vagabond の 徒然なるままに in ネリヤカナヤ

エメラルドグリーンの海,溢れる太陽の光,緑の森に包まれた奄美大島から,乾いた心を瘉す写真をお届けします。

ブリュッヘンのシューベルトを聴いて~「舞踏の聖化」の再現

2005-02-26 22:05:48 | 音楽
その日のサントリーホールは,演奏終了後,およそ1秒間の沈黙に包まれました。昨日,サントリーホールで,フランス=ブリュッヘン指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴いてのことです。
演目は,次のとおりです。
シューベルト作曲
1 交響曲第7(8)番ロ短調『未完成』D.759
2 交響曲第8(9)番ハ長調『グレイト』D.944

先日聴いたブリュッヘン指揮のシューマンでも述べましたが,この日のシューベルト演奏も,ノン・ビブラートの演奏で,現代楽器とは思えない柔らかで輝かしい響きの演奏です。
そして,ブリュッヘンの音作りも,響きの美しさを十分に意識しつつ,曲中での各局面の位置付けを明確に意識した,メリハリを存分に付けたもの。
テンポは若干速めで,オケは,「グレイト」の第4楽章では,ちょっと辛いかなと感じる部分もあったが,溌剌としたテンポ感はブリュッヘンならではのもの。

「未完成」では,私は,爽やかな朝の森の中にいるように感じました。
「未完成」は生でも何度も聞き,ブリュッヘンの演奏もCDでは聴いてきたが,この日のライブ演奏では,一つひとつの楽器が,存在感を持ちつつも柔らかく響き,音楽の全てが胸に染み込んでくるようでした。
シューベルトの曲の演奏というと,甘ったるい洋菓子のようなとろけそうなものが多く,それはそれで悪くはないのですが,ブリュッヘンの演奏は,感情過多にはならず,繊細に,丁寧に,そして果てしなく美しく,一つひとつの音を紡ぎ出していきます。
音の瞬間,瞬間が,クリスタルのようにキラキラと輝いているのです。
こんなに,透明で美しいシューベルトは初めてです。

そして,「グレイト」。
この曲は,私にとって,ただひたすら長く,あまり面白味を感じない演奏でしたが,この日の演奏で,この曲の素晴らしさを再認識しました。
まずは,第1楽章,ホルンの悠揚たる旋律から始まり,管楽器,弦楽器,そして動物皮のティンパニ(この古楽器ならではの乾いた表情がたまりません)が,それぞれに掛け合いを繰り返していきます。
曲の表情はめまぐるしく変わり,様々な情景が描き出され。
何度も聴いたことのある曲にもかかわらず,次は,その次は?と展開が楽しみになってきます。
これほど表情の豊かなグレイトは初めてです。

第2楽章は,管楽器が主役で,弦楽器はつなぎ役のように感じられるほど,管楽器の演奏が素晴らしい。
オーボエ,ファゴット,クラリネットが良かった。もちろん,これらに絡むフルート,ホルン,トランペット,トロンボーンも良い味を出しています。
シューマンが「天国的な長さ」と評したこの楽章で,天国にいるような幸福感を感じられました。この幸福感がいつまでも続けば良いのに…

第3楽章は,ブリュッヘンらしい軽快感をもった爽快・痛快な演奏。
この楽章も繰り返しが多く,退屈に感じられることが多いのですが,これだけ激しい主題とコラール風のトリオをメリハリを付けて演奏されると,ただただ聴き惚れてしまいます。

そして圧巻は,第4楽章。この日,初めて,私は,「グレイト」に「舞踏の聖化」を感じました。
通常,「舞踏の聖化」というと,ベートーヴェンの交響曲第7番に関して言われますが,ブリュッヘンによるこの楽章は,躍動感に漲り,高みへ高みへと上り詰めていきます。
シューベルトは,この曲を,ベートーヴェンの7番や4番を強く意識して創ったのではないかと思わせるような演奏です。
ここでも,弦楽器のピッチカートに乗って,果てしなく木管楽器が優しく歌いますが,基本は「舞踏」です。
こんなにもこの曲が名曲だったとは!
勢いよく流れゆく旋律の濁流のなかへと呑み込まれていきます。
そして,最後の和音が奏でられた後の,およそ1秒間の沈黙!!
誰も拍手を贈ることすら忘れたのではないかと思われるほどでした。
舞台へ駆け寄り,マエストロに握手を求めようとする自分を辛うじて押さえたほどの感動。

こんなに素晴らしい音楽的な感性と情熱を持ったブリュッヘンと同時代を過ごし,その曲に身を委ねられたことの幸せに,深く感謝しました。
ありがとうブリュッヘン!!!
心の中で,彼にブラボーを何度も叫ぶと共に,彼の音楽を支えるのは,清らかな気持ちを持って音楽に臨むこと,そして,深く果てしなく深くそこに描かれた本質を探求する姿勢を持ち続けることにあるのではないか,そんなことを思いました。
自らを省みて,分野は違っても,そんな風に生きられないか,と考え込んでしまいました。

ところで,ブリュッヘンはこの後,香港へ飛び,3月1日から5日にかけて,18世紀オーケストラと共にベートーヴェンの交響曲の全曲演奏を行うようです。
うーん,香港住民が羨ましすぎるー
しかも,例えば「合唱」と第1番を演奏する日のチケットは,一番良い席で9,150円(HK$680),安い席だと3,350円(HK$250)というのだから,日本に比べると安い!
香港の物価って,日本とそれほど変わらなかったように思いますが…
昨日の新日本フィルも素晴らしかったけれど,是非,ブリュッヘンには,近いうちに18世紀オーケストラを率いて来日して欲しいと願わずにいられません。
そして,日本のレコード会社には,是非,このブリュッヘンのCDで廃盤になっているもの(ベートーヴェン,シューベルトの交響曲全集等)を再発売して欲しいものです(因みに,香港では,ブリュッヘン指揮の交響曲全集5枚組がHK$400で再発売になったようです。安い!)。そして,一人でも多くの人に彼の音楽性に触れてもらいたいと思います。

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6 コメント

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舞踏の聖化! (はろるど・わーど)
2005-02-27 01:16:28
vagabondさん、こんばんは。

素晴らしいコンサートだったようですね!



