習志野湾岸9条の会

STOP戦争への道 9条を変えるな

維新の会改憲案

2013年04月04日 | 改憲草案
維新の会は参院選で改憲勢力が3分の2をとり改憲すると公言した。
内部のまとまりのなさや、その場その場で方針が変わることは相変わらずだが自民党の改憲突撃隊としての
ファシスト的一翼を担っていることにかわりない。
維新の会は、自民党との対比で言うと首相公選論を言っている点と一院制を視野に入れているということが「維新八策」の特徴になっている。
首相公選論は、国民が直接に最高の権力者を選ぶのだからいいじゃないかという意見も多数あるが、憲法調査会が2000年に出来たときに、
憲法調査会でも首相公選論が出された。憲法調査会がイスラエルに調査に行ったところ、ろくなことはない、やめときなさいと言われた。
イスラエルは1990年代に首相公選を実施したのですが、それこそ議会との対立で決められない政治というのが続いて、結局10年足らずで
首相公選はやめてしまった。それを憲法調査会がイスラエルに行って聞いてきたので首相公選論は自民党も言わなくなっていた。
2005年の新憲法草案でも今回の「改憲草案」でも首相公選制は書いてない。ところが維新八策では今さら首相公選論が書かれている。
しかし、さすがの橋下氏も大統領制とは言わないのは天皇の存在。首相公選制の下で議会を一院制にして衆院の議員数を240人にすると
言っている。
一方の石原慎太郎は言うまでもなく核武装論者であり徴兵制論者。中国に対してはシナ発言だけではなく様々な差別的発言をしてきている。
女性、外国人差別の発言もしてきた人物。東日本大震災に際しては、あれは天罰だと言った。石原を支持するという人たちの信条にも疑問を持つ。
しかし石原は橋下とセットで改憲勢力の老人突撃隊としての一翼を担っている。
石原は、日本国憲法を破棄すると公言している。憲法破棄とはどういうことを意味しているのか、石原はいったいどこまでわかった上で憲法破棄
と言っているのか。
憲法学で憲法の破棄という言葉を使うときは、カール・シュミット(ドイツの学者)が使った言葉が一般的だが、これとは違った意味で、とにかく
今の憲法は効力がないものにしようというのが石原慎太郎の考え方。この前提には、日本国憲法は押し付け憲法だという考え方があるが、
押し付け憲法論は有効な根拠がなく、成り立たないことはすでに明らか。1956年に内閣の下で発足した憲法調査会が1961年に出した
「憲法の制定過程に関する報告書」で押し付け憲法と言うことは出来ないとはっきり言っている。
1948年の時点でGHQマッカーサー司令部は、憲法が出来た後で、もし日本国民あるいは国会が望むならば自分たちで新しい憲法を作ってもいい、
この憲法についてあらためて調査して結構ですということを吉田茂首相に言っている。そして吉田首相は、その必要はない、この憲法でいくという
ことをマッカーサー司令部に答えている。
1955年から56年にかけては、鳩山内閣が改憲を争点に総選挙を実施した。しかし国民によって否定され現行の憲法がそのまま存続をしてきている。
その憲法の下で石原は国会議員になり、都知事になり、大臣にもなった。退職金も1億5千万円もらっている。
石原は今の憲法の恩恵を受けてきている。しかし石原は、憲法破棄を主張している。
石原の憲法破棄の宣言は一方では96条が改正手続きに関する規程を設けているから、96条の改正手続きを踏まないで国会が決議をしたからと
いってその決議が有効になることはない。国会決議は法的拘束力でいうと法律よりも下位。、憲法はもちろん法律よりも下位の国会決議によって憲法が
覆される、その効力が否認されるという発想は、クーデーター以外の何ものでもない。そんなクーデーターを日本国憲法下で主張すること自体が、
法律論的にはまったく話にもならない支離滅裂。それを石原は恥ずかしげもなく堂々と言っている。そういう人物を「第3極のボスです」(橋下)
と奉るとに至っては話以前にトチ狂っている。憲法廃棄などというメチャクチャな議論をする人たちが第3極という名の下に出てきている一方で
「在特会」なるレイシスト・ファシスト集団が白昼堂々と朝鮮・韓国・中国人をブチ殺せと日の丸を掲げ堂々とデモ行進している。
彼らこそ安倍自民党の意を受けた捨石突撃隊に他ならない。戦争への道は確実に進みつつあるがなんとしても阻止しなければいけないのではないでしょうか。
今度の参院選の後にあるのは憲法改正の国民投票であり非常に重大な意味を持つだろうと思います。
護憲勢力は垣根を取り払い一つになり改憲の動きを阻止していかなければいけないではないでしょうか。
以下、「維新の会」舟中八策の一部より

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