乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

日記 スコットランド国立美術館展

2006-04-30 | 美術・文様・展示物
日記



 スコットランド国立美術館展




  フランス印象派と19世紀スコットランドの画家たち



                奈良県立美術館




 家族と奈良県立美術館に行く。

 各品の点数は多い。

 中には興味深い絵も何点か展示されていた。




 平日ということもあって、会場は空いている。

 私たちは思う存分に、ゆっくりと観られた。



 三時間足らずはいたであろうか。

 満足感と幸福感を胸に、見術館を後にした。






    興味深い作品の数々





 ディヴィッド・ヤング・キャメロン



 油絵2点、後は白黒小品数点。

 面白い。

 特に『モンジー城』は青インクで表現されたようで、浮世絵的。

 水面横線が美しい。




 ロバート・ゲルム・ハッチソン


 『イチゴとクリーム』
 
 優しく季狩が包み込み、風邪を感じる作品。





 ギュスターブ・クルーべ


 『峡谷の川』は色が美しく、透明色を課kら早稲手あるので、重厚感がある。

 全体の青緑をサインのオレンジ色でしめている。

 それぞれを色彩によって質感を出し、素晴らしい。

 特に雪山は見事である。






 アレキサンダー・ネイスミスの『人と羊のいる風景』は重厚感、逆光が心地よい。





 同じく逆光の点で、ホレイショー・マックロックも共通点あり。輪郭がはっきりしていて、空は写実的。





 アレキサンダー・フレイザーの『カゾの森の空き地』は、透明色が重ねあわされている。

 色は美しいが、人物のデッサン力は望めない。

 画面はテレピン使用で、つるつるしている。




 ロバート・ハードマンの『コーリの河岸、アラン島』は細密描写。

 一繰り返しの色は着物の糊おきの色のようで きれいではないが、好きな作品。




 ウイリアム・マクタガートの『静かな日没・・・』は離れてみると、題名の通り静かな水面。風のない夕日が美しい。

 この時代は水面が横に描かれているが、写実主義の時代には水面の筆使いが縦なのは、興味深い。





 上に対して、水面を立てに描いた作品を一部紹介したい。




 ジュール・デュプレの『釣り人』

 水面は縦に描かれているが、光が差し込んでいるように見える。

 色も美しく、好きだ。





 ヤコブ・マリスの作品は共通して構図がした四割以内に集中している。

 空の空間が、日本の俳画を思わせるが、色彩はまるで違う。

 空は背面的で淡色に比べて、四割は細密に描かれる。

 この部分の色は非常に美しい。



 有名なモネの『港の船』の水面は大胆で、面白い。

 色が好き。

 さらりと描かれているが、乗組員の表情は豊かだ。

 モネの後のに作品は、個人的には関心しない。



 ルノワールは一点のみ。

 結構いい作品が来ていた。

 ルノワールとだけあって、作品の前は人だかり。

 やはり有名な画家の作品は人気がすごい。




 カミュー・コローの『柳の木立近くで・・・』は輪郭と光の融合が見事にこなれていた。

 素晴らしい。

 彼の作品は遠近も好感が持てる。

 さすが・・・・




 ナルシス・ディアズ・ド・ラ・べーニャの『森の中の水たまり』は上質の売り絵の様。

 モンテルナスの丘に行くと、こういった絵も多い。

 書き込みすぎて、逃げ場がない。




 フランソワーズ・ボンヴァンの『アスパラガスのある風景』は離れてみると,色感もさることながら、質感が素晴らしい。




 

 







 スコットランド国立美術館展も楽しめる素晴らしい展覧会であった。






 
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日記  オソメヒサマツ(オソメのゴヤク)

2006-04-30 | 歌舞伎
 日記



   オソメヒサマツ  色読売 オソメのゴヤク 




               浪速ハナガタカブキ 
               ショウチク座


               鶴屋南北作
               タカタロウ アイノスケ 




 本日はオソメヒサマツ色読売を観劇。

 面白かった。

 の早替りは見事で、ワクワクする。

 オソメのため早替りのテクニックも見事で、工夫されているなあと痛感。

 オソメの衣装は華やかで、ブンラクを思い起こさせる。





 ヒサマツを思い、気がふれる。猿回しの夫婦の男にヒサマツを見出し、気の迷いは増してゆく。
  

 タカタロウは最近未来めきと力をつけておられ、好きな役者の一人だ。
 
 気のふれたシーンも 結構真に迫っていた。



 オソメ(町娘)とヒサマツ(ワカ衆)の入れ替わり立ち代りの早替りの場面はたっぷり膨らませてある→お光(田舎娘)→雷(道化)→土手のお六(悪婆)



