乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

ベトナム チャンアンクルーズ 3  巨大洞窟の次が小さな短い洞窟。橋があり、仏教寺院もあった。

2024年08月24日 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、


ベトナム チャンアンクルーズ 3  巨大洞窟の次が小さな短い洞窟。橋があり、仏教寺院もあった。


 ベトナムでは、チャンアンクルーズ2の続きです^^

 巨大洞窟の次が小さな短い洞窟。橋があり、仏教寺院もあった。

 形状に面白みのある岩や小山。

 自然豊かで、小さな赤首のカモがいたり、時々鳥の声がする。

 皮の中には魚が泳ぎ、船頭の舟を漕ぐ音だけが、ぎーこぎーこと鳴り響いていた。



        つづく
























ベトナム チャンアンクルーズ 1 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。

ベトナム チャンアンクルーズ 2 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。

ベトナム チャンアンクルーズ 3 ベトナム チャンアンクルーズ 3  巨大洞窟の次が小さな短い洞窟。橋があり、仏教寺院もあった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神農(炎帝神農(えんていしんのう))  中国  医薬と農業を司る神

2024年08月23日 | ことのは



     神農(炎帝神農(えんていしんのう))  中国  医薬と農業を司る神



 奈良県立情報図書館では、ただいまロビーで、大和の薬についての企画が組まれている。

 その中で、ピカピカに新しそうな、現在造られた、『神農座像』が展示されていた。

 図書館の説明によれば、

   【神農座像 古代中国の伝説上の帝王で、医薬の神ともされている】

とある。



 説明が簡略化されているので、神農をウィキって見ることにした。


 神農とは


神農

  神農(しんのう)
 炎帝神農(えんていしんのう)は、古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人。

 人々に医療と農耕の術を教えたという。

 神農大帝と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされている。


 薬王大帝(やくおうたいてい)、五穀仙帝(ごこくせんてい)とも。

 


概要

 神農は医療と農耕の知識を古代の人々に広めた存在であると伝承されており、その名は最古の本草書『神農本草経』(しんのうほんぞうきょう)の書名にも冠され残されている。

 伝説によると神農は、木材をつかって農具をつくり、土地を耕作して五穀の種をまき、農耕をすることを人々に伝えた。


 薬となる植物の効用を知らせたとされる。

 そのために薬草と毒草を見極めようと神農はまず赤い鞭(赭鞭)で百草(たくさんの植物)を払い、それを嘗めて薬効や毒性の有無を検証した。

 神農の体は頭部と四肢を除き玲瓏透明で、内臓が外からはっきりと見えたという。

 もし毒があれば内臓が黒くなるので、そこから毒が影響を与える部位を見極めたという。

 
 その後、あまりに多くの毒草を服用したために、体に毒素が溜まってしまい、最終的には罌子(ケシ)を服用したとき亡くなったという。

 四川省に伝わる民間伝承では「断腸草」という草を嘗めたのが最後で、腸がちぎれて死んだともされる。




『淮南子』に、「古代の人は、(手当たり次第に)野草、水、木の実、ドブガイ・タニシなど貝類を摂ったので、時に病気になったり毒に当ったりと多く苦しめられた。

 このため神農は、民衆に五穀を栽培することや適切な土地を判断すること(農耕)。あらゆる植物を吟味して民衆に食用と毒草の違い、飲用水の可否(医療)を教え、民衆に知識を広めた。

 まさにこのとき多くの植物をたべたので神農は1日に70回も中毒した」とある。




  本草学の始祖であるという伝説的な存在であることから、本草学の書物には「神農」という名を含んだ書名の存在したことが見られるが、その古い時代のものの多くは散逸して残存しているものは少ない。


『周易』繋辞伝下に、「伏羲が没すると神農が治めた。




 神農は木を加工して農具を作り、農具のメリットを民衆に教え広めた。

 これは「益」という卦を参考にしたのだろう。

 また神農は昼に市場を開き、民衆を呼びよせた。

 市場ではあらゆる商品が集まり、人々が交易して帰ると、それぞれは望む物を手に入れていた。これは「噬嗑(ぜいごう)」という卦を参考にしたのだろう」とある。




 神農の時代に物々交換などの交易をする市場や店がはじめて出来た、とする伝説も『潜夫論』にあり、『十八史略』などでも「人をして日中に市をなさしめ交易して退く」とある。