>シューマンが「天国的な長さ」と評したこの楽章で,天国にいるような幸福感



いやいや、一度で良いからあの曲でそのような体験をしてみたいです…。



>この後,香港へ飛び



これは羨ましすぎますね!

贅沢極まりないツアーであり、なおかつお値段もお手頃。

一体日本では、どこでどうやることで、

あのような価格設定となるのでしょうか?



今日のレビューも楽しみにしております。
「舞踏の聖化」とは本当に言い得て妙 (自称ロマン派)
2005-02-27 21:50:12
vagabondさん。こんばんは。自称ロマン派です。

「舞踏の聖化」とは、まさに言い得て妙。素晴らしい表現ですね。ウィンナワルツのあの間合いとよく似ていたようにも個人的には感じております。

香港でのベートーヴェン・チクルスは本当に羨ましいですね。

それにしても、ブリュッヘンのCDをあっさり廃盤にしてしまう日本のレコード会社はいったいどうなっちゃってるのでしょうか。

古典的名著を絶版にしてしまう出版業界といい、この国はいったいどこへ行こうとしているのでしょうか。

などと偉そうなことを言ってしまいましたが、偽らざる本音です。
日本の音楽シーン (vagabond67@管理人)
2005-02-27 23:48:13
はろるど・わーどさん,自称ロマン派さん,いらっしゃいませ。



本当に,日本の音楽業界では,値段が高くって,人気のあるものしか残らなくって,育成もきちんとやられているのか疑問があって...まあ,昔からそうだと言われればそんなものだったのかもしれませんが,先行き不安になりますね。



そんな状況で,新日本フィルがブリュッヘンを今回招聘したのは,非常に画期的な出来事だったと思います。

マエストロには,是非長生きして,日本の音楽業界に「喝」を入れ続けて欲しいものです。



また,クラシック音楽でもネット配信で,「交響曲1曲800円」みたいなことを始め,裾野を広げる。そして,利益の一部を若手の育成のために還元するというような仕組みを作って欲しいものです。夢のまた夢ですかねぇ。

ゲルギエフとラトルという2大スターだけでは,先細りだと思いますが...
18世紀オケ香港ツアー (AH)
2005-02-28 01:15:54
vagabond67さん こんにちは



ブリュッヘン&新日本フィル、本当に感動ものでした。



さて、18世紀オケの香港ツアーですが、これには日本からも何人かの演奏家が参加するようです。香港まで来るなら・・・。と思ってしまうのは私だけでしょうか。前回来日の際に、第9だけ聞き逃してしまっただけに。



新日本フィルコンマスの豊嶋さん、寺神戸亮さんと同級生で、古楽器にも縁があるようです。他にチェロの花崎さんなども時々古楽器を弾いているようです。都響、読響、N響などには両刀使いの方が少なからずいますが、こういう人たちが、日本のオーケストラを変える力になっていくのでしょうか?



では
古楽器の縁 (vagabond67@管理人)
2005-02-28 05:52:41
AHさま コメントありがとうございます。

>香港まで来るなら・・・

同感です。

ほんの少しだけ足を伸ばしてくれれば,そこは日本なのに。

18世紀オケのメンバーは,他の楽団等にも属して活動をしながら,活動を続けているのでなかなか日程調整が難しいのでしょうかねぇ。



香港住民も羨ましい限りですが,18世紀オーケストラの前回来日の際,第9以外は全て聴かれたというAHさんのこと,相当羨ましいですー



>新日本フィルコンマスの豊嶋さん、寺神戸亮さんと同級生で、古楽器にも縁があるようです。



なるほど,そうだったのですか。

古楽器を演奏したり,古楽器の奏法を学んだりすることを通じて,表現の幅が広がるということもきっとあるのでしょうね。

私自身は,楽器を弾けないので,古楽器と現代楽器の違いは耳で感じるしかないのですが,AHさんのBlogを拝見して,そんなことを考えました。

演奏家も,現在の技術に慢心することなく技を磨く,聴衆も,定番の音楽・演奏を聴くだけでなく,様々な分野にアンテナを伸ばして感性を磨く,そんな循環が起きて,クラシック音楽のシーンがもっともっと楽しくなると良いですね。



私も,古楽器演奏については,ブリュッヘン,レオンハルト等のディスクで楽しむことがメインでしたが,できれば演奏会へも足を運ぶようにしたいと思います。

最近は,鈴木秀美さんや寺神戸さんに止まらず,国内での古楽器演奏の裾野が広がっているようですしね。



それにしても,ヴァイオリンを弾けるAHさんが羨ましいです。
Unknown (Unknown)
2005-07-26 16:10:30
あんまり楽しくなかった。