 上の早替りにおけるタカタロウの演技や装いは見事で、難しい役柄をこなしておられた。

 しいて言うならば、雷の演技はもっとタカタロウここにあり といった印象を植え付けるくらいの迫力があれば最高。

 性格的にまじめでおとなしい方なのだなぁと感じる雷でした。




 早替りで好きだった役柄は 土手のお六(悪婆)

 いつも上品な女役の多いタカタロウが、荒くれ女に変身。

 

 首抜き衣装に身をまとい、襟足を抜いて着こなす。

 すそには大きなマツシマ屋の印の文様。

 カツラにさらりとかんざしさして、頭は小粋な姉御風。

 細めの帯をキリリと締めて、化粧もラインをきつく引く。

 気性を強く、あご引く。

 いつもよりまっすぐに脚伸ばし、大また歩きですそをける。

 こしは落とさず、肩傾けず、親指はいつもより外に出す。




 観てましたよ、タカタロウ!

 いつものあなたも好きだけど、今日のあなたも発見でした。

 本当にうまくなられました・・・・

 さすがにニザエモン様の御子息だと、何でも好きな役者に関連付ける自分が怖い。


 





 この演目でも、アイノスケはニザエモンのようにこの役柄をうまくこなしていた。

 表情から台詞、視線などかなり似ており、ニザエモンの好きな私はワクワクする。

 もう少しニザエモン似にさせるとするならば、斜め立ち。

 役柄にもよるが、立ち姿の際、左足をもっと後ろに引くことだ。

 するともっと小粋な男が出来上がる。

 がんばれ、アイノスケ。

 良い意味で、もっと図太く前に出て!




 吉ヤはやはり男の方にかなりの人気があった様子。

 女形で、彼の演技に(または容姿に)興奮されている方がおられた。

 すごくたいそうな大向こうが、『ツチヤ主税』と同様に、ほうぼうから巻き起こった。




 最近ブンラクが気になって仕方がない。

 今一度いってみようかなぁ・・・





 最後に

 名前部分のさん付けを省かせていただきました。
 好き勝手を書いておりますが、間違いやお気づきの点があればお教えください。
 どうぞよろしくお願いいたします。
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 ツチヤチカラノマツウラのタイコ

2006-04-30 | 歌舞伎
ツチヤチカラノマツウラのタイコ 





 玩辞サクラ12曲の内 tutiya主税 





         ナニワハナガタカブキ 
         カンジャク  タケサブロウ 他





 さすがに一日で三部見るのはどうかと思い、分けての観劇。

 今日は二部を観た。




 会場は活気があふれていた。

 ベテランの大向こうさんも多い。

 プロ級の大向こうさんは、惚れ惚れする。

 かっこいい~~




 さていよいよおなじみのツチヤ・・が始まった。


 