 漢代に五行説が流行するとともに南の方角を示す炎帝と神農とが同一視されるようになり、古代中国の帝として歴史書などに記されている。 炎


 帝神農氏 神農は初代炎帝ともされる。

 初代炎帝は、古代中国の王で、姓は姜。

 120歳まで生き、長沙に葬られたといわれている。

 もしくは陳に置いていた都を魯に移し、140年間在位したとも伝えられている。


『帝王世紀』には五弦の琴を発明し、また伏羲の作った八卦を2段に重ね、さらに研究して8x8の六十四の卦を作ったとある。



 神農の末裔たち炎帝神農氏は黄帝との衝突ののち合併・融合した。

 この子孫が後の漢族とみなされている。

 西晋代に至ると西周以前に漢水流域に居住していた農耕部族の歴山氏と同一視されるようになった。


 伝説では炎帝と黄帝は異母兄弟であり、『国語』には、炎帝は少典氏が娶った有蟜氏の子で、共に関中を流れる姜水で生まれた炎帝が姜姓を、姫水で生まれた黄帝が姫姓を名乗ったとある。

 
 また『帝王世紀』には、神農は、母が華陽に遊覧の際、龍の首が現れ、感応して妊娠し姜水で産まれ、体は人間だが頭は牛の姿であった。

 火の徳(木の次は火であること、南方に在位すること、夏を治めること)を持っていたので炎帝とも呼ぶ。とある。
(以上,Wikipedia)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

図書館に行く。

2024年08月22日 | 乱鳥徒然 Rancho's room.


図書館に行く。






 図書館へ行く。


 昨日の事。
 奈良県立美術館「江戸時代のきもの」 に行っににが展示されていたので、『職人歌合』関係を調べに、図書館に行く。

 以前には早稲田大学デジタルライブラリーで楽しませていただいた『職人歌合』だが、今回は岩波の新古典文学大系と小学館の大型本『近代風俗図譜』をお借りした。

『近代風俗図譜』には、『職人歌合図屏風』のことについても開設さについても



 他に、以前読んだ東洋文庫の『説経節』もお借りした。

 近日中に前進座の『さんしょう太夫』を見に行くため。

 それに近い理由で、苦手な泉鏡花の『夜叉が池・天守物語』もお借りした。
0

 実は新古典文学大系全巻と東洋文庫の『説経節』は持っていたのだが、とあり理由でウン千冊ほどの大量の本を処分したので、手元になく、図書館にお借りしたというのが事実。

 東洋文庫の『説経節』は好きな本だっただけに、バカなことをしたと後悔するも、後々のことを考えると持ち物はできるだけ減らしておきたいと考えるようになったかわいらしいお年頃の私。

 それでもウン百冊の本に囲まれ、毎日、喜びこんころがって遊べている人生に感謝!
0

 

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『絵本常盤草』上・中巻  西川 祐信画 享保十九年  (奈良県立美術館、国会図書館、京都大学) 

2024年08月21日 | 草双紙:洒落本、仮名草子、黄表紙、黒本、赤本、合巻 等
『絵本常盤草』上・中巻  西川 祐信画 享保十九年  (奈良県立美術館、国会図書館、京都大学) 


  

上巻 奈良県立美術館


中巻 奈良県立美術館

西川 祐信とは (ウィキペディア)

 西川 祐信(にしかわ すけのぶ、寛文11年(1671年) - 寛延3年7月19日(1750年8月20日))とは、江戸時代前期から中期にかけての浮世絵師。

 江戸を中心とした1枚摺の作品で主に語られる浮世絵の歴史の中で、祐信は京都で活躍し、絵本を主に手がけたためやや等閑視されるきらいがある。

 しかし、当世風俗描写を主体としていたそれまでの浮世絵に、祐信は古典の知識を作中に引用してこれを当世風に表すなど、抑揚の効いた理知的な美を追求し、次代の浮世絵師たちに大きな影響を与えた。









貴重書資料(国会図書館、京都大学)

