私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画、乗り物系全般、事故の分析好きのエンジニアの放言ブログです。

【書評】力道山のロールスロイス(塗装職人の想い出)再掲

2020-08-16 | 論評、書評、映画評など
2009-02-11記再掲
 今回の不況以前から、近年の出版不況のことが喧伝されていますし、最近では新聞各社等の業績の悪化も報じられたりしています。そんな中、私の好きなクルマ関係の出版本も、売れ行きは芳しくない様です。

 クルマ関係の諸本について、かつては貪る様に購入し見て来た思い出がありますが、最近はそんな情熱も薄れ、過大な購読は控える様になりました。それでも、まったく購読しなくなったという訳ではなく、それなりに新刊本をウォッチしつつ、価値あると認めた本は買い続け、蔵書は貯まり続けているのです。

 さて、昨今のネット時代になり、アマゾン等で本やDVD等のメディアを購入する機会が増えています。そんな中、絶版となってしまった、いわゆる中古本が意外に安価に購入できるという便利な時代になったと感じています。但し、希少で人気がある本では、新刊当時の価格を遙かに凌ぐ高価な販売価格となっていて驚く場合も時々あります。

 そんな、中古本として先日アマゾン経由で比較的安価に購入できた「力道山のロールスロイス」という本を読み終えたところです。この著者である中沖満氏は、先日当ブログの「オートバイ産業の興亡史のこと」でも記した方です。本書では同氏が塗装職人として輸入高級車を中心に修復作業を行って来た「わたびき自動車」に35年以上に渡り塗装職人として勤務する間に触れ合って来た、輸入車やそのオーナーのこと等を書き綴られた想い出に記という内容です。

 力道山については、説明の必用もないと思いますが、プロレスという興業を通じ、ある時期の日本人の多くを強く引きつけた著名人だったのです。しかし、昭和38年(1963年)末に、喧嘩沙汰からナイフで刺され死亡するに至ってしまったことは、私自信も幼い頃のことですが、世間を驚かせた事件として記憶に残るものです。

 そんな、世間で圧倒的な人気を誇る力道山は、高額所得も得ていたのでしょうが、クルマが好きで、当時の日本では希少な高級アメリカ車の数々を、わたびき自動車へ色替えのための再塗装へ持ち込んでいた様子であったことが記されています。そして、最後となってしまう新車購入直後のロールスロイス・シルバークラウドをわたびき自動車へ色替え全塗装のために持ち込んでいる際に事件が発生したのだそうです。多分、再塗装作業も終盤に掛かっていたこともあるのでしょうが、綿引社長の「葬儀に間に合わせよう」との意見に、中沖氏や従業員達は、徹夜で仕上げて納車したのだそうです。塗り直された濃紺のボデー色は、あまりに葬儀の場面にマッチし過ぎていて、悲しみを深めたのだと記しておられます。

 ところで、この中沖氏の著書を通じて、終戦直後から戦後30年程の間の塗装職人達の仕事の様子が伺われるところは興味深いことと感じています。それは、次の様な事々です。

 塗料が当初はニトロセルロース(硝化綿)ラッカーだったことや、それがストレートアクリル・ラッカーに変化して行ったことです。このラッカーですが、その耐候性の低さ等が新車塗膜より見劣りし、現在では自動車補修用としては使用されることが少なくなっています。そして、現代の主流となっているウレタン塗料と違い、塗装後の磨き(ポリッシング)を行わないとツヤが出ないという欠点がありました。ですから、当時の塗装職人は、極細かい耐水ペーパーでの水研ぎから始まって、最終のポリッシャーでのバフ仕上げまでと、長時間を掛けて仕上げていたことが伺われます。

 なお、著者も記していますが、塗装作業は最終のスプレーガンでのテクニックが注目されがちですが、そこに至る下地仕上げの良し悪しが、最終の仕上げレベルを決定してしまうことを強調されています。そんな中、当時の下地面の凹凸を取るパテは「オイルパテ」という名称のパテですが、現在のポリエステルパテなんかと異なり非常に乾燥が遅く、1日に1回から多くても2回しか塗ることはできなかったと云います。しかも、このオイルパテは硬くて研ぎ難く、パテの盛り方の良し悪しが、その後のパテ研磨の時間に大きく作用したと云います。

 このオイルパテのことは、仕事柄知り合った古い板金屋さんから聞いていましたが、それと共に昔の塗装屋さんは「ドス」(いわゆる短刀)を持っていたんだという話を聞いたことがあります。そのドスを持っていた理由ですが、当時はパテを均すヘラに現在の様なプラスチック製の既製品のヘラを使うのではなく、塗装職人自らが桧を削って作った木ヘラを使って作業していた様です。ですから、そのための刃物としてドスが必用になったのでしょうし、木ヘラの作り方の良し悪しがパテ付けの良し悪しに結び付き、そして研磨後の下地の良し悪しと作業時間を左右し、塗装職人の腕の良し悪しを決定付けていたのだろうと想像しています。なお、この塗装職人のドスですが、決して先端が尖ったものではなく、あくまでも木ヘラを削る刃物という機能を求めたものであった様です。

 この「力道山のロールスロイス」という著作については、その他現在では尚更の希少価値のあるクルマ達が多数登場し楽しませてくれます。それと、著者の中沖氏が抱くクルマ達への愛着を感じさせてくれ。興味深く読み進めることがきた本であると思います。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。