 この芝居はナリコマ屋の専売特許のような芝居。

 初代ガンジロウの当たり役らしい。



 元は『マツウラのタイコ』が改作されたもので、ほとんど同じといってもよいが、膨らます場面が微妙に違う。

 ただし大嶺大切な部分は同様で、元の題名のように太鼓が遠くから聞こえてくる部分などは、二作品ともに四たたき、四拍子がクレッシェンドで流れてくる。




 私の最も好きな部分は二つ。

 歌詠みの場面と、大高gen吾(ki角)が後のくを詠み、ツチヤチカラが歌の意味を悟るところと、大高ゲンゴが花道から戻った場面。




 歌を詠むシーンは適度な緊迫感、戻ったシーンは胸のすく思いがする。




 では『ツチヤチカラ』と『マツウラのタイコ』ではどちらが好きか。

 あくまでも好みの問題で、作品の良し悪しを言っているのではないが、歌を詠む場面において『マツウラのタイコ』の方が洒落ている。







『マツウラのタイコ』の場合・・・・


 かなりみすぼらしい姿に変わり果てた大高gen吾と俳諧の宗匠である其角は偶然出会う。

 寒空の下、其角のマツウラの紋付の羽織を大高ゲンゴに与える。

 大高ゲンゴ殿別れ際に 其角は歌を詠む。




「年の瀬や 水の流れも人の身も・・・・
           この後くを詠んでみなされ」

「明日またるる その宝船・・・・」
と、付け句。

 何しろ上の場面はカッコが良くて、心をくすぐってくれる。


 後日、マツウラ宅での歌の会の時に、其角は大高ゲンゴにであった話をするが、裏切ったと思い紺下いる松浦はから理の立腹。

 歌を聴き、松浦は大高ゲンゴの本心を把握することになる。





 一方『ツチヤチカラ』の場合ははじめから大高ゲンゴはマツウラの屋敷におり、マツウラは好意的。

 それに対して大高源吾は裏切り者だとののしる其月(薪シャ)は憎憎しい役どころ。

 加えて、其角までがいっしょになってののしりだす。

 
 付け句を読んで大高gen吾の真意を悟った松浦は、二人の姿や言葉に呆れ顔。

 ここの場面はかなり面白い。

 カンジャクの表情の豊かさが、この芝居に面白みを加えている。





 上の場面においてのかっこよい『マツウラの太鼓』と面白みを加えた『tutiya主税』。

 私の場合は、『マツウラの太鼓』が好きである。





 カンジャクは表情豊かで、品が良かった。

 この人も、やっぱりいつ見ても好きだなぁ~~

 ただ良くをいえばもう少し大きな動きをされると、存在感が増すような気がした。

 細やかなしぐさなどに注意を払われ、若い頃の籐十郎に似ている。

 トウジュウロウはここ十余年で先代ガンジロウに方の落とし具合が似てこられた。

 カンジャクも其のうちに先代の面影がうかがえるのだろう・・・




 其角のタケサブロウはさすがにうまい。

 ベテラン芸で、ピカリと輝いている。

 


 大高ゲンゴ役のキ鶴は声が良かった。

 適度に迫力もあり、ファンの方も多かったようだ。

 場面によって実力をストレートに出せる場合と、そうでない場合が目立つ。

 演技が安定すれば、かなり魅力的な役者さんだ。

 舞台で化粧の生える役者さんだなと感じた。



 薪シャは憎憎しいほどに 役をこなされていた。

 


 待女のお園(ウエムラキチヤ)は美しい。

 大向こうの方々は彼の女形が特に好きだったのか、会場中で興奮されていた。

方々(ホウボウ)から
「待ってました・・・」
など色々な掛け声がかかり、時として彼の台詞にまでかぶせる始末。

 おとなっぽい妖韻な色気は、大向こうさんたちにはたまらない魅力なのだろうか・・・・

 とにかく彼が出た瞬間、活気に満ち溢れたようだった。




 芝居知らずの私がこの芝居を観ての感想は、一言に言うと、
「この芝居も面白かった・・・」
に尽きる。


 ああ、面白かった!


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かじわらへいざん ほまれのいしきり

2006-04-30 | 歌舞伎



    
     かじわらへいざん ほまれのいしきり  


          (ツルオカハチマン社頭の場)
            
                



           ソメゴロウ カロク 

           2006/04/* 昼の部 misono座







 この演目も以前舞台で観たことがある。

 上からのつり花の木瓜の花が印象的。





 【あらすじ走り書】

 かじわらへいざん(ソメゴロウ)が名刀の目利きをするが、大庭(カロク)と俣野五郎(キサブロウ)が、
「(人の)二つ切りを・・・」
という申し出。

 生憎在任は一人。二人切りは不可能。

 商談がまとまらずにいると、金策の困る刀職人かが、
「自分を試し切りのもう一人に。」
と、申し出る。

 二人を重ね、かじわらがスパッ!