国会国立図書館デジタルコレクション 『絵本常盤草』上・中・下巻


京都大学貴重資料デジタルアーカイブ  『絵本常盤草』










 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『年中行事絵巻』60 【巻九 祇園御霊会】 5 中央公論社 小松茂実  日本絵巻大成  

2024年08月21日 | 絵巻物、縁起絵巻、巻物、絵解き掛け軸
『年中行事絵巻』60 【巻九 祇園御霊会】 5 中央公論社 小松茂実  日本絵巻大成 




 しばらく休んでいましたが、『年中行事絵巻』を再開します^^




写真は、【巻八 騎射】





前回の『年中行事絵巻』59 【巻九 祇園御霊会】 4の内容
【巻八 騎射】
祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)は、 天禄元年(970)   
 一説によると、貞観十八年(976)に、始まるという。
 六月七日〜十四日まで
(始まりの頃は、十日足らずだったようだ。現在は一ヶ月間)
 ただし、この祭りは今なお、京都の祇園祭の名によって、七月十七日から二十四日まで行われると本書に記載があるので、現在のようなお稚児さんなどの行事は当初はなかったのかもしれない。

 疫病よけの祈願の御利益があると言われる。


 巻九のはじめは、 御旅所〜列見所に向かう光景
 巻九巻 二紙には築垣をめぐらした棟門の前 

 田楽
 い垣に水干を着けた田楽法師

 笛、太鼓、編木(びんざさら)を鳴らしはやしたてる。
 太鼓を宙に高く放り投げる

 編木(びんざさら)は、拍板とも書く。


 巻九巻 四紙
 路上を進む騎馬四人

 乗尻(のりしり)(騎手)
 突然一頭の馬が、つんのめる
 乗尻(のりしり)(騎手)はもんどり打って落馬した。

 もんどり打つとは(大辞泉)
 とんぼ返りをする。宙返りをする。もんどりうつ。「はずみで―・ってひっくり返る」





八紙~十紙
 後ろに巫女が従う
 水星を付けた紙人たちが従う。

 舞楽の三手
 鉾(箱)を小脇に抱え、路上に舞う。

 後ろに荷太鼓(下部と僧が担ぐ)

 太鼓の後ろに、鍾

 欄傘を被る楽人たち

 獅子が舞いながら、進む。
 





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奈良県立美術館「江戸時代のきもの」 1 【特別陳列】日本の伝統文化を知る 2024

2024年08月21日 | 美術・文様・展示物

   奈良県立美術館「江戸時代のきもの」 1 【特別陳列】日本の伝統文化を知る 2024



奈良県立美術館「江戸時代のきもの」【特別陳列】日本の伝統文化を知る 開催  R6.7.13㈯~8.25㈰



 奈良県立美術館「江戸時代のきもの」を見る。

 私は生まれ育ちが京都だったので、湯のしだの、のり置きだの、白抜きだのといった馴染みの言葉が多く説明書きされていた。

 
 面白く感じたのが、染色のにも。
 この文様の着物が、確か二枚あったと思うが、焼き物や刀の鞘ほどの派手さはない。
 染色にも魚々子文様があったのかと、(魚々子だけに)目からうろこ。

 
 ろ(夏用)の着物が思いのほか多く展示されていた。


 文学作品や歌舞伎で見る着物が多く、うっとりとした。


 武家と公家など身分によって違う着物が展示されていた。
 この展示企画は思っているよりも面白く感じた。

 
『職人歌合図屏風』(江戸時代)が展示されていたが、また機会があれば次回に記録したい。

 

 
 桜下二美人図
 石黒洞秀
 江戸時代

 
 打掛と間着




 御殿女中図
 歌川豊国 作
 江戸時代
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画『この子は邪悪 』4.3★/5  2024年  監督:片岡翔 脚本:片岡翔   玉木宏 桜井ユキほか

