゆさわり」「ふらここ」「ぶらんこ」と時代と伴に
呼び名が変わった。
古くは「鞦韆」といい、中国の北方民族の物が中国
全土へ伝わり、子供の遊具として広まる。

ブランコの語源は、ポルトガル語の「BALANCO]から
と言う説がある。
英語では遊具のブランコは「SWING」で、サーカスの
空中ブランコは「TRAPEZE」という。


公園で子供達が遊ぶ姿が多くなった。
冬から解放され、子供達が誘い合って集り、春風に
髪を靡かせてブランコを漕ぐ姿は、正に春そのもの、
ブランコは年中、其処に在るが春の季語である。


ぶらんこで直ぐ思い出すのは、映画「生きる」で
志村僑演ずる、或る市役所の課長が、物語の終盤で、
雪の降りしきる中、公園でブランコを揺らしながら、
「ゴンドラの唄」を口ずさむシーン、、、、、。
彼は末期がんを宣告され、余命を悟り、主婦等の陳情
を知りながら怠惰の生活を、、、
そんな時、部下だった若い女性の行動から、目覚める
様に、主婦等から陳情の在った「公園作りに没頭する。
完成した公園のブランコに座し、つぶやく様に歌う
ゴンドラの唄、、、。
このお役所仕事、現代の世相にそのまま通じるもので、
1952年の黒澤明監督の名作である(。東宝作品)

(2018年2月7日のヤギ爺ブログ映画生きるを
 参照下さい。)


今日の1句

ふらここを漕ぎて泪を飛ばしをり     ヤギ爺

2019-04-26 15:55:41 | 日記
平成31年4月26日(金)
蛙 : かはず、かえる、蛙合戦


両生類無尾目に属する動物の総称
その声は田園の春の情趣に欠かす事が出来ない。
春、繁殖期には池や沼に多くの蛙がひしめき
あって生殖活動を行うが、これを蛙合戦と呼ぶ。

産まれた蛙の子はお玉杓子、「蝌蚪」かとと呼ぶ。


小林一茶の句に「痩せ蛙まけるな一茶是に有」という
句が在るが、これは蛙どうしが喧嘩して居るのではなく
「蛙合戦」で繁殖のため雌雄の蛙が集り産卵を競う
のであるが、オスの数が圧倒的に多く、凌ぎを削る姿
を、一茶が詠んだと言われる。
一茶の故郷に近い、長野県小布施町に在る「岩松院」
の裏の池には、毎年春季の五日間程、数百匹の蛙が
産卵のために集待ったと言われて居る。


一宮に住む娘の子供達が小学校へ通う途中に、、、
田圃の畦道が在る。
春、通学途中の畔に小さな蛙が飛び跳ね、、、、
子供達の恰好の遊び場となっていた。
帰りが遅いので、途中まで迎えに出ると、
子供達が畔に集まり道草をしていた。


実に、ノンビリとした光景である、、、、。
子供達も今、上の男児は高校生、下の女児は中学
へ通っている。
最早、爺婆の相手をしてくれ様もなくなった。
それぞれに友人達と部活に明け暮れる毎日である。


今日の1句

道草の子の手に在りし蛙かな     ヤギ爺


※ 雨蛙は夏の季語、蟇蛙や河鹿も夏の季語



小手毬の花

2019-04-25 16:27:08 | 日記
平成31年4月25日(木)

小手毬の花 : 小粉団の花、団子花

バラ科シモツケ属の落葉低木、中国原産
高さ1.5m、枝は細く、先は枝垂れる。
葉は互生し、形はひし状狭卵形の長楕円形で
長さ2~4Cm、広披針状の葉は鋸歯を有する。


白い小さな花を集団で咲かせて手毬の様な形
になる事が、この花の名の由来である。
開花時期は4~5月。
普通は一重の白い花が多いが、最近は園芸品種
も多く在り、八重の花や薄い紅色も在る。


昨日の雨も早朝には上り、公園前のお宅に咲く
小手毬の花がとても綺麗である。
手毬の様に集まる小さな白い花が風に揺れ、、、
雨粒を一杯含んで、細い枝が支え切れずに、
時折りの風に水玉を零している、、、。


名城公園には、八重の小手毬、紅手毬、
花手毬等、、、もう暫く後には大手毬等も
咲き、花の季節は続きそうである。

八重の小手毬

紅手毬

花手毬



今日の1句

小手毬の支へ切れずに雨雫    ヤギ爺

おぼろ月夜

2019-04-24 16:05:43 | 日記
平成31年4月24日(水)

朧 月 : おぼろ月、朧月夜

朧に霞んだ春の月、薄絹のベールに包まれた様な
柔らかな、甘く霞んだ感じである。

先日、ラジオから懐かしい童謡が流れていた。
「名の花畑に入日薄れ、見渡す山の端、、、、」
「朧月夜」である。
何だかホットする、郷愁の在るメロデイである。

小学校唱歌ではあるが、、、この季節になると
色々な場所で歌われている。

「歌声サロン」という、催しが在った。
ひと昔前の「歌声喫茶」をそのままステージに移し、
ソングリーダーと伴にピアノ伴奏だけで皆で唄う。
童謡、抒情歌、ロシア民謡、シャンソン、懐メロ
ポピュラーなど、、、。
毎月1度、市内の文化小劇場を巡るこの催しが
昨年の夏を最後に終了した、、、、。
とても残念である。

おぼろ月夜  小学校唱歌1914年(大正3年)

 作詞 : 高野 辰之、作曲 : 岡野 貞一





1)菜の花畠に 入日うすれ

  見渡す山の端 かすみ深し

  春風そよ吹く 空を見れば

  夕月かかりて 匂ひ淡し


2)里わの火影も 森の色も

  田中の小径を 辿る人も

  蛙の鳴く音も 鐘の音も

  さながら霞める おぼろ月夜



1914年、尋常小学校唱歌に初出、1948年
(昭和23年)小学校教科書に載る。
詞を作った高野辰之は、長野県豊田村に生まれ、
飯山市の小学校教師の頃、菜種栽培が盛んなこの
地で、一面に広がる菜の花畑を見この詩を作った。


今日の1句

おぼろ月見知らぬ郷を思ひけり    ヤギ爺