 刀職人は切らず、罪人だけを切ると、た大庭、俣野は怒って帰ってしまう。



 一方かじわらはその名刀にほれ込み、自分が買うと申し出るが、職人気質の男は、
『不出来な刀・・』と嘆き悲しむ。

 「刀は名刀。」
と、かじわらは 刀職人を切らずに神社の石製の手水八をスパッツ!と二つに切ってしまう。




 適度な緊張と喜劇性と人情を兼ね合わせた演目で、かなり面白い。
 






 【感想】


 ソメゴロウの熱演は心地よかった。

 どういうわけか終始一貫して、この演目においては彼はご機嫌が良かった。

 九月の『ヨシツネセンボン桜』に比べて、彼の演技はますますうまくなっていた。

 彼は『カンジンチョウ感想』でも書いたが、古典カブキがよく合う人だ。

 もう少し声が大きくなれば、言うことはない。

 

 ソメゴロウさんは、演じておられるときは昔の三十歳台のコウシロウ(当時ソメゴロウ)の表情の匂いがする好青年。

 迫力と品があり、古典カブキを演じる彼は魅力的に映る。

 今後も見守っていきたいと思う。




 この演目で印象深かったのはキサブロウ。

 特にキサブロウ演じる俣野ゴロウは腹が立つほど、憎らしい。

 若手としては、名演技由縁であろう。

 目の使い方や形が絶えず決まっていて、カッコが良い。

 カブキを見ているという満足感がます役柄と演じてだ。

 まさしく
「かっこいい~~」
のである。

 彼の声は鍛えられた役者声。

 すずのように響き渡り、心地よくさせてくれる。

 これで、もう少し低音が安定すれば、かなりの実力派となるであろう。

 若手の中で、彼のうまさはカブキの知らない私でさえも、なんとなく理解ができる。

 今後も注目したい。



 カロクさんはさすがに大ベテラン。

 安心してみていられた。

 うまい!



 刀職人の娘役である高麗ゾウも今回頑張っておられた。

 ただ、花道から出てこられた一言は、声が裏返ってしまう。

 会場のあちこちで笑い声が・・・・

 誠にお気の毒であった。

 彼も懸命に演じられ、観ていて気持ちが良かった。

 芝居も後半に差し掛かった頃には落ち付きをり戻され、台詞は安定。

 その口調はヒデタロウさんの調べに共通。

『あれ、この人は将来どんな役者さんになられるのだろう・・・・』
と、期待の念を抱いてしまう・・・・そんなステキな役者さん。







 総合的に考えて、この芝居も面白かった。



『カブキを観た』という満足感を味わえる舞台だったことに感謝。
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日記  東京タワー

2006-04-30 | 映画
 日記






 映画 東京タワー    2004年
  





楽しめど   ★★★☆☆






           黒木・岡田・寺島・岸谷 他
           
          江国香 織作
          源孝志 監督






 映画 東京タワーを観た。

 結構洒落た展開。

 予想通りに話が進み、それがまた心地がよい。



 台詞は淡々と話され、原作の匂いを残す。

 文庫本を気楽に、を斜め流し読みしているようで、心が落ち着く。

 監督の意図が心憎い。



 内容はいたって単純。

 一言にいえば、金持ちで美しい人妻と 二十歳も年下の男の子との一言では言い切れない 恋愛もの。

 内容は簡単すぎて興味はなかったが、その時々の人々の感情の揺れ動くをうまく表現されていた。

 心理描写がわかりやすく現されており、楽しめる一作品ではないか?

 ただし芸術的に表現されているわけではない。

 あくまでもできのよい 娯楽映画。



 この映画で気になる俳優が二人。

 一人は岸谷。

 岸谷五郎の心理描写は、目を見張るものがあった。

 微妙な顔の変化が役者として魅力的。



 あと一人は、駐車料金所のおじさん。

 名前は度忘れ・・・情けない。

 駐車場の料金のやり取りだけ。

 短い時間だが、彼の表現力は光っていた。

 うまい役者さんの一人だ。



 今回注目していたのは、寺島しのぶ。

 彼女は尾上菊五郎の娘で、松録や菊之助と兄弟。

 かわいい女の面と 本能の二面性を表現。

 とにかくかわいかった。



 黒木瞳と岡田は、下手をするとどろどろド人間模様を、二人の美しさで美しい映画に仕上げ、ラストのハッピーエンドで閉め。

 少女マンガの好きな人には、たまらなく魅力的は終わり方だったのではないか・・・



 色々な人間模様を深く描考とはしている作品だった。

 これすなわち全て東京タワー下の一個の人間の物語。

 その各自のドラマは、時とともに変化し流れ行く。

 けして彼らだけのことではなく、形こそ違えども、全ての人間に置き換えられる。

 そしてそのドラマは、各個人にとっては、この上なく大切な出来事なのだろう。



 東京とは限らず、地球全体。

 ドラマは生きている能を持った全ての自然界の良き物にさえも当てはめられる。

 単純に観ると娯楽映画だが、一方 哲学的な映画ともとれる秀作。
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きつねび (ほんちょう 二四こう) 名古屋ミソノ座

