雑誌「WILL」7月号を読めてよかった。
どこから引用しましょう。
まずは、蒟蒻問答。普段は二人対談。
今回はめずらしく鼎談で、
特別ゲストは石井英夫さん。
最初は自己紹介。
石井】・・糖尿病でインシュリン打ちながら・
堤】 俺は石井さんを日本一のコラムニスト
だと思っていて、産経抄をやめると聞いた時、
当時の住田社長宛てに手紙を出した。・・・
という感じではじまり、中頃に
堤】 石井さん、安倍の米議会演説は
御覧になりましたか?
石井】 見ました。よかったね。
堤】 俺は目頭が熱くなった。
編集部】 久保さんは?
久保】 ヘタクソな英語だな、と(笑)。
でも、『安倍演説を聞いて泣かざるは男に非ず』
と堤さんが言いたい気持ちはよくわかりますよ。
だいたい、戦後の日本人には『人生意気に感ず』
って気持ちがほとんど失せてますからね。・・
さて、久保氏が福沢諭吉の『脱亜論』を
語る箇所がありますから、そこから少しだけ引用。
久保】 ・・・一方、福澤の場合も当初は
『日本の独立確保のためには・・・亜細亜東方の
保護は我責任なりと覚悟すべきものなり』と
アジア連帯に傾向していたけど、ついに韓国や
清国のバカさ加減に業を煮やして、明治18年
3月18日の時事新報紙上に『脱亜論』と題する
小論文を発表したのです。
『我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの
猶予ある可(べか)らず、寧ろ其伍を脱して
西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に
接する法も隣国なるが故にとて特別の解釈に
及ばず、正に西洋人が之に接する風に従て
処分す可(べ)きのみ』
この福澤の論調は、日清戦争に臨んだ
外相・陸奥宗光や、陸奥の弟子で日露戦争に
臨んだ小村寿太郎外相によって一層磨きを
かけられ、アジア主義に対する新英米外交
路線へと結実、ともに大成果をもたらす
ことになります。
しかし結局、戦前の大勢はアジア主義に傾き、
あのような悲惨な結果となった。・・・
(p266)
7月号は、この演説の話題でもちきり(笑)。
ここほれワンワン状態で、しかも
一冊のあちこちで、語られており、
それを探して読むことの幸せ。
たとえば、中西輝政氏の文は
こうはじまります。
「いわゆる『戦後七十年問題』は、
これで大きな峠を越えた。4月29日、
ワシントンの米議会上下両院合同会議での
安倍晋三首相の演説の生中継を見て、
強くそう感じた。
内外の多くのメディアも『大成功』と
評したが、実際、この演説は掛け値なしに
『歴史的な成功』と言ってよい。・・・
『ワシントン演説』は、今後、長く歴史に
残るものとして、多くの歴史家が繰り返し
論じることになろう。・・・」
(p56)
引用しなくちゃならないエピソードは満載
なので、雑誌を読まれることをお薦めして
ここでは最後に
金美齢氏の文からも引用しなきゃ。
「今度の安倍総理の演説は、教科書に
載せるべき内容です。学生たちにとって、
平易な文章でありながら日米関係の戦前、
戦後の関係性がよく分かり、同盟関係の
重要さを理解できる。
アメリカでは歴史やその他の授業で、
偉人や政治家のスピーチを学んでいます。
日本も国際人材の育成を考えるのであれば、
英語でどのようなスピーチをどのような
姿勢で行うことが求められるのか、
学んだほうがいい。
安倍総理の演説は、日本の未来を担う
若者たちの教材にうってつけではないでしょうか。」
(p39)
うん。元気がでてくるWILL7月号。
古新聞で講演全文を読み直し、
録画した演説の様子を見直すことに。
この講演の貴重さを教えてくれたのは、
他ならぬ、この雑誌のおかげです。
情報の流れは絶えずして、しかも
貴重な情報も、すぐに流れ去ります。
WILLを読む楽しみここにあり(笑)。
どこから引用しましょう。
まずは、蒟蒻問答。普段は二人対談。
今回はめずらしく鼎談で、
特別ゲストは石井英夫さん。
最初は自己紹介。
石井】・・糖尿病でインシュリン打ちながら・
堤】 俺は石井さんを日本一のコラムニスト
だと思っていて、産経抄をやめると聞いた時、
当時の住田社長宛てに手紙を出した。・・・
という感じではじまり、中頃に
堤】 石井さん、安倍の米議会演説は
御覧になりましたか?
