僕の感性

詩、映画、古書、薀蓄などを感性の赴くまま紹介します。

光焔 万丈長し   檀一雄

2009-06-19 22:02:32 | Weblog
今日6月19日は、太宰治の生誕の日です。
それにちなんで、檀一雄の太宰にまつわる文章を紹介します。

 じめじめと暗く寒い日のことである。中原中也と草野心平がふらりと私の落合の家に現れた。先客として太宰がいた。
 「おかめ」というおでん屋に打連れて出かけていってかなり酔った。中原と太宰は初対面である。酒の暖で体がほぐれてゆくのと一緒に、例の通り中原中也は
太宰治にひどくからんでいるようだった。太宰は閉口し、くしゃくしゃな泣き出しそうな顔だった。中原を兎にも角にも先輩として尊敬していたからである。
ひどくからんで、さんざんしぼり上げた末、中原は太宰に言った。
「おめえ、何の花が好きだい?」太宰はちょっと当惑してへどもどした。
「ええ、何だい?おめえの好きな花は?」
まるで断崖から飛び降りるような思いつめた表情で、しかし甘ったるい、今にも泣き出しそうな声で、とぎれとぎれに太宰は言った。
「モ、モ、ノ、ハ、ナ」
言い終わって、例の愛情、不信、含羞、拒絶、何とも言えない様なくしゃくしゃな悲しいうす笑いを泛べながら、しばらくじっと中原の顔を見つめていた。
「チェッ、だからおめえは」
という中原の声を上の空のように聞いているのか聞いていないのか、太宰はその悲しいうす笑いの表情のまま、ぷいと立上がって、それから矢のように逃げ帰っていってしまった。みんな白けたが、私は暫時、私の盃の中にぽっかり桃の花片が泛んでゆくのを見る。

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