2006-04-30 | 歌舞伎



  
    しゅんよう おおかぶき



      kitunebi (ほんちょう 二四しこう より) 

               





          やえがき姫 中村シバジャク
          きつねび場面より少し短め、ダイジェスト版
               

          ミソノ座 2006/04/11




 ほんちょう 二四こうは私にとって馴染み深い演目の一つである。

「翼が欲しい、羽が欲しい・・・」の部分は好きで、何度聞いてもワクワクする。

 今回のきつねびの池に映る姿が狐となる場面。

 この演目名を知った時は、愕然としてしまった・・・・

 何しろカンジンチョウが今回の目的とはいえ、三本ともが好きな芝居。

 だが・・・

 ほんちょう 二四こうにおいてはできるならば二、三階で観たい。





 一方カンジンチョウに関してはできることならば、花道を最後まで見届けたい。





 カジワラヘイザン ホマレノイシキリは真正面の一階が良い・・・・

 




 色々な考えが頭をよぎる。

 ぅん?

 今回私は、カンジンチョウのために、名古屋遠征をするんだった・・・

 私はコウシロウのカンジンチョウを優先した席を予約した。




 カンジンチョウとカジワラヘイザン ホマレノイシキリに関しては、申し分のない席であった。

 が、こと一階席では、二番目のきつねびがいけない。

 一階席を購入してはいたが、この演目が始まる前に二,三階席に空席があれば、行こうかと真剣に悩んだくらいだ。




 人から見れば、陳腐な話だろうが、そのときは真剣であった。

 やはり、芝居は演目によって、席や一階或いは二階席以上を選ぶのが、癖になっている。

 他の方々も、演目によって、席選びをしておられるのでしょうが、今回の演目の組み合わせは少し戸惑ったのが本音というものです。





 きつねびが始まった。





 見慣れたとおりに順序良くこなされていく。

 多少中村シバジャクさんに対して、
『がんばって』
という親心が生じてしまった。

 彼もうまく、頑張って演じておられたが・・・。

 最後まで楽しみながらもはらはらさせられる今回のきつねび。

 トウジュウロウさんが演じられた後だけに、やりづらい部分もあるのであろう。

 それを割り引いて考えると、好感の持てるまじめな演じ方だった。




 神棚の前までやえがき姫が行く。

 いつもなら太鼓の音にあわせて、狐の尻尾のようなものが現れるのだが、今回は省かれていた。

 結構私にとってはポイント、漫画感覚で面白いシーンなので、少し寂しく思った。





 さて問題の池の場面。

 太鼓の音にあわせて、
『さぁ、今だ。狐が現れるぞ・・・・だが、一階では観えないな・・・・』

 案の定今回も狐は現れなかった、というよりも、一階からは狐の影さえ映らず、愕然とさせられる。。

『演目によっては、きつねびは立体的に見える二階席以上が好きなんだ・・・』
と、一人頭に血がのぼっている。

 横で家族も、
『なぁ~~んだ。』
と、微妙な表情。

 家族は、
「以前のシーンを意識下において観ていた。」
と嘆いていた。




 大切なシーンを、各個人が思い出して、心の中で合成しなければならない生舞台って、一体何なのだろう・・・

 水面くらいまで持ち上げてくるとか、池を斜めにする。或いは、上に鏡をつける方法や、モニターテレビを設置するなど、何らかの表現方法がありそうなものである。

 時代のニーズに合わせて、大道具や屋舞台造りは工夫されて入るが、カブキのことこのシーンに関しては発展性がみられない。

『だから、言わないことじゃない・・・』
と、やり場のない悲しみ。





 この芝居も好きで、一月にはブンラクの初体験までさせてくれた演目である。

 でも肝心要の場面が見えなければ意味がない・・・・

 カンジンチョウときつねびを同一公演で持ってきたセンスってどうなのだろう。

 今回に関しては少し首を傾げてしまった。

 席に関して、動きがとれない!




