遊民ヤギ爺

俳句と映画のゆうゆう散歩

ラジオ体操

2022-07-31 16:17:18 | 鶴舞公園へ行って来ました
令和4年7月31日(日)

ラジオ体操

ラジオ体操は、NHKが1928年に「ラジオの伴奏に合わせて
国民一人一人が体操を行うため」の放送を開始した。

7月31日(日)朝 6時30分、
NHKの第61回「1000万人ラジオ体操みんなの体操祭」が
愛知県一宮市の光明寺公園球技場で催された。


事前に申し込みされた方、凡そ1000人程が早朝から集まる。



現在、巡回ラジオ体操は夏休みの間全国を回り朝6時30分か
ら実施されているが、今回は最初に「テレビ体操」が加わった。
「手首のぶらぶら」「開胸運動」「全身の筋肉をほぐす運動」
「首の運動」「全身の瞬発力を鍛える」「背筋・足腰の運動」
「血行を促進する運動」等を行う。普段あまりTV体操をした事
の無い方が多く、戸惑いながらリーダーの動きに合わせぎこち
なく、それでも懸命に手足を動かしていた、、、、。
お馴染みの「ラジオ体操第一」「ラジオ体操第二」は、皆さん
とてもスムーズに、リズミカルに、心地よい汗をかいて笑顔が
溢れていた。

町内では毎年夏休みになると、親に伴われに子供達が公園に集
まりラジオ体操が行われていた。

体育委員や役員等の指導の下、親子連れで参加する方が多かった。
早朝から準備をして、参加者を待っていた。
ラジオ、
蚊取線香、

残念ながらここ3年、コロナの影響でラジオ体操が中止となった。
今年は「NH巡回ラジオ体操」は復活し全国各地を廻っている。
コロナ感染予防に十分対処され実施されている様だが、、、
それでも、学区や町内役員等は「モシモの時はどうする?」と
開催を拒む。心配(自分達の責任)の方が大きい様である。

(親子コミュニケーションの絶好の機会、、止むを得ぬか)

今日の1句

早朝に親子揃ひて夏休み   ヤギ

アサガオ

2022-07-30 16:15:00 | 鶴舞公園へ行って来ました
令和4年7月30日(土)
朝 顔 : 牽牛花

熱帯アジア原産というヒルガオ科の一年生蔓草
奈良時代に県投資が中国から薬用として種子(牽牛子)
を持ち帰った。アサガオの種の芽の部分には下剤作用の
成分が在る。
朝顔を観賞用として栽培されたのは鎌倉時代以降である
が、朝顔の栽培が盛んになったのは江戸時代といわれる。
朝顔の名は、朝咲く花の意とも、朝の容花の意ともいう。

茎は左巻きで、夏に葉の付け根にラッパ形の大きな花を
つける。


朝顔の品種や色も様々あり、花の色は白、紫、紅、藍、
絞りなどがあり、その形も獅子咲きや花弁が細かく切れ
たり、反り返ったりと様々に変化する。
朝顔の種子の色は黒、茶、白などがある。

花は大きく開いた円錐形で、一輪の花の一番外側に萼が
5、花弁5,雄蕊は5,雌蕊は1を有する。

それぞれの花弁の中央に放射線状の中肋が走っている。
子房は3つの子房室から成り、夫々に2つの胚珠が造ら
れる。
朝顔の種子は「牽牛子」(けんごし)と呼ばれる。
牽牛子は生薬として用いられ、粉末にして下剤や利尿剤
となる。また、毒の成分も含まれて居り、嘔吐や下痢、
腹痛を起こすことも在り、要注意である。



「万葉集」に在る、山上憶良の「秋の野の花を詠める歌」
二巻に依って朝顔は秋の七草の一つとされたが、当時の
朝顔は「桔梗」のことであり、後に「木槿」のことで在っ
たとも云われている。
美女を思わせる美しい花への喩えであったのかも知れない。

息子が小学生の頃、一学期の終業式の後で「朝顔の種」を
貰って帰った。「夏休みの間に朝顔を育て、観察絵日記を
宿題とします。」と担任の先生から言われた様である。

早速、鉢に種を蒔き育て始める。毎日、水やりを忘れない。
8月に入り、一家でカミさんの実家へ出かける事となった。
1週間後、帰ってみると朝顔の苗は枯れて見るも無残な姿。
泣きじゃくる息子に、、、、ご近所を廻り、やっと一鉢を
譲っていただいた。
何とか朝顔は花を付け、絵日記も完成した。
(朝顔には忘れられない、思い出がある、、、)

最近、ご近所で朝顔をあまり見かけない。小学生の子供達
も少なくなっては居るが、、、
今の時代、子供達は朝顔を育てる事など知らぬ様だ、、、

今日の1句
少年の目線の先の牽牛花   ヤギ爺


蝉時雨

2022-07-29 16:46:31 | 鶴舞公園へ行って来ました
令和4年7月29日(金)
蝉時雨

青空に湧き上がる雲が日差しを受けて輝き、暫くして
肌に纏わる様に汗が噴き出て来る。
カッと照りつける太陽の下、一斉に鳴き出す蝉の声。

夏にはなくてはならない風物なのだが、、、、、
このところ熱帯夜が続き、時に真夜中の寝入り端に
雷鳴は容赦なく、眠られぬ日々が続いた。
白々とする頃、新聞を手にベランダ側の窓を開ける
と、一斉に飛び込んでくる蝉の声、、、、、、、
睡眠不足の体に、鬱陶しさが孕んでまた窓を閉める。

