最終的にインプラント治療が主な仕事となった大学病院を退職後、環境が大きく変わり、総義歯の患者さんが多く来院する地域の歯科医院で働く事となった。
数年ぶりの総義歯の患者さんに最初は少しとまっどったが(年配の方の言葉が解らないほうが大変だった)、一度手と頭を使って覚えたことは忘れないもので、患者さんに触れているうちに、すぐに昔の感覚は戻っていった。
しかし、総義歯の患者さんが多いという事は、その比率も高く、さらに長年に渡って総義歯を使用されている方も多く、ひいては顎堤が吸収した方が多数いらっしゃるということで(何が原因で歯が無くなったかにもよるが、いずれにせよ歯が無くなった後の骨は経時的に吸収するのは間違いない)、今までの技術では上手くいかない、あまり経験したことのない高度に顎堤の吸収が進んだ方の総義歯を多数作製する事となった。
治療に関しては制約が多ければ多いほど燃えると言うか、難しいほど何とかしてあげたい、何とか良く咬める様に出来ないかと、今までのインプラントを利用した治療計画でなく、顎堤の吸収が進んだ難症例に対して純粋に総義歯だけの治療が始まった。
大学病院時代は主に外科的な仕事をしていて、その後はインプラント治療の主に外科的な所に携われたおかげで、数千症例のCTとパノラマを診る機会があり、その内の数百症例は実際に骨を直接触る事が出来、自然と口腔内とパノラマと模型を見比べると、骨の状態とインプラントの上部構造物が立体的に見えるようになっていた。
今日では、インプラント治療を行うときにCTを撮影し骨の立体的な形や骨質を精査する事は少しずつ普及してきているが、当時はまだ一般的な考え方ではなく、CTによる被爆のデメリットと、術前に骨の状態を確認できるメリットを秤にかけると、前者の方が重かったような気がする。ただし、この考え方はブローネマルク先生(現在のインプラント治療の始祖、下顎の無歯顎が最初のインプラント治療)が40年前から行っていたインプラント治療の延長ならまだ良かったが、その後の、部分欠損、臼歯部、上顎審美領域への適応症の拡大や、骨が少ない人への対応、被爆量の少ない歯科用CTの開発、最近では、より安全に、より早く、より侵襲を少なく、さらに綺麗に仕上げ、その状態が長く維持出来るような考え方の元にCTを撮影する事のメリットが多くなっているのは確かであると思う。
院内実習の時に、患者さんの口腔内へ義歯を挿入する流れる様な美しい後ろ姿を見て以来この人はものすごく上手なんだろうなと思っていた自称日本で2番目に補綴の上手い先生から、10年後に一緒に仕事をするようになったとき
「模型を診ると義歯の形態が浮かんでくる」
と冗談っぽく言われ
「いいなおまえは骨ばっかり相手にして、軟組織は大変だぞ」
と笑われた事があったがそれは冗談ではなく、そのうち本当だったんだと思えるようになっていった。
日本三を目指すには、高度に顎堤が吸収した骨の形を踏まえ、その軟組織に義歯を機能させた時の経験がまだまだ必要だった。
つづく