 今回は限られた役者さんや人数での公演のようで、それにあわせての演目決定だったのであろう。

 観客は、とんだ災難である。




 それにつけても今回はカンザブロウ襲名披露の『シラナミ五人オトコ』の時のように着物姿の方やカブキファンの方がかげを潜めていた。

 舞台好きの、近場のご年配の方が多く観られた。

 イヤホンガイドを借りられている方も多く、カブキが初めてという方も結構多かったような気がする。

 初めてきつねびを一階席で観た方は何がなんだかわからなかったのではないか・・・

 イヤホンガイドを借りられた方はイメージで場面を補われただろう。

 だが、何度かこの演目を観たことのある私も、観ている私も面白みは半減以下であった。

 しかし・・・

 イヤホンガイドも借りておられない方は、わかるのであろうか・・・・

 

 誠にお気の毒としかいいようがない。




 表現法を考えるのは、大道具山野演出家の今後の課題だということを念頭においてこの芝居に挑んでいただきたい。





 それにしても今回のミソノ座の観客の方の中には、始終イヤホンガイドの説明のままにを、奥さんに伝えておられる方がいらっしゃった。

 非常に耳障り。

 真後ろのご年配のご夫婦だったので、とんだ災難だった。

 まあ良いようにに考えるならば、借りたことのない私にとって、ガイドの方法や内容が少しわかったかな?

 意識して舞台に集中することに専念するのは大変だった・・・
 




 カブキ・イヤホンガイドは 各自借りられたし。

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カンジンチョウ マツモトコウシロウ 796回目 

2006-04-30 | 歌舞伎

       

      カンジンチョウ
               

  

           マツモトコウシロウ  ミソノ座 796回目 
                                

             2006/04/11 昼の部

 


 昔から私の好きな マツモトコウシロウのカンジンチョウ。

 彼のカンジンチョウを始めてみたのは高校生の時。

 確かタカオ(現ニザエモン)と組まれていました。

 

 今回のトガシはご子息のソメゴロウさん。

 彼の実力はこのところめきめきと腕をあげられていて、成長が楽しみの役者さん。

 彼は古典カブキがうまいと私は思います。

 

 私のお気に入りの役者さんの一人 コウシロウさんのカンジンチョウ。

 今回はちょっと遠いけれど、名古屋まで行ってまいりました。

 ミソノ座は今回で二回目です。

 

 2006年4月11日 昼の部公演で、コウシロウはカンジンチョウ 796回目。

 惜しい。

 800回まで後4回でした・・・・

 

 4月11日のカンジンチョウにおいては、前半1/3(3~4割)過ぎた頃から、迫力が増した。

 急にこしを落とされ、声は通る。

 ベンケイの衣装をふんだんに大きく広げ、存在感と重厚感が伝わってくる公演で、心が打たれました。

 手の先は力強く、するどく みえを切られ、幸四郎ここにあり。

 一流役者の心意気を垣間見ることのできる舞台の日に観劇でき、感動の上の感動。


 

 コウシロウの能のような舞は優雅で気品、迫力を感じ、ミソノ座の舞台が小さく観えました。

 私は彼の舞とともに心が躍り、食い入って見入っていたようです。

 しなやかであでやか。

 彼のお人柄が感じられる演じ方で、非常に好感が持てました。

 

 トガシ(ソメゴロウ)とのやり取りや、空で読み上げる時のテンポのよさはさすが名人芸。

 心の奥底で、リズムを取りながら、彼のテンポの心地よさに引き込まれていました。

 

 30年前に比べて、カ威力的には相当きついのか、汗は公演中に何度も拭かれてはいましたが、終始一貫していい表情をみせて下さり、私たちを大満足させてくださいました。

 会場の周りの観客の方々も口々に感嘆され、熱気に満ち溢れた言いお舞台。

 素晴らしいこの穂の公演に行くことができ、家族ともども 喜んでいます。


 

 花道での投げ六法やみえの切られたこの日の彼のお姿は、私の生涯でも忘れえぬものとなるでしょう・・・・

 


 あわよくば関西公演を心待ちにしております。

 数年前は子どもの中学受験で機会を逃してしまった私。

 できればもう一度、ミナミ座で観たい・・・・

 

 

 

       芝居内容は有名なので、ここでは省かせていただきます。

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