蝉は5年程を地中で、木の根の汁を吸って過ごして、
最後の年に地上に出て孵化して成虫となる。
地上に出て1週間ほど、僅かな時を一生懸命に鳴いて
いる。 それこそ皆で競うように、、、、、。

そんな事とは露知らず、「喧しい、」「鬱陶しい」等
と、我々(私、ヤギ爺)はつい、グチを零してしまう。

夥しい空蝉、

この処、ベランダに蝉の昇天したのをよく見かける。
何れも仰向けとなっている。
クマゼミ、
油セミ、

絶命していると思い触れてみると、手足を動かし翅を
バタつかせて懸命に抵抗している。
無理やり掴まえて、植木の根元に置いてやる。
ジッと動かなくなった、、、、、、

今日の1句
寝苦しき朝一斉に蝉時雨   ヤギ爺

白粉花

2022-07-28 16:31:30 | 鶴舞公園へ行って来ました
令和4年7月28日(木)
白粉花 : おしろい花、夕化粧

熱帯アメリカ原産のオシロイバナ科の多年草、草丈60~70
cm。(江戸時代初期頃に渡来し、垣根などに植えられる。

フォー・オクロックと呼ばれるように、夕方から芳香を放ち
ながら咲き初め、翌朝には萎んでいる。 


夏から秋にかけて紅、白、黄、絞り等の色とりどりの漏斗
(ラッパ)状の小花が咲く。

花の一個ずつに黒い種子があり、中に白い胚乳が白粉の
ようなのでこの名が付いた。
実際昔はおしろいの代用にしていたようである。

中国語では「洗藻花」(風呂に入る時間から)とか、
「煮飯花」(夕飯の時間から)などと呼ばれる。

昼間は眠るように萎んでしまう、

おしろい花は、明るい時は花を閉じて居り、夜になると
強い芳香を発して虫を呼び寄せる。
日本では夜間に活動する「スズメガ」が、漏斗状の花中
に入り蜜を吸い受粉を助ける。

夜遅く(8時過ぎ)なると雄蕊、雌蕊は萼の中に入り
萎んでしまうため「自家受粉」をするようである。
海外では夜行性の虫や蝙蝠が受粉を助けるようである。

今日の1句
白粉花夕餉の灯り覗き居り  ヤギ爺

胡 瓜

2022-07-27 16:37:18 | 鶴舞公園へ行って来ました
令和4年7月27日(水)
胡 瓜 : きゅうり、木瓜

ウリ科の蔓性一年生植物、原産はインドと去れ中国を経て渡来。
平安時代には栽培されたと在るが、本格的には江戸時代である。
蔓性草本、雌雄異株で初夏に黄色の花をつける。

果実は細長く緑色で棘上のいぼが在り、熟すると黄色くなる。
若い果実を生食し、また漬物、ピクルスが一般的である。
胡瓜は巻きひげによって絡む性質があり、支柱を立てて攀じ登
らせて栽培する。

濃緑色の微毛の在る葉をつけ、初夏に単性花を開く。
細長い青い実は、漬物や胡瓜もみ、サラダ等、夏の盛りの味覚
として重宝される。
「胡瓜」の呼び名は、中国音で「クークワ」だが、日本人には
発音しにくいために、「瓜」を日本読みの「ウリ」と発音して
「クーウリ」から「キュウリ」なったと考えられている。
現在、中国植物名では「胡瓜」を「コカ」という。

胡瓜は果実成分の95%が水分で、歯ごたえがある食感とス
キリとした味わいは、暑い夏の季節の水分補給として重用され
た。
胡瓜の起源は古く、紀元前のメソポタミア文明頃に栽培され、
順次に古代エジプト、ギリシャ、インドなどで栽培された。
その後6世紀頃に中国、9世紀頃にフランスで、後にヨーロッ
パ全土で栽培されるようになる。
日本での栽培は江戸時代に始まるが、徳川光圀や貝原益軒等が
「瓜類は味良からずかつ小毒が在る」等、不味いと述べている。
明治初期に中国の北伝種という品種が入る。
本格的な栽培が始まるのは昭和初期からとなる。
第二次世界大戦後に温室栽培が盛んとなり、特に生食野菜とし
て重要されトマトと並び収穫量の上位に立った。

最近では中華料理の煮もの、炒め物や西洋料理のスープ等にも
使われる。
サラダ、
かっぱ巻き、
もろきゅう、

従来からの日本の漬物、もろきゅう(生でもろ味噌で)、寿司
のかっぱ巻き、サラダ、サンドウイッチ等多種多様となった。

今日の1句

置き去りの胡瓜の拗ねし曲り様   美保子(句仲間)