石井】 見ました。よかったね。
堤】 俺は目頭が熱くなった。
編集部】 久保さんは?
久保】 ヘタクソな英語だな、と(笑)。
でも、『安倍演説を聞いて泣かざるは男に非ず』
と堤さんが言いたい気持ちはよくわかりますよ。
だいたい、戦後の日本人には『人生意気に感ず』
って気持ちがほとんど失せてますからね。・・
さて、久保氏が福沢諭吉の『脱亜論』を
語る箇所がありますから、そこから少しだけ引用。
久保】 ・・・一方、福澤の場合も当初は
『日本の独立確保のためには・・・亜細亜東方の
保護は我責任なりと覚悟すべきものなり』と
アジア連帯に傾向していたけど、ついに韓国や
清国のバカさ加減に業を煮やして、明治18年
3月18日の時事新報紙上に『脱亜論』と題する
小論文を発表したのです。
『我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの
猶予ある可(べか)らず、寧ろ其伍を脱して
西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に
接する法も隣国なるが故にとて特別の解釈に
及ばず、正に西洋人が之に接する風に従て
処分す可(べ)きのみ』
この福澤の論調は、日清戦争に臨んだ
外相・陸奥宗光や、陸奥の弟子で日露戦争に
臨んだ小村寿太郎外相によって一層磨きを
かけられ、アジア主義に対する新英米外交
路線へと結実、ともに大成果をもたらす
ことになります。
しかし結局、戦前の大勢はアジア主義に傾き、
あのような悲惨な結果となった。・・・
(p266)
7月号は、この演説の話題でもちきり(笑)。
ここほれワンワン状態で、しかも
一冊のあちこちで、語られており、
それを探して読むことの幸せ。
たとえば、中西輝政氏の文は
こうはじまります。
「いわゆる『戦後七十年問題』は、
これで大きな峠を越えた。4月29日、
ワシントンの米議会上下両院合同会議での
安倍晋三首相の演説の生中継を見て、
強くそう感じた。
内外の多くのメディアも『大成功』と
評したが、実際、この演説は掛け値なしに
『歴史的な成功』と言ってよい。・・・
『ワシントン演説』は、今後、長く歴史に
残るものとして、多くの歴史家が繰り返し
論じることになろう。・・・」
(p56)
引用しなくちゃならないエピソードは満載
なので、雑誌を読まれることをお薦めして
ここでは最後に
金美齢氏の文からも引用しなきゃ。
「今度の安倍総理の演説は、教科書に
載せるべき内容です。学生たちにとって、
平易な文章でありながら日米関係の戦前、
戦後の関係性がよく分かり、同盟関係の
重要さを理解できる。
アメリカでは歴史やその他の授業で、
偉人や政治家のスピーチを学んでいます。
日本も国際人材の育成を考えるのであれば、
英語でどのようなスピーチをどのような
姿勢で行うことが求められるのか、
学んだほうがいい。
安倍総理の演説は、日本の未来を担う
若者たちの教材にうってつけではないでしょうか。」
(p39)
うん。元気がでてくるWILL7月号。
古新聞で講演全文を読み直し、
録画した演説の様子を見直すことに。
この講演の貴重さを教えてくれたのは、
他ならぬ、この雑誌のおかげです。
情報の流れは絶えずして、しかも
貴重な情報も、すぐに流れ去ります。
WILLを読む楽しみここにあり(笑)。