厨窓をだまで抜け来や垣根ばら
ちゅうそうを だまでぬけくや かきねばら
曇りガラスを紅玉に透かしていた勝手前の垣根バラが過日の雨で散り時を速めた。雨後の夏日に干されて些細な風に紅の雨となって落ち始めたので刈り込みをした。代わりに己が番とばかりに紫陽花が青い葉先に白き花びらで現れた。
水打って夜中の雨を目覚めけり
みずうって やちゅうのあめを めざめけり
玄関先に初めて打ち水をし、仕舞いかねていた堀炬燵の電熱器も外した昨日の午后の暑さだった。ところが夜半からの雨音に目覚める始末。新聞の天気予報を読むと”3時から午前中は雨”であった。長袖でそぼ降る庭先を眺めている昼前である。
よしきりの てきはよしきり ぎょうぎょうし
別府沼の菖蒲畑沿いの川沿いが葦腹に変貌した。川縁を行く足音に蝦蟇ガエルが水音高く飛び込む。葦切りが切りも無く葦原を行き来している。川沿いのジョギングコースを 歩きながら、人間社会に耐えない戦事を考えたりする。
公園で休む農婦ら麦の秋
こうえんで やすむのうふら むぎのあき
、
オバマ米大統領は作27日の夕べ現職の立場で70年グリに広島を訪れた。原爆資料館を視察し、死没者慰霊碑で献花し被爆者と抱き合った。17分の演説では核無き平和を熱演した。実現は至難であるにしても歴史的な出来事だった。公園近くでも麦刈りが始まった。
山法師思案の果ては上を向く
やまぼうし しあんのはては うえをむく
一回り年少のS君72歳を大腸癌手術後を見舞った。傷跡も癒えたので近々退院し体力をつけてから淋巴瘤の手術をする予定との事。昨年末に愛妻を亡くしあれこれの一段落した4月の罹病だった。退院後は独り住まいだから思案事は絶えないが生来の元気者。きっと全快するだろう。
初生りは真な連珠ミニトマト
はつなりは まさおなれんじゅ ミニトマト
予報では28℃でも10時過ぎの公園はそれ以上。周辺コースは木陰でも内側の4コースは影が無いので体感温度はきつい。月末例会コンペを早めに終まう。5位入賞。庭のミニトマトが下側から実をつけ出した。上側には幾つもの黄花が風に揺れている。
蝦蟇鳴くや夫々違ふ老いの形
がまなくや それぞれたがふ おいのなり
恒例のOB会があった。妻より長き付き合いの仲間に会う。現役時代の家庭事情は夫々子育てで希望に満ちていたが。平均年齢が70歳前後になると家庭事情は千差万別。沼傍で一人釣りで釣りしている老人に蝦蟇が鳴いていた。。
山峡に患ふ妹や水仙翁
さんきょうに わずらふいもや すいせんのう
今頃の居間からの視界で目立つのは水仙翁で別名を「フランネル草」と呼ぶそうだ。これも、忘れる程の昔に峡に老舗の和菓子屋を営んでいた妹夫婦に根分けしてもらったもの。趣味の和歌の冊子をひも解きながら癒え祈るこの頃。
垣薔薇や米研ぐ眼さだまらず
ばらがきや こめとぐまなこ さだまらず
オープンガーデンの薔薇が盛りを過ぎる頃に、我が家のキッチン前の垣根薔薇が盛りをなす。見物人は台所に立つ吾等夫婦のみ。因みに私の担当は、合いも変らず米研ぎと皿洗いが主である。己が手で誘導した薔薇蔓だけに愛しさものだ。昼前には外気30度越えの日盛りとなった。
求人で訪ひし沖縄花ゴーヤ
5月23日付記。昨日はパソコンの故障の為にガラケイで投句した。今年も座敷前のグリーンカーテンに植えたゴウヤ3本が実をつけ出した。思えばバブルがはじける前の30代に人集めで通った沖縄で初めて食べたゴーヤチャンプルだった。