僕の感性

詩、映画、古書、薀蓄などを感性の赴くまま紹介します。

髪の長い女性

2009-07-22 19:11:35 | Weblog
Kは妻の実家に急いでいた。夜が更けてきたので、蛭神沼を通るルートに変更した。
途中、カモシカに出くわすのも珍しくない山道だった。
クヌギや楢の雑木の葉と葉がこすれあうざわめきが、行く先をなお一層寂しくさせている。ただ、この道を通ると30分ぐらいで着くことが出来る。

Kは焦っていた。自分がリストラされてから、とにかくやることなすこと全てうまくいかなかった。自ずと酒を飲む量も増え、ついこの間もいい争いから妻に手が出てしまったのだった。
妻は家出し、Kはやむを得ず戻るよう説得しに向かっているのである。

蛭神沼の手前にひっそりと目立たないジュースの自動販売機があった。Kはそこに若く髪の長い女性が立っているのに気がついた。意にそぐわない光景だった。
「なぜこんな遅くに、こんな場所で」とKは思った。時刻はとうに夜の9時をまわっていたのだ。
Kは「家まで送っていくから乗ってよ」とその女性に声をかけた。
彼女は、か細い声でわけを話してくれた。友人宅に遊びに行き、帰り道を迷い、遅くなったらしい。
家の住所を聞いたら、もと来た道を戻らざるを得なかった。その女性に案内されながら、彼女の家を探し当て送ってあげた。

そのまま女性を降ろして、妻の実家に再び急いだ。急カーブの多い坂道をタイヤを軋らせながら走る。同じ道を通り、山道を登り、先ほどの自動販売機の前を通りかかった。

その時、Kは金縛りにあったように身動きがとれなくなってしまった。



なんとたった今送ったはずの女性が自動販売機の前で佇んでいたのだ・・・


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