2024年08月21日 | 映画

  映画『この子は邪悪 』4.3★/5  2024年  監督:片岡翔 脚本:片岡翔   玉木宏 桜井ユキほか  


 映画『この子は邪悪 』を見たが、筋書きが大変面白かった。

 起承転結が思うように進んでいくのだが、玉木宏の熱演で心をひきつける。

 見てよかったと思える作品の一つ。

 こういう映画にあたると、続けざまに映画を見たくなる。

 考えれば考えるほど、怖い映画である。


 文学作品でも芸術作品でもない娯楽作品であるが、丁寧に寝られた話を丁寧に創りあがられた秀作。
 
 よって、ここではあえてネタバレは控えたい。


 今回も見たという記録のみにて失礼いたします。






監督 片岡翔
脚本 片岡翔

出演者 南沙良 大西流星(なにわ男子) 桜井ユキ 渡辺さくら 桜木梨奈 稲川実代子 二ノ宮隆太郎 玉木宏


2024年
100分

キャスト
窪花:南沙良 四井純:大西流星(なにわ男子) 窪繭子:桜井ユキ 窪月:渡辺さくら 窪繭子:桜木梨奈 四井純の祖母:稲川実代子 鮫川祐一:二ノ宮隆太郎 久藤今日子 窪司朗:玉木宏
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベトナム チャンアンクルーズ 2  船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。

2024年08月20日 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、


ベトナム チャンアンクルーズ 2  船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。


 ベトナムでは、チャンアンクルーズの続きです^^

        つづく
























ベトナム チャンアンクルーズ 1 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。

ベトナム チャンアンクルーズ 2 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『浮世物語 巻第三目録(一~三話)』     『仮名草紙集』(岩波古典文学大系より

2024年08月20日 | 草双紙:洒落本、仮名草子、黄表紙、黒本、赤本、合巻 等
『浮世物語 巻第三目録(一~三話)』     『仮名草紙集』(岩波古典文学大系より



『浮世物語 巻第三目録(一~三話)』 を読む。



『浮世物語 巻第三目録』 の一話は「宗旨を尋ぬる事」


「宗旨を尋ぬる事」
 
 要約
  「御坊主は何宗ぞ」
  「其(それがし)は上戸衆にて候」

  「珍しき宗旨かな。いづれの経(きょう)より出たる教えぞ」
  「酔狂経に出でたり」

  「それはいずれの説法ぞ」
  「酒(さけ・釈)如来の説きたまへり」

  「只、朝夕(ていせき)は錫(すず・数珠)を爪繰り、どぶろくの名號を唱え奉る」

  「近頃はおもしろき御房かな。いつまでもここにおはして、ものがたりをしておはしたまへ」
  「かしこ侍べる」






以下はウィキペディアより引用

あらすじ

  氏素性の分からない元武士で守銭奴の父に育てられた主人公、瓢太郎(ひょうたろう)は、武術や手習いなど何をやらせても冴えない少年だった。

 一人前の年齢となった後も、賭博や傾城にうつつを抜かし家を売るような有り様だった。


 その後、どうにか武家の若党になり、算盤の腕を買われて御咄衆に取り立てられる。

 しかし、悪政に荷担する無情な姦臣として世の人々に恨まれる。

 銚子に調子に乗った瓢太郎は軽はずみに同僚の侍を怒らせ、痛めつけられ怖くなって逃走してしまう。

 武士の面目を失った瓢太郎は出家して「浮世坊」を名乗り京都や大阪近辺を遍歴する。


 物語の後半にはとある大名の御咄衆になるが、最後には仙人になって何処かへ姿を消す。

 



概説

 寛文元年(1661年)、もしくは寛文5年(1665年)に刊行された、全5巻からなる遍歴体小説である。

 仮名草子は啓蒙・教訓的な内容が多いが、本書はそれに加えて幕府の失政や悪政、鷹狩りや悪徳商人の横行など社会悪を婉曲に批判し、それをカムフラージュする卑俗・滑稽な主人公浮世坊による笑い話という体裁になっている
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベトナム チャンアンクルーズ 1 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。

2024年08月20日 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、


ベトナム チャンアンクルーズ 1 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。


 ベトナムでは、チャンアンクルーズが印象深かったです。

 岩肌の起伏が激しく、思想などを目の当たりにで気、地学手金考えても感動しました。


 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟はイランでも行ったことがありますが、ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力のあるものでした。

 今も心に残り、もう一度行ってみたいと感じました。

        つづく

























ベトナム チャンアンクルーズ 1 船に乗ったままで鍾乳洞のある洞窟に。ややもすると頭が削られそうになり、腰をかがめてのクルーズは迫力。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする